ACT02 教壇の少女

 教壇に立つ少女、クローディア・クロリヴァーンの金色の髪を結ぶ赤いリボンが、開け放たれた窓から舞い込む暖かな風にふわりと揺らめいた。


 教卓に広がる物語を綴る教科書に向けられていた空色の瞳が、おもむろに教室へと視線を移す。


 クローディアが次に見たのは、静かに自身の言葉に耳を傾けていた幼い少年少女達であった。だが朗々と語り切った彼女に対する喝采は無い。


 当然だ。

 何故ならこれは〝授業〟なのだから。


「……大昔のことのように思うかもしれないけれど、この〝デザンティス物語〟で語られている〝聖女戦争〟が起こったのは、今からたった百年前のことなの――」

 クローディアは、自分の言葉で語り始める。

「――紅の魔女が引き起こした星の落下〝降星雨〟は、デザンティスだけでなく私達の暮らすこのエクザギリアにまでも及んでいた。けれど蒼き聖女ウェンデレリア様は聖なる力〝聖典術〟を使ってそれを食い止めた。そのお陰で私達はこうして今も平穏に暮らすことが出来ている。でも、デザンティスでは今でも降星雨が降り続いていると言われているわ」

 言ってクローディアは背後の黒板へと振り返り、そこへチョークで絵を描く。


 中央に海を挟んだ二つの大陸〝エクザギリア〟と〝デザンティス〟

 東のエクザギリアこそ海岸線をぐるりと一周描いた卵型をしているが、対する西のデザンティスはエクザギリアと対面する沿岸のみが大陸の輪郭として描かれているだけの、中途半端な形で終わっている。

 だがそれは、現在このエクザギリアで暮らしている人々にとってはごく当たり前な世界の形だった。戦前の古地図であるのならその形もはっきりと描かれているが、降星雨によって崩壊したデザンティスの今を知る者は、誰も居ない。


「さて、ここで皆に質問。ウェンデレリア様は紅の魔女を討つべく聖典騎士団を結成して、デザンティスへと発たれます。では、その出立の地は一体何処でしょう?」

 問い掛けに、教室がわあっと沸いた。

 彼女の授業を聞いていた幼い初等部生徒達の黄色い制服が挙手に一斉に動くその様は、さながら巣の中で親鳥を待つ小さな雛鳥達のようだ。

 生徒達の明るい笑顔をゆっくりと見渡した後、クローディアは無作為にひとりの少年を指差す。

「では、パトリス」

「はい! この町、スレイツェンです!」

「その通り、正解よ――今でこそ、この〝学園都市スレイツェン〟はエクザギリア最大の学園都市としてその名が知られているけれど、かつてはデザンティスとの交易で栄えた貿易都市だったの。それが、聖女戦争が始まると、紅き魔女ジゼリカティスとの戦いに備えた前線基地となって、それからはみんなの知っている通りね」

 クローディアは、黒板に描かれたエクザギリアの西端に赤いチョークでバツ印をつけた。そして、そこへと矢印を引っ張って〝スレイツェン〟と書き足す。

「ここからもよく見えるわね。スレイツェンの町並みが」

 窓の外に広がる、整然と建物の並ぶ赤煉瓦の町をクローディアは見下ろした。

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