第13話 命知らず/DareDevil

2026年 4月12日 日曜日 22:25




「ショータイム!」




 その掛け声と同時に、魔人へと変じた誠と晶は公園の中央にある教会へ向けて走り出した。


 公園の中は道が整備されており、道中には無人のレストランなどが存在していた。




「……この場所、どっかで見た事あるような気がするな」




 舗装された道を行きながら、晶が唸った。


 ふと、彼女の目に桜の気が映る。




「あーっ! 分かったぞ、ここ新宿御苑か!」




「新宿御苑?」




「新宿と渋谷の間にあるバカでけー公園さ、確かそろそろ国の偉い奴がなんたらの会とかで集まるんだよ」




「へぇ……でもどうしてドッペルゲンガーは新宿御苑に来たんだ?」




 誠は走りながら、公園の中にある看板を見た。


 看板には先ほど見かけたレストランの名であろう『新宿御苑レストランはこちら』と書かれており彼女の言う事が正しいことを示していた。


 しかし、だからこそ誠は首を捻る。




「やれやれ、五芒星までは賢かったのだがな……本当に分からんのか、キング」




「じゃあアモンは分かってるのか?」




 アモンが問いかけ、誠が返す。


 誠の口から彼とは違う声と本人の声が交互に聞こえる、これは大変不思議な光景だった。




「無論だ、この地はあの五芒星の中心地点なのだ」




「そういえば……」




「悪魔を呼び出す儀式には陣と生贄と魔力が高まりやすい場所が必要だ。 この地はそれに適していたのだろう」




 そんな誠の体を使った一人二役を晶は不思議そうな顔付きで見ていた。




「何か不思議な感じだな、さっきのフクロウと誠……じゃなかったキングが合体してるってのも」




「ははは……俺も結構不思議な感じ」




「悪魔とは不可思議なものだ、そしてこれから相対する相手もまた悪魔と契約した相手だ」




 舗装された道が、徐々に赤い液体で浸され始めていた。


 新宿御苑にある池からはとめどなく血の様な液体が溢れ、沸き立っていた。




「恐らく我々が侵入してくるのは奴に想定されているだろう、幾つかの罠もある筈だ」




 アモンが言葉を吐く度に、目的地である協会にどんどん近づいていく。


 遠くからは荘厳に見えた教会も近づいてくると、それが禍々しいものであったことに気が付く。


 教会の頂点にある十字架は人間の頭蓋骨を連ねる事で作られ、ステンドグラスには磔にされ血を流す女性が描かれていた。




「あれは……!」




 そのステンドグラスを見た瞬間、晶は瞬間湯沸かし器の様に顔を真っ赤にさせた。


 正面にある二つあるそのステンドグラスには、彼女の友人であるマキという女性が描かれていたのだ。




「野郎……!!」




 晶は拳をわなわなと震わせる。




「悪魔が良くやる装飾だな、あの程度で冷静さを失う様ではこの先死ぬだけだぞ」




「アモンの言う通りだクイーン、冷静にいこう」




「……分かった、けど必ずアイツを捕まえるって約束しろ」




「もちろん、約束するよ」




 誠は短く、真面目な顔で彼女に告げた。


 晶は、誠に顔を見せずに彼の少し前を走り続けた。




「んで目当ての場所が近づいて来たけどよ、何か作戦はあんのか?」




「無論だ、我にいい考えがある──」




 二人は誰ともなく走る速度を緩め始めると止まり、視界の中に納まった教会を眺める。


 するとアモンが口を開き、絶妙に失敗しそうな台詞を吐きながら作戦を説明し始めた。




「ふむふむ……」




「なるほど……」




 二人は神妙な顔でその作戦に聞き、互いに頷いた。




「という作戦だ」




「オッケー、そいつに乗ってやらぁ!」




「俺も問題ない、存分にやらせてもらう」




「では……行くぞ!」




─────────────────────────────────────




 誠達が作戦を練っている同時刻。


 教会内部は、静寂に包まれていた。


 教会の内部は中心部に鮮血が集まって出来た球体が浮かんでおり、その周囲には赤い五芒星が描かれている。


 その球体の前で、一人の男が恍惚とした表情でそれを眺めていた。




「あぁ……もうすぐだ、もうすぐでおれはもっと素晴らしい存在になれる……もうすぐ」




 男の顔は端的に言うとイケメンの部類であり、球体を眺める表情すら絵になるものだった。


 しかし、男の表情は直ぐに苦悶の表情に変わった。




「そう、だ……おれは、いや、私は……僕は……?」




 こめかみを右手で抑えながら、何事かを呟きながらふらつき始める男。


 男はそのままふらふらと周囲に等間隔で並んでいるベンチへ近寄ると、左手で自らを支えた。




「僕は……誰なんだ……?」




 男の顔が、一言ごとに入れ替わっていく。


 ある時は美女、ある時は不細工な男、子供の顔、老婆等と入れ替わりその度に話す言葉すら変わる。




「わからない、ワカらない……!」




 頭を両手で抑えながら、それでも彼は再び球体の前へ戻った。




「だガ、ワかる……これサえ呼び出せれバ……おれは、おれは──」




 心臓の様に脈打つそれを見て、再びイケメンの顔に戻った彼は両手を広げそれの誕生を刻一刻と見守っていた。


 その時だった。


 静謐に包まれた教会に、雷鳴の様な音を轟かせながら一人の魔人が現れた。


 魔人はドアを蹴破りながら、地面を滑る様に教会へ侵入しドッペルゲンガーの視界から教会の入り口を隠す。


 彼が停止するまでに滑った教会の床は、赤く焦げ跡を残していた。




「だ、誰だ!?」




 それはアモンと合体し、魔人となった誠だった。


 驚愕するドッペルゲンガーへ、誠はゆっくりと顔を上げながらこう言った。




「お前を捕まえに来た、ドッペルゲンガー」




 そう言った誠の瞳は、赤々と燃えていた。


 彼の体の周囲からは炎が燃え出で、その炎は先ほど焦がした周囲を更に焦がしていく。




「捕まえに……? そうか、その台詞、さっきのガキか!」




「あぁ、そうだ」




「あぁぁぁぁぁ! むかつくぜ!! 何でだ、これはおれだけの力じゃないのか!! おれは、選ばれたんじゃないのか!」




「…………」




「そもそも、なんでお前はおれの邪魔をする!? おれはただ、やられたことをやり返してるだけだ!」




 一歩、歩みを進めようとした誠へドッペルゲンガーは頭を左手で抑えながら右手で指を差す。


 その表情は先ほどの苦悶の表情に加え、脂汗もいくつか滲んでいた。




「やり返している?」




「そうだ! おれはな……貧しい家庭に生まれた、必死に勉強して、良い大学に入って……」




 男は早口で言葉を続ける。


 その姿は、自己を正当化しているように誠には見えた。




「ところがだ、いざ就職の段階になるとおれ達の席は何処にもなかった! 就職氷河期だか何だか知らないが、国はおれを助けようともしなかった! なにもしなかったんだ!!!」




 ドッペルゲンガーの顔が、入れ替わっていく。


 入れ替わる顔は皆一様に苦悶と憎しみが入り混じった表情をしていた。




「やっと入れた職場はブラックで……おれを奴隷の様にこき使って、挙句はポイだ! だから……だからおれは復讐するんだ! 国が大切に育てた富裕層の連中やエリート共に、おれの怒りを思い知らせてやる!!」




「……やれやれだな」




 長く続く、ドッペルゲンガーの叫びに思わずアモンが口を出した。


 やれやれと首を横に振りながら、わざとらしく頭に右手を置く。




「なんだとぉ!」




「要するに、貴様は自分の不運を飲み込めず誰かに当たり散らしているだけだ」




 そんなポーズを取りながら、アモンは一瞬入口へ目をやった。


 ベンチの影へ何かが移動するのを見届けると、彼は更に犯人を煽り始める。。




「挙句の果てが悪魔に唆され、他者を傷つけ、更に強大な悪魔を呼ぼうとしている」




「それの何が悪い、おれはこれから呼ぶアスモデウスの力で──」




「笑止、お前如き人間に本当に扱える悪魔であるものか。 お前が人間にされた事以上に悪魔がお前を騙し利用しているだけだ」




「うっ、ぐっ……それでも、それでもおれにはもうこれしかないんだよぉ!!」




 顔が入れ替わり続けるドッペルゲンガー、その悲痛な叫びと共に再び教会全体が鳴動した。


 教会内部に浮かぶ球体に徐々に血管の様なものが浮かび上がり始め、その心臓の様な鼓動がどんどん強さを増していく。




「そうだ、もうすぐあいつを呼び出せる……だがその前に目障りなお前を、殺してやるぅ!」




「ふん、愚か者の目を覚ませてやるとするかキング」




「あぁ、身勝手な理由での犯罪を許すわけにはいかない!」




 ドッペルゲンガーは服の内側からコンバットナイフを取り出すと、誠に対してそれを構えた。


 誠もまた、紅き両手を開き漆黒の爪を構えた。


 最初の一歩は、誠からだった。




「はぁっ!」




 強く一歩を踏み出し、誠はドッペルゲンガーへの距離を詰める。


 お互いの距離はおよそ50メートル程で、二人の身体能力であれば数歩で到達できる距離だった。


 低空に浮かび上がる様に、跳ねるように進みながら二人は衝突した。




「死ねぇぇ!」




 ドッペルゲンガーから突き出されたナイフを、誠は最小限の動きで躱すと左手の脇で彼の右腕を抑え込んだ。


 それを引き剥がそうとする左手を、右手で抑え込むと誠はそのまま相手を押し倒し押さえつけた。




「ぐっ、お前ぇぇ……離せぇ!」




「クイーン、今だ!!」




 ドッペルゲンガーの叫びを無視し、誠は晶へ呼びかける。




「クイーン……? そうか、しまった、ガキはもう一匹──」




「あいよぉ!」




 アモンの立案した作戦はシンプルなものだった。


 儀式完遂を防ぐため、誠が正面から敵の目を引くように派手に侵入する。


 誠が目を引き付けている間に、晶がカラーボールを手に持ち侵入し召喚の陣を汚すという作戦だ。


 今、その作戦は功を奏し……晶は絶好のポジションでカラーボールを構えていた。


 標的は血の球体の真下にある召喚の五芒星である。




「これでてめぇの企みも終わりだ!!」




 晶は今年一番の投球フォームで、カラーボールを投げ放った。




「なぁんてな」




 誠に抑えつけられたまま、ドッペルゲンガーはニヤリと舌を出して笑った。




「っ!? 晶、何か不味い──」




 それはまっすぐに五芒星へ進み……着弾寸前で上空から飛来したナイフで地面へ縫いつけられた。




「あぁっ!?」




 そして晶と誠が、次に起きた事を認識したのはほぼ同時だった。


 より正確に言うのならば、晶の方が若干早かっただろうか。


 彼女の肩口に突き刺さったナイフの感触に気づいた時、片方は崩れ落ち、もう片方は叫びをあげた。




「マ────ジか、よ」




「──晶!!」




「しまった、契約している悪魔そのものか!」




「一丁上がり」




 晶がカラーボールを投げた瞬間、天井からもう一人のドッペルゲンガーがカラーボールへナイフを投擲。


 そのまま二人目のドッペルゲンガーは晶の前へ飛び掛かると、彼女の肩口へナイフを突き立てた。


 自らの体に起きた事態に気づいた時には、晶の体からは力が急速に失われていき……眼前に居るドッペルゲンガーへもたれ掛る様にして地面へ倒れていく。


 ドッペルゲンガーはそんな彼女の腹へ引き抜いたナイフを突き刺し、左手で軽く彼女を後ろへ倒しながらナイフを引き抜いた




「駄目じゃないかおれ、オレが居なかったら今頃召喚の儀式がパァだ」




 現在誠に組み伏せられているドッペルゲンガーと同じ顔をした男は晶からナイフを引き抜くと、もう一人の自分へ向けてそう言い放った。




「あぁ悪いなオレ、やっぱりおれにはオレが居ないと駄目だな」




 薄ら笑いを浮かべながら、もう一人のドッペルゲンガーはそう言う。




「まさか、我の策が見抜かれていたとは……」




「切り札は最後まで取っておくものだって、知らなかったのかぁ!?」




 驚愕した顔で晶を見ていた誠に、ドッペルゲンガーは組み伏せられた状態から頭突きを放つ。


 それをまともに受けた誠は、思わずバランスを崩し男を開放してしまう。




「くっ、晶……!」




 男と一度距離を取ると、誠はもうベンチの影に隠れて見えなくなった晶の方へ顔を向けた。




「彼女が心配かぁ、色男。 けどな安心しろよ……おれが今すぐ同じ場所へ送ってやるからよぉ!」




「おれとオレのコンビネーションで、逝っちまいな!」




「くそっ!」




「すまん、我の作戦ミスだ……」




 だが直ぐに誠は二人のドッペルゲンガーに襲われる。


 ドッペルゲンガーと言う名の通り、文字通りの一心同体の攻撃に誠は翻弄される。


 右からの攻撃を防げば左からナイフが迫り、距離を取ろうとすれば常に挟まれる形になってしまう。


 誠もまた、徐々に負傷していく。






─────────────────────────────────────




 そんな光景を、もう殆どよく見えない目でアタシは見ていた。


 アタシの相棒が、アタシのミスで窮地に追い込まれていく。


 無力感に、アタシは包まれていた。




「あぁ、くそ……これで何度目だ? こんな気持ちになるのは」




 心の中で、そう呟いた。


 初めて無力感を味わったのは、母と呼ぶべき女が父から金目の物を持ち逃げした時だっただろうか。


 母はアタシの子育てに飽きたとか、別に男が出来たとかで父の預金通帳や金目の物を盗み何処かへ蒸発した。


 許せなかった、そんな事をするあの女も、それを寂しそうに笑うだけで何もしない父も。


 力が欲しかった。




「だから、アタシは強くなった……喧嘩して、喧嘩して……他人に舐められないように……」




 盗まれたものを取り返そうともしない、弱い父を軽蔑してアタシは強くなろうと思った。


 そんな荒れた生活の中で、アタシに近寄ろうとする奴は誰も居なかった。


 学生も教師も、街ですれ違う連中すらアタシを避けた。


 けどただ一人……マキだけはアタシを姉貴と呼んで慕ってくれた。


 初めての、友達だった。




「それを……それを、アイツが…………!!」




 マキがドッペルゲンガーに襲われたと知ったのは、襲撃のあった翌日だった。


 テレビで被害者の名前を見てから、アタシはマキの入院先を聞き出して訪ねて行った。


 病院で会ったマキは、昏睡状態で眠っていた。


 マキは腰から足に掛けてをナイフでめった刺しにされて、今後無事に歩けるかどうかも分からないと医者に言われた。


 その時も、アタシは自分の無力さを感じていた。


 強く……なりたかった。


 誰にも負けない、誰かを救えるだけの力が、アタシは欲しかった。




──力が欲しいか?──




「あぁ、欲しい……! 今、誠を救えるだけの力が欲しい……!!」




──ならば、星を汚し、血を流すのだ──




「星……?」




 どこかから聞こえた、力強い声のお蔭かは分からない。


 分からないが、もう死に体だったアタシの体にほんの少しだけ力が戻った。


 少し、起き上がれた。




「あれか──」




 アタシと地面に描かれた星の間はおおよそ30メートル程度だった。


 恐らく、あそこまで走ったらアタシは出血多量で死ぬだろう。


 だが……このまま死ぬよりは百億倍マシだった。


 アタシを相棒と呼んでくれた、二人目の友人の為に何もせずに死ぬ位なら。




「アタシは……アイツの役に立って死ぬ!!」




 そう思った時には、アタシは駆け出していた。


 足がもつれ、前のめりになりながら……地面に突き刺さったカラーボールをナイフごと回収する。




「おい、オレ! あいつ──」




「しまった、奴はまだ生きて──」




「よせ、晶!!」




 声が、聞こえた。


 ダチの声だ。


 すまなかった、誠……今、アタシはお前の役に立つ!




「うおあああああああああ!」




「や──」




「やめろおおおおお!」




 アタシのがボールを振り上げると、化け物どもが二人してアタシを止めようと動き出した。


 だが、もうおせぇ!


 肩から血を噴き出しながら、アタシはもう痛みで麻痺した体を無理やり動かしながら五芒星にカラーボールを叩きつけた。


 それは色とりどりの蛍光色のインクを撒き散らし、星を汚した。




──見事、お前の怒り、確かに見せてもらった──




 同時に、地面にアタシから垂れる血が星に吸い込まれた。




──ならば、契約だ!──




 立っているのもやっとのアタシに、声がそう告げた。




──我は汝、汝は我……さぁ、共に理由なき暴力で全てを打ち砕こう!──




 頭の上にある血が、アタシにゆっくりと降ってきた。


 力と、ソイツの名前が湧き上がってきた。




──これよりは、正義への怒りがお前の力だ!!──




「来やがれ、アエーシュマァァァッッ!!!!」 




 叫びと共に、アタシは上から降り注ぐ大量の血に包まれた。




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