第12話 一線を越える

2026年 4月12日 日曜日 22:07






「お前を捕まえに来た……ドッペルゲンガー!」




 点滅していた街灯が一斉に灯ると誠と晶、そして女性キャスターである飯田の顔をした犯人を照らし出した。


 犯人──ドッペルゲンガーは服のあちこちにカラーボールによって飛散した蛍光塗料が付着している。


 住宅街に程近い位置にある高架下で、誠達は犯人と会敵した。




「おれを捕まえに……?」




 呆気に取られた顔で、そう呟くドッペルゲンガー。




「覚悟しろ、テメェにやられたマキの仇はアタシが討つ!」




「仇……?」




「ふっ、くく……」




 臨戦態勢を取りながら、叫ぶ晶を見てドッペルゲンガーは笑い始めた。




「あははははは!」




「テメェ、何がおかしい!」




「そりゃおかしいよ、だってさ……お前等警察でもなんでもない単なるガキじゃん」




 犯人はそう言いながら、ナイフをぎらつかせる。




「けどな、おれを捕まえるなんてのは警察にも出来やしないんだ」




 肩を震わせ、ギラギラとした目つきで誠と晶の両方を見る。




「おれは誰にも負けない、指図されない力を手に入れたんだ! この力で俺はこの社会に復讐してやる……!」




「復讐だぁ?」




「そうだ、復讐だ! 俺は今までの連中とお前の血を使ってこれから得る力で更に強くなるんだ!」




「……強くなる?」




 強くなるという言葉に、誠は眉を顰めた。




「あぁそうだ、そして、おれを不当に扱った連中に天罰を下すんだ! ひひ、ひひひひひっ!!」




「こいつイカれてやがる……薬代わりに脳みそに一発お灸をくれてやらぁ!」




「さぁ、おれに五人目の血をよこせぇぇぇ!!」




 言葉を発していく中で、ドッペルゲンガーの目が徐々に血走っていく。


 そして最後の台詞を告げた瞬間、彼は地を這う蛇の様に地面を移動しながら、晶目掛けてナイフを振るった。




「なにぃ!?」




「死ねぇぇぇ──」




 その移動速度は人間とは思えない速さで、晶は相打ちでも構わずバットを振り下ろそうと思っていたがそれを構える事すらできていなかった。


 ナイフが晶の皮膚に触れる寸前、ドッペルゲンガーが獲物を握った腕を誠が右足で蹴り上げていた。




「はぁっ!」




 誠は右足で犯人の腕を蹴り上げると、そのまま空中に跳躍し左足で相手の右肩目掛けて回転蹴りを放つ。




「ぐおぉ……お前ぇぇ!」




 完全に誠の事を単なる子供としか認識していなかったドッペルゲンガーは、その蹴りを受けると衝撃でそのまま壁へ激突する。


 深夜に程近い時間、高架下のコンクリ壁に叩きつけられた犯人は一度距離を置くと、驚いた表情で誠を見る。




「……これ以上の犯罪は見過ごせない、大人しく捕まってほしい」




 拳を構えながら、晶を守る様に前に出る誠。




「す、すげぇ……」




「お前、お前もか……? お前も俺と力を持っているのかぁっ!?」




「ふん、愚問だな」




 感嘆の声を上げる晶と誠の反応速度に驚くドッペルゲンガー。


 その両者の反応をあざ笑うかのように、高架下へ一匹の梟が舞い込んだ。




「下がれクイーン、敵の狙いはお前とここで寝ている女だ」




 梟──アモンは壁にもたれ掛って気絶している飯田の頭にとまると、晶に向かって後退の指示を出した。




「おい、キング! 何か梟がキーキー鳴いてんぞ!」




「クイーン、アモンの居る位置まで下がって」




 ドッペルゲンガーと対角線上に居るアモンと、その間に居る誠と晶。


 誠は晶へ後退を指示しながら、犯人の動向を見ていた。




「喋る……鳥ぃ?」




 犯人の顔が変わった。


 文字通りの意味で、表情がではなく、その顔が別人の物になった。


 先ほどまでは美人と形容できるであろう飯田の顔であったが、次の顔はそれとはまた別な女性の顔に変じていた。


 その男の顔は、驚愕の表情から不思議そうな表情でアモンを見ていた。




「ふん、やはり我の声が理解できるか三流悪魔」




「さ、三流……おれが三流だとぉ!?」




「それ以外に何と形容する? 見るものが見れば直ぐに理解できるような杜撰な計画を実行するような者が三流でなくて何だというのだ?」




 アモンの挑発に、犯人の顔に青筋が幾つも浮かび上がり始める。


 これで冷静さを失えば儲けものだが……そんな表情でドッペルゲンガーを見るアモン。




「ひっ、ひひっ……あぁ、そうだ、そうだよなおれ……おれの言う通りだ……」




「むっ?」




 そのままナイフを構え、誠を攻撃してくる事を想定していたアモンだったが犯人のその後の行動に驚愕する事になった。




「ひぃいやっはぁ!」




 ドッペルゲンガーは右手に持っていたナイフで自らの左腕を切りつける。




「何っ!?」




「マジかっ……!」




 いきなり自らの腕を傷つけ、鮮血を派手に吹き上がらせた犯人に誠と晶の二人は呆気に取られてしまう。




「馬鹿者、それは囮だ!」




「っ!?」




 アモンの言葉に呆気に取られていた誠が先に意識を取り戻した。




「ひゃはっ!」




 犯人は自らの腕を切りつけ意識を引き付けた後、晶へ向けてナイフを投擲する。




「くそ、間に合え!」




 晶の心臓目掛けて真っすぐ飛んでいくナイフ、これを彼女が避ければ背後に居る飯田の顔面に突き刺さるだろう。


 その状況下で誠が選んだ選択は、自己の犠牲であった。




「ぐぅっ……」




 グサリと、ナイフが肉と骨を貫く感覚が誠を襲った。


 続いて、強烈な痛みが襲う。




「ぐぁぁぁぁっ!」




 晶へ向けて投げられたナイフを、誠は自らの左手の掌を貫かせる事で防いでいた。


 高架下だけではなく周囲の民家にまで、誠の叫び声が木霊する。




「ひゃはは、お前馬鹿じゃねえの!? 自分の手を犠牲にするなんてよぉ!」




「キ、キング! おい、テメェ無事か!?」




「な、なんとか……」




 犯人が血を噴き出す瞬間に呆気に取られていた晶は、誠の悲鳴でハッとし状況を理解した。


 晶の呼びかけに苦しそうに息を吐き、蹲りながらも苦笑いを返す誠。


 しかし掌からはボタリ、ボタリと大きな血の雫が流れ落ち、流血もしていた。




「テ……テンメェェ!」




 犯人に激昂する晶を、誠が制止する。




「ま、待ってくれクイーン……君が行かなくても奴は逃げるさ……」




「ひゃは、おれが? 逃げるぅ? 手負いのお前を放置してかぁ?」




 誠の言葉に首を傾げながら近づいてくるドッペルゲンガー。


 その瞳にはありありと狂気が滲んでいる。


 だが誠はそれに負けじと言い返した。




「あぁ、お前は逃げる……聞こえないのか? 俺の叫びを聞いて、この騒ぎに気付き始めた周りの人達の声が」




「声……?」




 誠は息を吐きながらも、不敵に笑う。


 その笑みの不気味さに犯人も思わず彼の言う事を聞き、耳を澄ませてみた。




「ねぇ、今の叫び声……警察に──」




「やだ、今の声何!? 怖すぎんだけど──」




「ちょっと外の様子を見に行ってくるよ──」




 確かに誠の言う通り、高架下の外にある住宅街からはザワザワと声が微かに聞こえてきた。


 それを聞いたドッペルゲンガーは舌打ちをする。




「ちっ……」




「いつものように逃げないのか? 恐らく物の数分もしない間に誰かは駆けつけるが……?」




「お前ぇ……!」




 誠は口角を上げながら、ドッペルゲンガーを睨みつける。


 その目付きに犯人は苛立ちを露わにするが、再びまた何事かを呟き始めた。




「あぁ、こいつらを殺してぇ……でもそうだよな、オレの目的のためにはおれはあいつ等を殺したらダメだよな……」




 虚ろな目で、何かを呟き終えたドッペルゲンガーは突然後ろにある壁に跳躍した。


 するとそこにはコンクリートで出来た壁など存在しないかのように、犯人の姿が溶け込んでいった。




「消えた!? いや、でもまずは誠の怪我の治療からか……!? あぁもう、どうしたらいいかわかんねぇ!」




「お、落ち着いて晶……大丈夫だ」




 慌てふためく晶を誠は落ち着けると、アモンを呼んだ。




「アモン、頼む」




「常に注意深く、冷静に物事を判断しろと言う教えを守らないからこういう怪我をすることになる」




 飯田の頭の上から、誠の目の前へと羽ばたきながら移動しながらアモンは説教を行う。




「すまない」




「だが初陣で死ななかっただけ良い結果だったと言える、その痛みは勉強の代価として取っておくのだな」




「そうするよ、一度あっちに移動してから治療を?」




「うむ、奴もあちらへ移動した。 ここで退いて治療をしている暇は残念だが存在しない」




「……分かった」




「あぁ!? フクロウと何喋ってっか、わかんねえんだけど!?」




 アモンとの会話が一通り終わり、最後に誠が頷いたのを見た晶は怒鳴り声をあげた。


 そんな晶へ誠は顔を向けると、立ち上がり言った。




「これから俺は犯人が逃げた場所へ向かう。 その場所はその、何ていうか説明しづらい危険な場所で……だから──」




「ここで待ってろとか言ったら今すぐ張ったおすぞテメェ! 相棒っつったのは口先だけか!?」




 誠の胸倉を掴み上げる勢いで迫る晶に、誠は苦笑する。




「分かってるよ、だから危険を承知で……一緒についてきて欲しい」




「……ちっ、最初からそう言えよ」




「話は纏まった様だな、では奴が態々開けたままにした入り口を通るとするか」




 赤面する晶を見たアモンはそう言うと、先ほどドッペルゲンガーが消えた付近まで移動する。


 誠もそれに追従し、晶も遅れて歩き出す。




「で、何処にどう行くんだ?」




「このまま真っすぐ進めばすぐに分かるよ」




 誠はそう言って、歩みを進めていく。


 そして、ある地点を境に晶の視界から消滅した。




「ま、誠!?」




 それを追いかけるように晶もその地点を踏み越えた。


 一瞬のめまいの様な感覚と同時に、晶は風に当てられながら目を開いた。




「な、なんだこりゃ……アタシ、さっきまで参宮橋に居たんだよな……?」




 その光景は、先ほどまでの高架下などではなく……とても開けた公園の入り口だった。


 公園の奥には、巨大な教会の様なものが建っているのが見える。




「初めてこっちに来たら、まぁ驚くよね」




 アスファルトにカランと金属がぶつかる音が、晶の横から聞こえてきた。


 そちらを振り向いて、更に驚愕した。




「だ、誰だてめぇ!」




 振り向いた先に居た、仮面を付けた軍服の男に驚いた晶は思わず距離を取った。




「あ、ごめん……治療用に変身しただけで俺だよ、誠」




 距離を取った晶に、誠は先ほど怪我をした掌を見せる。


 彼の掌は真っ赤に染まっていたものの、傷の裂け目が大きく残っていた。


 裂け目からは炎の血が流れ出て、アスファルトを焦がす。




「お、お前……マジで誠か?」




「あぁ、驚かせてごめん。 さっきも言ったけど、俺は悪魔と契約しているんだ」




 そう言って、誠は傷のある左手を強く握った。


 すると握った左手が炎に包まれ、再び開いた時には傷跡はすっかり焼結されていた。




「うおっ……ま、マジか……何か常識外れの事ばっかで頭がすげえ混乱してんだが……」




 突然出た炎や誠の風変わりな出で立ち、そして突然の場所の移動に晶の頭は完全に混乱していた。




「お前の頭で理解できるとは思っていない、安心しろ」




 そんな彼女を、誠の中に居るアモンが嘲った。


 誠の口を使って。




「あぁ? テメェ誠……」




「ち、違う! これはアモン、さっきの梟が……!」




「ククク、実に愉快。 だが遊びはそろそろ終わりだ」




 誠へ食って掛かる晶と困惑する誠。


 その二人をからかっていたアモンだったが、それの予兆を感じ取ると二人を制止した。


 直後、大きな揺れが起こった。




「おっ、おおぉお!?」




「くっ、地震か……大きい!」




 その大きな横揺れは20秒程度続き、収まった後には入り口から見えていた公園の中にある樹木が何本か倒れていた。




「大丈夫か、晶」




「あぁ……しかしデカイ地震だったな」




「今のは地震ではない」




 互いを心配しあう二人に、アモンが口を開いた。




「あ? だって揺れてたろ」




「異界──この世界では現実の地震などは起こり得ない、現実とそっくりな世界ではあるが別の世界だからな」




「…………つまりぃ?」




「先ほどの揺れは、ドッペルゲンガーが行った儀式に関係している。 震源地はあの協会だ」




 頭を掻いて、さっぱり分からんという顔をする晶にアモンは嘲笑の笑みを浮かべながら教会を指さした。




「あの悪魔は女の血で各地に五芒の星を描き、更なる悪魔を呼ぼうとしているのだ。 先ほどの振動はその儀式が開始された証」




「悪魔を呼ぶ──儀式が開始ぃ!? おい、それってやべえんじゃねえのか!?」




「当然、それが出てくれば否応なく被害が出るだろう」




「……だから、このまま儀式を中断させてドッペルゲンガーを捕まえる」




 最後の言葉は、誠からの言葉だった。




「危険だが……君の事は俺が必ず守る」




「馬鹿言え、さっきみたいなヘマはもうしねえ……逆に守ってやんよ!」




「フッ、では行くとするか契約者よ」




「────ショータイム!」




 誠のそのテンション高めの掛け声と共に、二人は教会へ向かって駆け出した。




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