第11話 接敵

2026年 4月12日 日曜日 20:00




 春も中頃に差し掛かり、少し早めの湿気を含んだ風が誠の頬を撫でる。


 その風は誠を通り抜け、背後にある遊具を通り過ぎた。


 時刻は夜八時、新宿からおよそ二キロの距離にある参宮橋駅。


 そのすぐ近くにある公園の中で、誠と晶は張りつめた空気を漂わせていた。




「……後二時間か」




 誠が、そう呟いた。




「あぁ……」




 晶は、体に身に着けた武器の手入れをしながら誠同様重苦しい返事を返した。




「これまでの巡回では何も無かった事を考えると……恐らく、犯人は今日動くはずだ」




「正直、アタシは今でも信じられねえんだがな。 犯人がこの辺りで犯行を起こすだろうってのが」




 ヌンチャクの手入れを終え、右太ももにあるガーターにそれを差し込みながら晶は誠へ尋ねた。




「本当にあの推理で合ってるのかよ?」




「100%とは言えない、だが犯人は恐らくこの辺りで犯行をするはずだ」




「その……前に言ってた、星を描こうとしてる……だったかが理由だっけか?」




 誠は頷き、公園の地面に地図を描き始めた。




「まず、最初に犯行があったのが東京女子医科大学近くの路地だ」




 足で砂の上に点を作ると、誠はそのまま足を右下へ運んだ。




「んで、次が表参道駅か」




「あぁ、それが今から3週間前」




 苦々しい顔をしながら晶は二つ目の現場を言い、誠はその場所に再び点を作った。




「そして今から二週間前が……」




「西武新宿駅、表参道からは左上だな」




 誠は足を左上へ引きずりながら線を砂の上に引き、三度点を作る。




「そして最後が今から一週間前、四ツ谷駅」




 誠は最後に西武新宿駅の点から真っすぐ右に線を引き、点を作った。




「これを見て、何か思い浮かばないかい?」




 其処には三角形の様なものが描かれており、晶は首を捻った。




「あぁ? んだこりゃ……三角形にしかアタシには見えねえ」




「俺も最初はそう思っていたんだけど……もしかしたら、これは五芒星の形かもしれないと思ったんだ」




 誠はそう言って、四谷から左下までまっすぐ線を引いた。




「この参宮橋駅まで伸ばせば、あとは再び最初の医科大学まで引けば……」




 そして、そのまま最初に作った点まで真っすぐに線を伸ばし……五芒星を完成させた。




「こうなるわけさ」




「は~……なるほどなぁ、でもよアタシが言うのもなんだけど何にでもこじつけられるんじゃねえか?」




「確かに普通の犯罪ならそうだと思う、けどもし俺が考えている通りに相手が悪魔なら……何かしらの意図を持ってやっていると思うんだ」




「悪魔ってお前……確か前も言ってたよな、アタシそういう冗談は──」




「冗談なんかじゃない、俺は本気で言ってる」




 晶は呆れた顔をしていたが、誠は真顔で彼女に返した。


 その瞳は真っすぐで、仄かに赤みがかっていた。




「その……こんな状況で言うのもなんだけど、実は俺……悪魔と契約してるんだ」




「ハァ!?」




「あのいつも一緒に居る赤いフクロウが実は悪魔で、俺はあいつと契約してて、それで……」




 真っすぐな表情の割に、しどろもどろになりながら説明をする誠。


 そんな彼に晶は溜息を吐きながら、最初に出会った時の様にバットを向けた。




「もういい」




「いや、晶、俺は──」




「もういいっての、お前と会ってまだ一週間も経っちゃいねえが……お前が嘘言う男じゃねえのはアタシはよ~く分かった」




 誠の言葉を遮って、晶は鋭い視線を向けた。


 それは、誠の瞳を真っすぐに捉えていた。




「信じてやるよ、その悪魔とケーヤクだのなんだのっての。 正直田舎の古武術使いってのも変だなとは思ってたんだ」




「晶……ありがとう」




「それにアタシも巷じゃ悪魔みたいな女とか言われてっしな、へへへ」




 バットを下ろし、それを杖の様にしながら彼女は前のめりになって笑った。




「けど正直よくわかってねえから、これが終わったらきちんとアタシに説明しろよ誠」




「……あぁ、きちんと説明するよ晶」




 晶の提案に誠は頷き、彼もまた笑みを返した。




「とりあえずもし犯人を見つけても、出来れば危ないことはしないで欲しい。 無理だと思うけど……」




「当然約束はできねぇ、だからよ誠……アタシの事はお前が守れ」




「……頑張ります」




「へへへっ、素直でよろしい!」




 がっくりと項垂れる誠と、それを見て笑う晶。


 二人の関係は徐々に構築され始めていた。


 通常であれば狂人か頭のおかしい人間とみなされる先ほどの発言であったが、晶は誠の行動や言動を見て、彼を信頼したのだ。


 それは、誠にとってとても素晴らしい友人が出来た事を意味していた。


 父が死んでからの数年間、まともな人間関係の構築さえ難しかった彼は掛け替えのない存在を手に入れたのだ。




「ま、信頼してるぜ……相棒キング




「────任せてくれ、ク、相棒クイーン




「お前そこは恥ずかしがるなよ、アタシも恥ずくなんだろ!」




 赤面しながら一昨日に取り決めていたコードネームを返した誠に、晶が拳を振り上げながら近づいていく。


 そんな時だった、晶の携帯電話が鳴りだしたのは。




「~~♪ ~~♪ ~~♪」




「この着信は……!」




「発信源は俺の携帯……間違いない、アモンからだ!」




 誠は晶の電話を受け取ると、アモンとの通話を接続した。




「出るのが遅いぞ、奴らしき影を発見した」




「ごめんアモン、それで……犯人は今どこに?」




「ポイントCと定めた高架下へ向かっている、おあつらえ向きに反対側からは女が一人で歩いてきているぞ」




「……っ! 今すぐ向かう!」




「急げよ、我も直ぐに向かおう」




 その言葉と同時にアモンとの通話は切れた。




「──犯人は何処だ?」




 鬼の形相をした晶が、顔を上げた誠の向かいに居た。




「……ポイントCだ、おまけに犯人に向かって女性が一人で向かっているらしい」




「ならグズグズしてる暇はねえ、行くぞ!」




「あぁ!」




 晶は誠の言葉を聞くや否や、すぐに走り出した。


 誠もまた、彼女に追従した。


 彼らがチェックした地点は、今彼らが居た公園から全て1キロ圏内にある。


 直線距離であれば1分半もあれば到着できる距離だったが、実際の到着にはその二倍弱の時間を要する事になった。




─────────────────────────────────────




 誠たちが走り始めた同時刻。


 一人の女性が参宮橋駅から降り、歩いていた。


 道には彼女以外誰も居らず、街灯もまばらだ。


 そんな危険な道を……帝都放送の飯田徹子は何かを探すように歩いていた。




「け、結構暗いし怖いわね……いえ、でも大丈夫! あたしの読み通りなら、犯人は必ずこの辺りで人を襲う筈……そこを激写すれば看板アナウンサーの立場はあたしのもの……うふふ」




 おっかなびっくり、周囲を見回しながら飯田は歩いていく。


 現在、帝都放送で看板番組を持たされていない彼女は自らネタを掴むことでその地位を得ようと画策していたのだ。


 その為に敢えて、一人で危険な場所に居るのだが……。




「や、やっぱり怖くなってきたし帰ろうかしら……よく考えたら今までの被害者は殺されてないけど、あたしは美人過ぎて殺されちゃうとかあるかもだし……」




 飯田は歩みを進めていた足を止めた。


 その時、どこからか小石を蹴る音が聞こえた。




「ひっ、え、な、なに!?」




 飯田は鞄から携帯用の懐中電灯を取り出すと、周囲を照らした。


 彼女の周りには自販機が一つと、前方と背後に点滅を続ける街灯以外は何も無く、それを見た彼女は安堵の息を吐き……数秒後に凍り付いた。




「────」




 前を向いた彼女の前に、黒ずくめの誰かが立っていた。


 懐中電灯はその人物の足元だけを照らしており、飯田はゆっくりとその人物の顔目掛けて照らしていき……彼女は、『彼女自身』の顔を見た。




「き────きゃあああああああああああああ!!」




 飯田が叫びをあげると同時に、黒ずくめの服装をした飯田が真っすぐに走り出した。


 右手には刃渡り17センチほどのナイフを持ち、人間とは思えない凄まじい速度で彼女に迫る。


 そんな相手を見た彼女は張りつめていた糸が切れるように、体を一瞬ふらつかせ気を失った。




「これで、五人目──」




 ナイフを逆手に持ち、倒れていく飯田の肩口に向けてナイフを振り下ろそうとするもう一人の飯田。


 だが、その行動は突然の衝撃と叫び声で阻害された。




「うおおおおおおおおらああああああああ!!」




 ナイフを持った飯田の肩口に防犯用のカラーボールが高速で着弾すると色とりどりな液体が両方の飯田に付着した。


 同時に、金属バットを持った晶が突撃を行った。


 彼女はバットを上段に構えたまま飛び掛かり、振り下ろす。


 だが聞こえたのは骨の砕ける音ではなく、アスファルトとの衝突音だった。




「ちっ、仕留めそこなった! そっちは!?」




「君のお蔭で彼女は無事だ、助かった!」




 晶は悔しがりながら、後ろ目で気を失った飯田を開放する誠を見た。


 投球フォームを取っていた誠は、飯田へ近づくと無事を確認し安堵の息を吐くと彼女を壁際にもたれ掛らせた。




「────な、何だお前等は!?」




 晶の襲撃を素早く飛び退いて躱すと、飯田の顔をしたそれは叫んだ。




「へっ……アタシ等が何だ、だとぉ?」




 バットを肩に構え直し、晶は言った。


 飯田を介抱し、格好をつける晶の横に誠も並ぶとこう叫んだ。




「お前を捕まえに来た……ドッペルゲンガー!」

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