第10話 玖珂晶 コープ1

2026年 4月9日 木曜日 15:45




「あ~、終わった~!」




 晶は縮こまった体を戻すように、大きく体を伸ばしながら学園の階段を下っていく




「終わったってそんな、真面目に授業を受けていたみたいに……ずっと寝てただけじゃないか」




 体を伸ばす晶の隣で突っ込みを入れながら誠は先ほど校内の自販機で買ったジュースを差し出した。




「お、サンキュ……ってアタシはほら、あれだよ! 放課後の活動の為にエネルギーを貯めてたんだよ」




「…………」




 鋭い突っ込みに晶はたじろぎながら言い訳を行うが、誠は訝しげな眼で彼女を見つめる。




「アタシの事は別にいいだろ! それより、今日は参宮橋駅の周辺を調べるんだろ?」




「そうだね、今日はその辺りを調べて幾つか犯人が襲撃に使いそうな場所をチェックしておきたい」




 その視線に耐えられなくなったのか、晶は階段を飛び降り足早に玄関まで移動していく。




「んじゃ今日はよ、調査終わったらちょっと付き合えよ────ん?」




「良いけど、何処に……ってどうかした?」




 階段を降り切って、玄関に居る晶へ目を向けた。


 すると晶は玄関の先に出来ている人だかりを見つめていた。


 その人だかりは校門の辺りに出来ていて、何人かの女子が声を上げながら携帯で写真を撮っていた。




「いや、何か集まってんなぁと思ってよ」




「そうだね…………って、んん?」




 二人は靴を履き替えながらその人だかりを眺めていた。


 女子達が動くたびに、その中心にある物が見えてくる。


 その物体に、誠は心当たりがあった。




「……アモン?」




 真っ赤に燃えるような羽を持つ、金色の梟が女子に囲まれていた。


 誠は急いで靴を履くと、その人だかりに近づいていく。




「ねー、この子超かわいくな~い?」




「やばくない? あたしフクロウって初めて見たかも~」




「こ、こここれはもしかしたら新種かも…………!」




 何人かの女生徒とカメラを構えた眼鏡を掛けたおさげの地味な子がアモンを囲んでいた。


 そんな中を誠は割って入った。




「す、すみません! ちょっと、すみません……」




「きゃっ、ちょっと!」




「なによあんた!」




「ひえっ、ててて転校生の閼伽井……くん!?」




 女子の間に体を割り込ませ、切り開いた先にはアモンが翼を広げながらポーズを取っていた。




「……む、撮影会はもう終わりか?」




「アモン、何してんだよ……」




 ポーズを取っていたアモンの前に、誠は屈むとそれを両手で掴み上げた。




「何、お前を待つ間に我の知名度を上げようかとな」




 やれやれと首を振ると、誠はアモンを自らの鞄の中に押し込んだ。




「悪いんだけど、こいつは俺ので見世物じゃないから……」




「えー、なにそれー」




「つまんなーい」




「空気よめよー」




「ひぃっ、すみません、すみません! 殺さないでください!」




 文句を言う女生徒達に頭を下げながら、彼女達を解散させる。


 一名、カメラを持った女生徒は何事か叫びながら走って逃げだしていた。




「おう、見世物は終わったか?」




「ごめん、お待たせ」




「気にすんな、それよりさっさと行こうぜ誠」




「うむ、早速調査開始だマコト」




「お、フクロウもホーホー吠えてやる気満々かぁ?」




 遠くで待っていた晶へ駆け寄ると、誠は頭を下げる。


 だが彼女は気にせず、誠の背中を叩くと歩き始めた。


 そんな彼らを、先ほどのおさげの生徒がカメラに納めていた……。




「学園一の不良と、最近転校してきた犯罪者の息子が仲良くしている……こ、これは何かの事件の香りがします……!」




 物陰に隠れたカメラを構えたまま、彼女は二人が立ち去った後も思案を続けるのだった。




─────────────────────────────────────




 その後、学園から移動した二人は参宮橋駅周辺を調査し幾つかの目ぼしい地点を発見した。




「うん、こんなものかな」




 誠は携帯の地図アプリを開きながら、幾つかの場所に印を残す。




「高架下に街灯の少ねぇ場所……4か所位見つけたのはいいけどよ、結構距離が離れてんな」




 地図を覗き込みながら、晶はそう言って頭を掻いた。


 犯人が襲撃に使いそうな場所の目星は付いたのだが、それらは距離的に何処も離れておりその全ての場所を二人で見張るのは難しかった。




「そうなんだよね、だからどうしたものかと思って……」




「ヤマ張って、現れるの待つとかはどうだ?」




「いやいや、流石に運任せすぎるでしょ」




「クックック……誰か忘れていないか?」




 二人が頭を悩ませていると、鞄の中からアモンが飛び出した。




「アモン、何か名案が?」




「単純な話だ、我が上空から見張りお前たちは四つある襲撃予測地点の中心に居ればよい。 そうすれば我の合図でいつでもその場所へ走れる」




「え、手伝ってくれるの? 前の女の子の時は……」




「あの時はお前が覚悟を示していなかった故だ、今は違う」




「そうか、ありがとう助かるよアモン」




 誠の肩に飛び乗ったアモンと、それと会話する主人。


 その一人と一匹の光景を、晶は不思議なものを見るような顔で見ていた。




「あー……誠、前から思ってたんだけどお前って、フクロウと喋れんの?」




「あっ、そうか、アモンの声は……」




「異界に入ったことが無い相手には我の声は単なる鳴き声として認識される、お前の変人としての度合いがより増したな」




 晶の疑問に、誠はアモンとひそひそと話し合う。




「え、マジで話せんのか?」




「あ、いやー……なんていうか、言いたいことが伝わるっていうか、以心伝心みたいなそういう?」




「へぇ~、変な古武術以外にもそんなこともできるとかお前の住んでた田舎ってスゲえんだな!」




「あ、ありがとう……ははは」




 苦笑いをしながら、誠は改めて晶へアモンの言葉を伝えた。




「それでこのフクロウ──アモンって言うんだけど、彼が上空から見張りを手伝ってくれるって言ってるんだ」




「マジか!? オイオイ、スゲー賢いなお前!」




 晶は驚きながら、アモンの頭を撫でる。




「ククク、もっと褒めるが良い」




「んじゃとりあえず後は当日を待つだけか?」




「そうなるね、犯人の気が変わっても困るしこの辺りを日曜日までは夜の間見張っていた方が良いとは思うけど」




「なら早速今日から練習がてらやっておくか、ぶっつけ本番でミスってもアホらしいしな」




「あぁ、そうしよう」




 誠が頷いたところで、腹の虫もそれに同意した。


 漫画の様な空腹の音が響き渡る。




「あー……そうか、もうそんな時間か」




「もう七時過ぎか……今日はもう一個行きたいところあったんだが……飯行こうぜ誠」




「ごめん晶、そうしてくれると助かるよ。 美味しいところ知ってる?」




「へっ、誰に物聞いてやがる。 東京はアタシの庭だぜ、任せておけよ」




「ほう、食事か……我にも美味なる食事を提供するのだぞ、契約者」




 自信満々な晶に、きっと美味しい店を紹介してもらえるのだろうなと期待をする誠とアモン。


 だが、実際に連れて行かれたのは……。




─────────────────────────────────────




「まぁ……そうだよね」




「やっぱ腹減ったら肉だろ、肉! 遠慮すんなよ誠!」




 連れて行かれた先は、牛丼屋だった。


 晶に超大盛牛丼を渡された誠は、それを必死に口に運んでいた。


 アモンは店内に連れてこれず、店の外で待機中である。




「アタシはこの店で良く食うんだ、旨いだろ?」




「不味くは無い、かな……」




 お釜がそのままどんぶりになったような大きさの器に注がれた白米と、天高く積み上げられた肉と紅ショウガ。


 それを食べ始めてから20分が経過していたが、誠はまだ白米にすら到達できていなかった。




「まぁ食いきれなかったらアタシが食ってやっから、食えるとこまで食えよ」




「う、うん……頑張る」




 牛丼──の肉部分を口につぎ込みながら、誠は以前から疑問だった部分を晶へ問いかけてみることにした。




「ねぇ、晶」




「あ?」




 晶もまた普通サイズの牛丼を口へ運びながら、顔を誠へ向けた。




「晶はその、怖くないの? 」




「あー……犯人を対峙すんのがか?」




「うん、だってほら、やっぱり何があるか分からないし」




「そりゃ怖くねえって言えばウソになるけどよ……怖いからってダチを傷つけた奴から逃げる方がアタシはこええよ」




 肉と白米を同時に口に放り込むと、晶はそう言い切った。




「アタシは……何もできねぇ自分になるのだけは嫌だ、どんな事でもいいからアタシはダチの力になりてえんだ」




 一瞬、悲壮な顔つきでそう告げる晶。




「そういうお前はどうなんだよ誠、もしかして怖いのか?」




「それは勿論、最悪殺されるかもしれないわけだし……」




「なら止めたって別にいいんだぜ? 強制してる訳でもねえ」




「……いや、止めない」




 誠は、首を横に振った。




「俺は、俺の理由でこの事件に立ち向かわなきゃいけないんだ」




「それはあれか? その……テメエの親父の件でか?」




「げほっ、ごほっ!」




「おわ、だ、大丈夫か!? 水だ、オイ!」




 晶の突然の言葉に、誠は牛丼が喉に詰まってしまう。


 渡された水を一気飲みすると、誠は少し落ち着いた。




「び、びっくりした……」




「いや、わりぃ」




「ところで、何で俺の父さんの事を……?




「この間お前を襲ってた連中をぶん殴った後で、ちょっと調べたんだよ」




 つい数日前、誠は入学式を終えた後学校内で不良に襲われ、それを偶然見かけた晶に助けられていた。


 その後彼女は、何となく誠の苗字が引っ掛かり携帯で調べていた。




「そうしたら色々出てきてな、お前の親の名前とか……お前の事とか」




「……そっか」




「アタシにはお前の親が本当に悪いことしたのかとか、よくわかんねえけどよ……親がやったことを子供が引き継がなきゃいけないわけじゃねえだろ」




 晶は、必死に言葉を選びながら続けた。




「アタシ馬鹿だから上手く言えないんだけどよ、なんかヤケになってアタシの手伝いしてるってんなら……」




「……いや、大丈夫。 確かに一時は自殺を考えたこともあったけど、今はそういう理由じゃないんだ」




 彼女なりに心配してくれていることが、誠にはよく伝わってきた。


 そんな彼女へ、誠は笑みを返した。




「今は、本当に晶を助けたくてやってるんだ。 それにそんな犯人が世間的に野放しになってるのも良くないと思うしね」




「お前……結構クサイ事言うな」




「ははは、そこは正義感が強いって言ってほしいかも」




 お互いに笑いあう。


 誠は、晶と少しだけだが仲良くなれた気がした。




「ところでお前、牛丼全く減ってねえな」




「ごめん……実はもう限界」




「しょうがねえ、アタシが食ってやるか!」




 その後、山盛り牛丼を晶が食べきると二人は再び参宮橋駅へと戻った。


 連絡方法や現場への移動経路などをチェックし、この日は何事も無く終わったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る