第9話 覚悟

 夢を見た。


 これは……そう、三年前の夢。


 父さんが突然逮捕された少し後、警察官が家に大挙して押し寄せ……俺と母さんが参考人として警察に連れていかれた時の夢。




「さて……繰り返しの確認になるが」




 威圧的な男はそう言いながら何枚かの紙を手に持ったまま、目だけを俺に向け話しかけた。


 狭い尋問室の中では、男の威圧的な声がより一層迫力を増して感じられた。




「お前の父、閼伽井義言あかいよしときは公安第五課の管理官でありながら外国勢力と共謀し外患誘致罪で逮捕された。 だが他にも余罪は五万とある」




 男は椅子に座った俺の周りを歩きながら、言葉をつづけた。




「威力業務妨害に脅迫、名誉棄損に強盗、凶器準備集合罪……それに殺人と誘拐、人身売買に麻薬密売。 フルコースだな」




 男の声色は更に強くなり、部屋の入口横に立っている男も少しだが汗をかいている様に見えた。




「そんな犯罪者の子供がお前って訳だ、それはいいな?」




 椅子に座りながら、俯いていた俺はゆっくりと顔を上げた。


 その顔には幾つかの真新しい痣が出来ており、この尋問室内で行われている取り調べが通常のものとはまるで異なるであろうことを俺に思い出させた。




「……父さんは犯罪なんて……してない……」




「あぁ?」




 俺の周りを一周した男は、俺の言葉を聞いて顔色を変えた。




「返事は、はいだけにしろと──言っただろうが!」




 男は俺の前にあった椅子を強く蹴り、俺の腹部へ押し付けた。




「うぐっ! ごほっ、げほっ……!」




「強情なガキだ……お前の親父が国外のカルト組織と共謀して街を一つ消し飛ばしたのは紛れもない事実なんだよ」




 痛みに悶える俺の髪を男は掴み上げると、手に持っていた紙を俺に突き付けた。


 其処にはまるで荒野に隕石でも落下したかのようなクレーターの写真が載っていた。


 だがその場所が単なる荒野などではなく、かつては街があったことを写真の端々に映るビルの残骸が示していた。




「お前の親父はこの石動市いするぎしにある街をカルト教団と共に占拠した、その後市民を人質に取り自治権を要求したが日本国政府はこれを拒否」




 男が俺の髪を掴む強さが増し、何本かの髪が無理やり引きちぎれるような痛みを感じた。




「その後自衛隊と交戦を行い、形勢が不利とみるや否や人質に取っていた四万人と共に爆弾を爆発させた上で、お前の父は一人で逃げだしていた」




 男は俺の髪を突然離した。


 いきなりのことで踏ん張りが効かず、俺は机に強かに顔を打った。




「これによる死者は自衛隊員含めて4万5223人、単独事件では国内最大規模の死者数だ」




「…………」




「その時、お前の父親の姿がこれだ」




 男は写真を俺に見せつける。


 写真には、確かに自分の父が写っていた。


 ヘリコプターか何かから取られたのであろう写真で、父は森の中を必死に走っている。




「これでもまだ自分が犯罪者の息子だと思わないのか? えぇ?」




「────」




 何も言えなかった。


 当時中学生だった時の俺は、今見せられている事柄が真実なのかどうかを把握できずに居た。




「まぁ良い、時間はたっぷりとあるんだからな」




 男はそう言うと、口角を上げ邪悪な笑みを作った。




「あぁ、それと……可視化法なんてもんには期待するなよ」




 と、男は後ろ手で入り口の真上にある監視カメラを指さした。




「あんなものは飾りだ、今日ここで何があっても誰も助けに来ないぞ」




 ゾっとする目で、男は中学生の俺に告げた。


 泣きそうだった。


 もしかすると、少し泣いていたかもしれない。




「では尋問を続ける、お前の父がこの石動町占拠事件を起こす前に盗み出したある物品に関してだが──」




 ここから先は、よく覚えていない。


 殴られすぎた性で覚えられなかったのか、それとも思い出したくないのかはよくわからない。


 俺の記憶にあるのは、この尋問が始まってから数時間後に突然解放された事。


 それと……。




「あっ、出てきました! 閼伽井容疑者の家族です!」




「今の気持ち聞かせてくださーい!」




「亡くなられた石動町の方達に何か一言!」




「これからどうされるおつもりですか!?」




 警視庁の前で待ち伏せていた、大量のマスコミ達だった。


 俺と母さんが出てきたところを彼らは見世物の様に扱った。


 実際、見世物だったのだろう。


 彼らは俺達が家に帰るまで、そして帰った後も陣取りながら延々と取材と言う名の嫌がらせをつづけた。


 延々となり続けるチャイムや電話、家の窓やドアを叩き続け、俺達は精神的に参りかけていた。




「母さん……」




 不安そうに自らを見つめる俺を、母は優しく抱きしめた。


 その後、母と俺は父さんと一緒に暮らした家から逃げ出した。


 父さんが残していたお金で、俺達は転々と暮らしていた。


 その間もマスコミや、世間からの面白半分の嫌がらせを受けていたがそれも一年半を過ぎる頃には殆ど無くなっていた。




「ねぇ、あの顔どっかで……」




「ネットで見たことあったか……?」




 世間も一年以上も経てば犯罪者の顔はネットなどでの語り口になるがその家族までは言及はしてこなかった。


 俺達は、平穏な日常を再び手に入れることが出来ると思っていた。


 この家に引っ越して、アモンと契約をするまでは。




─────────────────────────────────────




2026年 4月8日 水曜日 06:04




 ピピピピ、という目覚まし時計の音が誠の部屋に鳴り響いた。


 音は部屋中に木霊し、誠は夢の中から覚醒した。




「…………」




 先ほどまで見ていた夢のせいか、誠は時計の音で直ぐに目を覚ました。


 起き上がり、周囲を確認する。




「夢か」




「無論、こちらが現実であるとも」




 羽ばたき音と共に、アモンが机の上に着地して言った。




「……おはよう」




「良い目覚め……とはいかなかったか」




 アモンにそう言われて、誠は自らが大量の汗を掻いていることに気が付いた。




「うなされていたが、悪夢でも見たか」




「昔の、夢を……」




 昔、と言う言葉にアモンはどんな夢を見ていたのか思い至った。




「トラウマは未だ克服ならずか」




「…………」




 誠はそれに答えなかった。




「重症だな、マコト」




「………………なぁ、アモン」




 やれやれと首を振ったアモンに、暫くして誠が口を開いた。




「なんだ?」




「前に言っていた、俺が現実で成長すればするほどアモンが強くなるって話だけど……」




 俯き気味だった誠の顔が上がり、アモンをまっすぐに見据えた。




「俺が強くなれば、以前アモンが俺に話せなかった父さんに何が起きたのかも話せるようになるのか?」




「クックック、そうか、ようやくそれに気が付いたか」




 アモンは翼で口元を覆い隠しながら笑った。


 彼が笑っている最中も、誠はその真剣な眼差しを逸らさなかった。




「以前にヒントは出しておいてやりはしたがその回答を導き出すまでに随分時間が掛ったものだ」




「……頭が悪くて悪かったな」




「そうだな、だが我の見立てではお前は馬鹿ではない、単に知識が足りていないだけだ」




 そう言って、アモンは口元を覆っていた翼を今度は自らの頭をツンツンと突きながら示した。




「俺の頭の事はこの際どうでもいい、それでどうなんだ、出来るのか?」




「勿論だ、お前が心身を鍛え……その上で我を他者に信奉させることが出来るのならば、我の全能の力を扱うことが可能になるだろう」




「他者にアモンを信奉させる……どういうことだ?」




「要約すれば知名度を上げるということだ、偶像アイドル信者ファンが居てこそだろう?」




「……つまり?」




 首を傾げる誠に、アモンは今度は口を見せながら笑った。




「ククク、それに関しては我に考えがある。 今は己の力を磨くことに注力すると良い」




 アモンはそう言うと、翼で時計を指し示した。


 時計は七時半を過ぎようとしていた。




「ま、まずい!」




「さて、間に合うかな?」




 時間を見た誠は慌てて着替え始める。


 アモンは自らの契約者が慌てる様を、楽しそうに眺めていた。




「あぁ、それとマコト」




「何!?」




「今日、学校が終わった後の予定は開けておけ。 少しやっておくことがある、具体的には……」




「わ、わかったから! 予定空けて帰ってくるから、説明は後!」




 説明を始めようとするアモンの頭を着替え終わった誠は掴み上げると、鞄の中に押し込んだ。




「ククク、慌ただしい男だ」




 乱暴に扱われながらも、アモンはそれを笑うのみだった。




─────────────────────────────────────




 放課後。


 誠はアモンの言う通り、予定を開けたまま帰宅した。




「それで、言う通りに予定は空けておいたけど……これからどうするんだ?」




 玄関に荷物を降ろすと、誠はその横に置いてあった外出用鞄を手にながらアモンへ尋ねた。




「今日は外出はしない、この家の中で全て用を済ませる」




 アモンは学校鞄の中から飛び出すと、そのまま家の奥にある階段へと飛んでいく。




「ついてこい」




 階段に着地したアモンは一度振り返り、誠へそう告げると再び二階へと飛び上がっていった。




「あ、あぁ……でもそっちは……」




 アモンが飛んでいった先は、この家の二階に繋がる唯一の階段だった。


 その階段の先にある部屋に向かって、誠も進んでいく。


 階段を軋ませながら、一段一段ゆっくりと登りきる。




「アモン?」




 誠の目の前には以前、短い廊下と指輪を発見した部屋へと通じる扉だけがあった。


 アモンの姿は何処にも無い。




「部屋へ入れ」




 扉の奥から、アモンの声が廊下に響いた。




「別に良いけど……何をするんだ?」




 懐疑的な声を上げながら、誠は扉を奥へと開きながら進み……落下した。




「うぉぉぉっ!?」




 誠は以前の様に床板に背中から落下した。




「い、いたたた……」




「よく来た、マコト」




 誠が落下したその先でアモンはテーブルの上で佇んでいた。




「アモン、それにここは──」




 起き上がりながら誠は周囲を見回し、驚愕する。




「ここ、あの牛が居た場所……!?」




「そうだ、あのザガンめが我を監視するために設えた仮の住居だ」




 アモンは頷き、この部屋が以前誠が落下しアモンと契約した場所であることを肯定する。




「こ、ここで何をするつもりなんだ?」




「少々の座学と、実戦をな」




 アモンがそう言うと両の羽を使い、手を叩くような真似をした。


 すると誠の体がゆっくりと浮かび上がり、背後から椅子が誠へぶつかる。




「うわっ!?」




 強制的に椅子へ座らせられた誠は、アモンのすぐ近くまで運ばれた。




「これからお前には我の力を取り戻す上で幾つか知っておくべき事がある」




「知っておくべきこと……?」




「そうだ、まずはこの異界と悪魔に関してだ」




「関してって、昨日俺に教えてくれただろ?」




「もう少し込み入った部分に関してだ」




 アモンは頷きながら、言葉を続けた。




「昨日話したように異界はお前達人間の現実とは違う世界だ、これはお前達の現実の直ぐ隣……裏側にあるような世界だ」




「裏側?」




「物の例えだ、一枚の紙の表と裏の様にごく近くにあるが交わる事の無い世界なのだ」




「でも、今俺はその異界に居るんだけど……」




「何事にも例外はある、魔力の高い人間が迷い込む事やお前の様に悪魔と契約したり、悪魔が引き込むこともあるのだ」




 なるほど……と誠は首を縦に振りながら納得した。




「だがこの異界はもう一つ特徴がある、力の強い悪魔が指定した空間を作り替えられるのだ」




「空間を、作り替える?」




「この部屋が正にそうだ、本来は狭い屋根裏部屋だったが力のある悪魔が手を加えればその空間の全てを作り替えられるのだ」




「…………えーっと」




「つまりザガンめはお前の家という空間を自分の居城として作り替え、お前はそこに引きずり込まれたということだ」




 なる……ほど? と誠は頷いた。


 アモンは本当に理解してるのかこいつ、と目を細めながらも話を続ける。




「お前に理解してもらいたいのは三つだ、一つ目は異界は入った瞬間に現実とは違う空間が広がっていることもある」




「この部屋の様にだね」




「そうだ、そしてもう一つは作り替えられた空間には主となる悪魔が居る、ということだ」




「ふむふむ……もう一つは?」




「その作り替えられた空間の何処かには、大聖堂カテドラルと呼ばれる場所があるということだ」




 聞きなれない言葉に、誠の首の傾き具合がより深さを増した。




「お前にも理解しやすく言うならボス部屋と言うやつだ」




「なるほど、分かりやすくなった」




「で、それが何なんだ?」




「今後ドッペルゲンガーを追う上でも、我の力を取り戻す上でも異界は避けては通れない道だ。 現地で知識不足で狼狽えている間に不意を突かれて……」




 アモンは、自らの翼で首を掻っ切る様なジェスチャーをした。




「などと言う事態は避けねばならん」




「確かに……情報は仕入れておいても無駄じゃないよな」




「情報の重要さを理解した様で何よりだ、では座学は終わりだ」




 頷く誠にアモンも頷くと、再び彼は両の翼を打ち合わせた。


 すると誠の座っている椅子がスッと背後へ下がり、彼は慌てて立ち上がった。




「これより戦闘の訓練を始める、だがその前に最後にしておくことがある」




 アモンがそう告げると、周りの机が一斉に背後に下がり広大な空間が生まれる。


 その直ぐ後に床から火柱が立ち昇ると、ゆっくりと人の形を取った。




「しておくこと……準備体操とか?」




「違う、異界における名前を決める必要がある」




「名前? 今のままじゃダメ……か」




 名前を決める、と言われ誠はふと今のままじゃダメなのかと言い切ろうとした。


 だが直ぐにその考えは間違いであることに気が付いた。


 もし仮に、今回ドッペルゲンガーと相対した際に名前を知られた場合現実での報復にあう可能性があるのだ。




「駄目だな、なので異界での名を考えなければならぬが……今回は我が名付けてやろう」




「キングだ」




「キングぅ? 王様ってこと?」




「そうだ、これは何れ我が世界の王になるという意味もあるが──」




「えぇ……趣味悪いなアモン」




 訝しげな顔でアモンを見る誠。




「話は最後まで聞け、キングと言うのはチェスのキングでもある、これはつまり……お前が倒れればそこでお前は敗北するという意味も込めている」




 誠の表情が、少しだけ引き締まった。




「成り行きだろうとなんだろうと、お前は父の死の真相を知る為の力を得た。 それまでは精々死ぬなよ、キング」




「…………あぁ、任せてくれ」




「では、まずは魔人への変身の仕方からレクチャーしてやるとするか──」




 真面目な表情になった誠を確認すると、アモンは満足げな表情を浮かべるとレクチャーを開始した。


 ドッペルゲンガーが現れるまで、あと四日。


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