第8話 捜査
2026年 四月七日 火曜日 15:58
太陽は中天から差し掛かり、徐々にその高度を下げつつある時間帯。
にも関わらず新宿の人の動きは衰え始めてはいたが、それでも多くの人間でごった返していた。
「ったく、相変わらずの人の多さだな……」
新宿駅に降りた晶は人の多さに辟易とした態度を示した。
「仕方ないよ、ここは東京新宿区だ。 昼間の人口はなんと77万人も居る」
そう言って、誠は携帯で調べたWIKIのページを晶へ翳した。
「誠、テメェ電車の中で何調べてるのかと思ったら……意外とマメか?」
「新宿に来るの初めてだから一応調べたんだけど……だめだった?」
「別に責めてねぇよ、むしろそのマメさを今回の調査に活かせよな」
「勿論、頑張るよ」
誠は頷くと、再び携帯を操作すると地図アプリを表示した。
「そういや今日はあの梟は一緒じゃねえのか?」
「え? あぁ、アモンのことか……あいつは気まぐれだからいつも一緒じゃないんだ」
「ほーん……」
そんなもんか、と晶は納得した。
「それで今俺達は新宿駅に居る訳だけど……どこから調査する?」
「あー……それなんだけどよ、実は何も決めてねんだ」
「え?」
「アタシのダチがやられたのが三月二十二日、表参道駅でだ。 其処に関しては現場を見に行ったりはしたんだが……」
晶はそこで言葉を濁し、右手で頭を掻いた。
どうやらこれは晶が困った時にする癖の様なものらしかった。
「警察に邪魔されてな、全然現場が見れなかったんだよな」
「まぁ……普通は事件が起きたら現場を封鎖するよね」
誠はかつて公安である父が刑事ドラマを見ながらあーだこーだと言っていたことを思い出した。
通常、事件が起きればその現場は保存され一般の人間の立ち入りは禁止されるものである。
「だからその……実は全然調査できてねんだ」
「……なるほど」
誠もまた、晶と同じく頭を掻いた。
「あっ、で、でもあれだぜ!? ちゃんと一番最初の現場は調べに行ったんだからな!?」
……よく覚えてないけど、と言う言葉を最後に付け足しながら晶は弁解を行ったがそれは誠には通用しなかった。
「よし、じゃあ事件のおさらいがてら一番最初の現場に行ってみよう。 今ならきっと現場保存も終わってるだろうしね」
「おう! じゃあアタシが案内してやるよ!」
意気揚々と晶は告げると、最初の現場へ向かって歩き始めた。
何となく、誠は晶の扱い方を理解した気がした。
─────────────────────────────────────
「おっし、着いた」
それから二人は十分ほど歩き、最初の現場付近にある東京女子医科大学に到着した。
医科大学の入口には病院への通院や勤務者が入れ替わる様に出入りしており、その入り口を二人のガードマンが警護していた。
「ここが最初の現場か……襲われた場所っていうのはどのあたりなの?」
「あー……確か国道の横にある脇道だな、喫茶店の直ぐ傍だった気がするな」
晶はそう言うと、朧げな記憶を頼りに脇道へと入ると犯行現場は直ぐに見つかった。
地面には×マークが描かれており、ここで犯行が行われたのだという事が素人目でもすぐに理解できた。
「あった、ここだぜここ」
晶はどや顔で現場を指し示すが、突っ込みを入れるのも野暮だったので誠は素直に拍手をしておいた。
「グレート」
「へへへっ」
指先で鼻をこすり、晶は嬉しそうな顔をした。
「それじゃあ調査を開始しようか」
「おうよ! つってもどうしたらいいんだ?」
晶は×印が貼り付けられている地点まで行くと、周囲を見回す。
「うーん……」
誠もまた晶の近くへ行くと、地面や周囲の建物を見回した。
現場はマンションや喫茶店が立ち並ぶ間にある狭い路地で、現場の地面には恐らく洗い流されたのであろう黒くなった血が少量残されているだけだった。
「流石にこれだけじゃちょっと分からないな……聞き込みをしてみよう」
「お、何か刑事ものっぽいじゃねえか。 んで誰に聞くんだ?」
誠は其処で少し考え込むと、直ぐ近くにある喫茶店を指さした。
「多分、あそこの人なら知ってると思う」
「ふ~ん、なら行ってみっか」
誠が言うや否や、晶は喫茶店へ入店していく。
「えっ、行動はやっ」
「さーせーん、ちょっといっすかー?」
晶が扉を開くとドアベルが鳴り、奥から店主と思わしき男性が現れた。
「はーい、いらっしゃいませ」
人の好さそうな顔をした壮年の店主は、指でピースを作る。
「お二人様でよろしいですか?」
「あー……ワリィなオッサン、アタシら客じゃねんだ」
「……?」
「晶、行くのが早いよ……あ、お邪魔します」
店主は首を傾げながら、晶の次の言葉を待った。
「その、一か月くらい前に起きた事件についてちょっと調べててよ……オッサン何かしらねーか?」
「晶、その言葉遣いはちょっと……」
「ははは、良いよ良いよ、僕ももうおっさんだからね」
店主は笑って晶の失礼な言葉を受け流すと、言葉を続けた。
「一か月前って言うと、あの通り魔の事件かい?」
「オッサン、何か知ってんのか!?」
「あぁ、警察に通報したのは僕だからね」
店主は頷き、答えた。
「なら、事件について改めて教えてくれませんか? お願いします!」
「アタシもどうしても知りてえんだ、頼む!」
誠は頭を下げ、晶もまたそれに続いて頭を下げた。
それを見て、店主は慌てて二人に顔を上げさせる。
「そ、そんなにしなくても教えてあげるよ、だからほら、顔を上げて」
「本当ですか!?」
「マジか!? オッサン、ありがとよ!」
「ははは……と言ってもそんなに感謝される程の何かを知ってる訳じゃないけどね」
顔を上げ、嬉しそうな表情をする二人に店主は少しだけ困った顔をしながら事件について話し始めた。
「あれは夜の十時過ぎだったかな、お店を閉めて中で仕込みをしていたら突然外から悲鳴が聞こえたんだ」
「悲鳴……最初の被害者のですね」
「そうだね、慌てて店を飛び出したら僕とすれ違いざまに走っていく黒ずくめの人が居て血まみれの女医さんが倒れていたんだ」
そこで店主は言葉を切った。
「僕が知ってるのはこれ位だよ、警察にも同じことしか言わなかったしね。 ごめんね、参考にならなかったかな」
「いえ、とても参考になりました。 ありがとうございます!」
「あざっす! 今度は客として来るぜ、オッサン」
「ははは、学校の課題か何かで調べてるのかもしれないけど頑張ってね」
二人は再度お礼を言って頭を下げると、出口へ向かった。
晶が扉を開けようとすると、キャスター風の格好をした一人の女性が現れる。
「きゃっ!」
「おわっ、わ、わりぃオバサン」
「オバっ……!?」
「す、すみません! ほら、晶行こう!」
誠は女性へ頭を下げると、晶の背中を押しながら店を出た。
「全く……今時の子は……」
「ははは、あんなものですよ若い子は、お一人様ですか?」
「あぁいえすみません、私帝都放送の飯田と言う者ですが──」
飯田と名乗ったキャスターは、一礼をし名刺を取り出すと口を開いた。
「いやーあのオッサン、良い奴だったな」
「そうだね、とりあえず次から誰かに話しかけるときは俺が先にやるよ……」
晶の言葉遣いをこのまま続けた場合を考え、不安になった誠はそう提案した。
「あいよ、しかしオッサンのは別に新しい情報じゃあなかったな……次はどうすんだ?」
「次は二つ目の現場に行こうと思う、とりあえず今日中に全部の現場を回ってはおきたいんだけど……」
そう言って、誠は携帯を取り出し時間を確認した。
時刻は午後四時半を示そうとしていた。
「七時くらいまでは掛かると思うけど、門限とか大丈夫?」
「あぁ、アタシんち門限とかねーから」
「家族の人は心配しないの?」
「あぁ、アイツなら大丈夫だ」
アイツ、という呼び方に引っかかるものはあったが誠は晶の言葉に頷くと二人は歩き出した。
これ以上彼女の事情に踏み込むのは今の誠では勇気が足りなかった。
「そっか、なら次の現場に行こう。 次は……」
「表参道だな、アタシのダチがやられたとこだ」
「その、晶の友達は確か……」
「重症だ、もう二度と歩けないかもしれないらしい」
「ごめん、無神経だった」
だが晶は顔色を変えずに言った。
「別に気にしてねえよ、悪いのは犯人だし。 アタシ達はそいつに落とし前を付けさせるためにやってんだ、そうだろ?」
「……そうだね、でも犯人は多分普通の人間じゃないと思う。 一人で突っ走らないようにね」
「普通の人間じゃないって、何でそう思うんだ?」
「今、俺は犯人が犯行後に逃げたと思わしい道を歩いてる」
「あぁ、適当に歩いてるわけじゃねえのか」
喫茶店から出た後、誠は晶を先導する形で歩いていた。
二人の歩く道はやはり先ほどと同じくマンションなどが立ち並ぶ小道であり、更には監視カメラ等も設置されていた。
仮に夜の十時と言えど人目に触れないという事は不可能な様に思えた。
「それに日本の警察と言うのは基本的には無能じゃない、証拠が揃えば事件から一週間で逮捕ということも十分にある」
「ほーん……良く知ってるな誠」
「全部父さんの受け売りだけどね」
「でもよぉ、事件からもう一か月も経ってるのに捕まってねぇってことはやっぱ無能なんじゃねえの?」
「そうかもしれない、もしくは犯人が有能か……あるいは本当にドッペルゲンガーかだ」
誠が真顔でそう言ったのを見て、晶は笑った。
「だははは! そりゃねえだろ誠、ドッペルゲンガーとか幽霊なんざ存在するわけねーって言いたいんだが……」
笑っていた晶の顔が一転した。
「ダチが襲われた時も、犯人はダチと同じ顔をしてたらしいんだよな……」
「ならやっぱり──」
「いやいや、でもよぉ? 何かほら、催眠術とか幻覚とかなんかそういう可能性もあるよな?」
「それは無いとは言えないけど……可能性は低いと思う」
「だったらよ、仮にだけどよ……もし本当に犯人が幽霊みたいなもんだったとしたら……そいつは捕まえられんのか?」
晶は不安そうな声色で続けた。
誠の少し後ろを歩く晶は、恐らくその表情も不安そうにしていることだろう。
「こええんだよ……もし、もし本当に幽霊が犯人だったらどうやって捕まえりゃいいんだよ」
そんな晶の言葉に、誠は振り返らずにこう答えた。
「大丈夫」
「大丈夫って、何が──」
「仮にそいつが本物の悪魔や幽霊だろうと俺が必ず捕まえて見せる」
「誠──へっ、田舎者が一丁前に格好つけやがって」
その言葉は少し前の誠からなら出なかったかもしれない言葉だった。
だがアモンと契約しその力の使い道を悩んでいた誠にとって、晶のその悩みは彼にその発言をさせる良いきっかけを与えるものだった。
誠の言葉に晶は少しの間感じ入っていたが、それに自分で気づくと気恥ずかしさを紛らわすためか誠の後頭部をデコピンした。
「いてっ! な、何するんだよ晶」
「へっへっへ、アタシの前で格好つけようなんざ百億万年はえーんだよ」
衝撃で頭が前に揺れ、後頭部を抑える誠をすり抜けて晶は笑いながら駆けていく。
そんな彼女に苦笑しながら、誠もまた彼女の後を追った。
二人はそういった様に時に真面目に、時に笑いながら四つの犯行現場を調べて行ったのだった。
─────────────────────────────────────
「で……結局……」
「まとめサイトに載ってる情報と殆ど同じことしか調べられなかったね……」
「新宿一帯歩きまわってこれとかマジで辛いぜ」
時刻は夜九時を過ぎようとしていた。
二人は四谷駅にあるベンチに座りながら、自販機で買ったジュースを飲みながら意見交換を行っていた。
今日二人は必死に歩き回り、聞き込みなどを行いながら現場について調べたが得られた情報は以前見たまとめサイトに載っている情報と同程度だった。
「ただ、聞き込みで得られた情報もあったね」
「襲われた連中がいわゆる有名企業とか有名学校に通ってた連中ってこったろ?」
「あぁ、そして今までの情報から推測するに犯人は……一週間に一度、ランダムな場所で日曜日の夜十時にお金持ちや有名学校の女性を襲っているということだ」
「ってのが分かったところでなぁ……ターゲットが分かるまでは良いけどよ、何処で襲うのかがわからねえと捕まえようがねえ」
「そこなんだよなぁ……襲う場所にも何か法則みたいなのがあれ、ば────?」
法則、と言う言葉に誠は何かの引っ掛かりを覚えた。
「実は犯人は何かの図形を描こうとしてるとかか? そんな映画や漫画でもねえだろうし……ってどうした?」
考え込む誠に、晶は声を掛けた。
だが誠は返事をせず、地図アプリを一生懸命に弄っている。
恐らく集中し始めたであろう誠の邪魔をすまいと、晶は隣でベンチにもたれ掛りながら眠り始めた。
「────分かった!」
「ぉおっ!?」
十数分後、完全に夢の世界へ行っていた晶は誠の叫び声でベンチから落下しながら目を覚ました。
「あ、ごめん……」
「いや別に良いけどよ、んで何が分かったんだ?」
「あぁ、聞いてくれ晶! 次に犯人が女性を襲う場所がわかったんだよ!」
「……マジか!?」
「多分、俺の考えが間違っていなければ次は……参宮橋駅だ!」
晶は立ち上がりながら、誠の言葉に驚愕し理由を尋ねた。
誠は興奮気味に、何故次が参宮橋駅なのかを説明する。
「あ……? てめぇ、頭大丈夫か?」
「ごめん、正直俺も頭おかしいと思う……」
「テメェが言い出したんだろうが!?」
「ご、ごめん! でも多分合ってると思うんだけど……」
「ったく、大丈夫かよ? ちっ……まぁいいか、今日はそれっぽい場所が分かっただけでも儲けもんだ」
お互いに不安そうにしながらも、晶はそれを吹き飛ばすように言うと誠の肩を右手で叩いた。
「誠、テメーが一緒に来てくれて助かったぜ」
「こちらこそ、晶が学校で助けてくれなかったら俺の方もどうなっていたか分からなかったよ」
「へっ、お互い様ってわけだ。 ならこれ以上の礼は、犯人を捕まえた時だな」
「あぁ、そうしよう。 明日はどうする?」
「明日は休もうぜ……なんだかんだ歩き回って疲れたしよ、色々準備もしてーしな」
「分かった、なら明後日に参宮橋駅で犯人が襲撃場所にしそうな所を探すとしようか」
あいよ、という返事と共に晶は誠の肩から手を離すと踵を返した。
「アタシは帰る、テメーも気を付けてな」
「一人で大丈夫?」
「舐めんなよ、アタシは毒蛇の玖珂晶だぜ?」
振り返り、右手をグッと握って見せると彼女はそのまま東京の闇へと消えて行った。
誠もまた帰宅しようと思ったその時、視線の先にそれを見つけた。
「アモン──」
「ククク、まずはお前を労うとしよう……よくぞ答えまで辿り着いた」
誠の視線の先にある堀の上に、真っ赤な羽を持つ金色の目をした梟が居た。
アモン、誠が契約した悪魔であり自称最強の悪魔。
彼は誠の今日の活動を労いながら笑う。
「答え……どういうことだ? 何か知っているのか!?」
「結論から言おう、お前が想定した場所と理由は正解だ」
「そうか、もしかしたらと思っていたけどやっぱり……悪魔絡みなのか」
「そうだ、お前が想像した通りドッペルゲンガーは本物の悪魔だ。 我とお前の様に契約した人間なのか、それ単体かは不明だがな」
「そもそもどうして現実に悪魔が居るんだ?」
誠の疑問にアモンは答えた。
「この世には異界と言う別の世界がある、其処に住む者達が悪魔であり彼奴等がこちら側に来るのはあり得る…あり得るが──」
そこでアモンは言葉を切った。
「あり得るが……何?」
「千年前ならいざ知らず、魔力が薄くなったこの時代で異界を抜けてくる悪魔が居るというのがどうも腑に落ちぬ」
「その抜けてくるってのも良く分からないけど……アモンみたいに何かに封印されてたっていう線は?」
「無いとは言えんがあの程度の悪魔を封印するものなのかどうか……何れにせよこれ以上は推測の域を出ぬ不毛な議論だ」
アモンは首を振ると、誠の隣のベンチまで飛び上がり着地した。
「我が言いたいのはこの事件によくぞ己の意志で介入した、ということだ」
「介入って、俺は単に彼女を助けようと……」
「動機はそうだろう、だがお前は捜査をしながら薄々勘付いていた筈だ……これが単なる人間の仕業ではないとな」
「それは……その通りだ」
アモンの言葉に誠は言葉を詰まらせた。
彼の言う通り、捜査を進める度にその疑念は強くなっていった。
監視カメラが設置されていて人通りが多い箇所での犯行にも関わらず、警察がその足取りすら掴めていない相手……誠にはそれがとても人間の犯行とは思えなかった。
「だがそれでもお前は自ら捜査を続け、見事答えまで辿り着いた……実に素晴らしい」
「素晴らしい?」
「そうだ、我と契約しておきながらこの力を使わない等と抜かす様であれば処罰も検討したが……」
「処罰って……」
ニヤリと、アモンが口角を上げた。
「だがお前がこの事件に関わると決めた以上最早悪魔との接触、戦いは避けられん。 そうなれば我の力を頼るところになる」
「……どうして、アモンはそんなに力を使いたいんだ?」
「言ったはずだ、お前が強くなれば我も強くなる。 そうすれば一年後の手間が省けるではないか」
「やっぱり、そういう結論なのか」
「今の我はお前を鍛える事以外に興味はない、そういう点では今日のお前の成長は好ましい……」
そう言って、アモンは誠の頭部に飛び乗った。
「少しは我が契約者として認めようではないか、マコト」
「正直あまり嬉しくないけど……ありがとう、アモン」
誠の頭の上に陣取りながらアモンは笑みを、誠は苦笑いを浮かべるのだった。
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