第7話 ドッペルゲンガー
2026年 四月七日 火曜日
「っし……とりあえずこんなもんか」
朝六時半、23区内にある晶の実家。
自らの部屋の中で晶は鞄の中身を確認をしていた。
ヌンチャク、携帯式鉄バット、催涙スプレーにカラーボール、更にはスタンガンまで入った鞄を見て晶は頷くとチャックを閉め持ち上げた。
晶が顔を上げた位置には、晶ともう一人背の低い女性が二人だけで写った写真が飾られていた。
二人とも同じ学校の制服を着て、とても良い笑顔で写っていた。
「…………マキ」
写真を見た晶は、両手を強く握りしめる。
その力強さに鞄を握っている部分がギチギチと音を立てた。
また彼女の表情は、先ほど鞄の中身を確認した時とは打って変わって強い怒りを映し出していた。
「必ず仇は討ってやる」
晶はそう呟くと、怒りに任せて部屋の扉を開けた。
居間では眼鏡を掛け、少しだけ細めの父親がワイシャツ姿で食事を取っていた。
「晶、もう学校に行くのかい?」
「…………」
父の心配そうな声に晶は答えない。
テーブルの横を素通りして、玄関へ向かっていく。
「晶、最近帰りが遅いようだけど何をして──」
「ちっ、うぜぇんだよ」
父は晶を追いかけるように食事を中断し立ち上がるが、彼女は素早く靴を履くと舌打ちと侮蔑の言葉を吐いて家を出ていく。
「……晶」
最早いつもの事なのか、父は諦め気味に溜息を吐くと食事に戻った。
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「クックック、昨日は酷い目に遭ったようだな契約者」
晶が家を出た同じ頃、誠は居間で食事を取っていた。
そんな誠をアモンは揶揄う様に対角線上にあるテレビの上で笑った。
「他人事みたいに……俺が死んだらお前も困るんじゃないのか?」
「無論困る、一年後の依り代だからな」
「だったら助けてくれても良かったんじゃないか?」
「まさか初日から暴行されるとは流石の我も想定をしていなくてな、ククク」
翼で口元を隠しながら、アモンは笑う。
「それにこれは我の計らいでもあるのだ」
「計らい?」
「もし仮に我が一緒に居てみろ、力の扱い方も覚束ないままふとした拍子に力を扱えばどうなるか……分からぬ訳でもあるまい」
「うっ……そ、それは」
誠は二日前の事を思い出していた。
あの子の為に動こうと、そう思った時体は最善の動きを行っていた。
これがもし、怒りに任せて不良に力を使ったとしたら……。
「相手を社会復帰が不可能な程度には破壊出来るだろうな、どうだ、我の粋な計らいは?」
「あ、ありがたいです」
「ククククク!」
大仰にアモンは笑うと、テーブルの上まで移動する。
「だがあの様子では我の力無しで行動するのは難しそうだ、我の契約者は災いを呼び込む体質でもあるようだからな」
「災いを呼び込む?」
「そうだ、それが運命的なものなのかどうかは我には分からぬがな」
誠が首を傾げていると、アモンは皿の上にあった焼き鮭を嘴で抓んだ。
「あ、俺の鮭!」
「ククク、これは我への供物とするが良い」
「うぅ……育ち盛りは沢山食べて栄養取らないとダメなのに」
「鍛錬をする訳でも勉学に励む訳でもなく、惰眠を貪るのなら不要な栄養だ」
「別に惰眠を貪るつもりは……」
「ではそろそろ今後の方針を決めたらどうだ契約者」
未だ熱を持つ鮭を、アモンは一口で口の中に放り込むと言葉を続けた。
「契約から既に三日だ、我の力を善につけ悪につけ利用しないのは実に不毛だと思わんか?」
「と言われてもなぁ……そもそもあの仮面を付けた姿とか悪魔とか、異界とかそもそも何なんだ?」
「ふむ、教えるには良い頃合か」
アモンは卵焼きを皿から奪い去ると、再びテレビの上へ舞い戻った。
「以前ザガンめと戦った際のあの姿は
「魔人……」
誠は三日前、この家の二階で不思議な空間に迷い込み巨大な牛と対峙したことを思い出していた。
「魔人とは悪魔と契約した人間が変化した姿であり、悪魔の力の一部を使用することが出来る異形の者なのだ」
「一部? あの牛と戦った時の力でも、まだアモンの力の一部なのか?」
「それに関してはイエスでありノーだ、魔人は本来の悪魔よりも力が落ちた状態の姿なのだが……」
「……なのだが?」
「これに関しては我とお前が例外なのだ、理由は分からんが我とお前の相性はとても良い」
アモンは首を傾げながら、卵焼きを丸呑みした。
「相性が良いと……どうなるんだ?」
「相性が良ければ良いほど悪魔本来の力が引き出せるようになる。 つまり、貴様は特別なのだ」
「あんまり嬉しくないな」
「ククク、そう言うな。 この力さえあればこの世にある存在で恐れるものは何もない、富も権力も思うがままだぞ?」
「……悪用しろって言ってるんなら、俺はそんなことに使うつもりは無い」
「昨日、人間に理不尽な目に遭わされても復讐しようとは思わんのか?」
アモンは空中に、炎で昨日の不良の顔を描く。
「我の力さえあれば、逆に彼奴等を支配下に置くことも出来るのだぞ?」
「確かに、そうかもしれない」
「では早速──」
「でもそれは駄目だ、力で誰かを従わせるのは、結局彼らと同じことをしているだけに過ぎないと俺は思う」
「ククク、青いな契約者よ。 だが良いだろう……刻限も迫っていることだしな」
と言って、アモンは居間にある時計を見た。
時刻は七時十分になろうとしていた。
「そろそろ出立の時間ではないか?」
「あっ! ま、まだご飯食べきってない……くそぅ!」
「クックック……残りの疑問に対する説明はまた今度だな」
誠は残りの食事を胃に掻き込むと、両手を合わせた。
「ごちそうさまでした!」
そのまま洗い物を洗い場へ持っていくと、机の傍らに置いてあった鞄を手に取った。
「昨日の様に走るか?」
「それが嫌だから少し早めに出るんだよ、ほら入って」
「うむ、よきに計らえ」
鞄を開くと、アモンを其処に収容し誠は鞄を背負った。
「えーっと洗い物は水に浸けたし電気も消したし窓も閉じてるな」
誠の母は昨日の朝に元の家へと帰宅しているので、家の戸締りをしっかりと確認し学校へ向かった。
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放課後、誠は晶との待ち合わせ場所である麗園学園の屋上に居た。
本来ならば進入禁止の場所だが、今回は”何故か”鍵が壊されており扉はすんなりと開いた。
「……大丈夫かな、勝手に入って」
恐る恐る扉を開けると、温い風が誠の頬に当たった。
屋上はフェンスに囲まれている上に雑多に机や処分する予定の物などが雑多に積み上げられていた。
フェンスの向こう側はビルに阻まれ、あまり見晴らしが良いとは言えなかった。
「おう、来たか」
そんな屋上の中で廃棄予定であろう机に脚を乗せたまま椅子に座っている晶が居た。
「待たせたかな」
「いや、時間ぴったりだ。 遅刻したらヤキ入れるとこだったがテメーが時間に律儀で嬉しいぜ」
「ははは……ありがとう」
ヤキという言葉に引っかかるものを感じながら、誠は笑った。
「ま、座れよ……テメーに付き合ってもらうもんを説明しなきゃいけねえからよ」
晶は自らの近くに置かれている椅子を顎で示し、誠は着席した。
「改めてだがよ、ドッペルゲンガーって知ってるか?」
「それって確か君が言ってた連続暴行犯、だよね」
誠は晶の質問に首を横に振りながら、それが彼女と出会った時に聞かれた名前であることを思い出した。
「あぁ、少し前から新宿で起きてる暴行事件の犯人……って噂だ」
「噂?」
「そう、噂だ。 何せ犯人を見た奴がいねえからな」
「ごめん、そもそもその……どういう事件なのかも教えてもらってもいいかな」
「あー、ちょっと待て」
晶はそう言うと携帯を取り出し、とあるサイトを表示した。
「三つ葉ちゃんねる?」
「其処の名前はどうでもいいだろ……もっと下の方見てみろ」
誠は晶に言われたように画面を下へスワイプしていく。
すると……。
「あ、これか」
その掲示板を纏めた形式のサイトには『新宿連続通り魔事件について』という題名で事件について掲示板で集められた情報が載っていた。
それによると、事件のあらすじはこうだ。
今から一か月前の三月十五日、新宿駅北東部にある医科大学に勤務する女性医師が帰り道でナイフを持った通り魔に襲われたというものである。
犯行は夜十時ごろに行われ、医師は全治10か月の重傷を負った。
「酷いな……」
ページにはまだ続きがあった。
翌週、今度は表参道駅から出てきた女性を黒ずくめの服装をした人物が襲い掛かり重傷を与えた。
その際犯人を見たとされる人物の証言では、犯人は女性と同じ顔をしていたということだった。
更にその翌週は西武新宿駅でOLが、翌々週には四ツ谷駅で女子高生に対して犯行が行われ、被害者は全て女性であった。
警察も必死に捜査をしているが、事件を目撃した人物全員が犯人の顔が襲われた被害者と同一であるという証言をしており……。
「そこから付いた名前がドッペルゲンガーか」
「そういうこった」
「確かに酷い事件だ、襲われた人は皆重症みたいだし……でも」
「あ? でもなんだよ」
「いや、この事件がどうかしたの? こういうのは警察に任せておけば……」
警察に、という単語に晶は強く反応した。
机から足を下ろし、顔を誠の前に近づける。
「で、その頼みの警察ってのは一体何時この屑を捕まえるんだ??」
「いや、それは……分からないけど」
「こっちはなぁ、このふざけた通り魔にダチがやられてんだよ!」
「それは……」
「帰り道に突然襲われて……医者が言うにはもう歩けないかもしれないそうだ」
晶は歯を砕きそうなくらいに強く噛み締めながら言った。
「そりゃアタシだって警察に掛け合ったさ、だが捜査の事は教えられねーだの他にも事件があるだので門前払い……ざっけんな!!」
晶はそのまま後ろへ振り替えると、先ほどまで自分が座っていた椅子を蹴り飛ばした。
椅子は大きな音を立てながら転がり、フェンスに激突する。
「…………だからな、警察が役に立たないんならアタシがそいつを捕まえてやる、そうダチと約束したんだ」
「そう、だったのか……ごめん、君の気も知らないで」
「別にいい、他人から見りゃそれこそテメーが言う様に警察に任せるってのが正解なんだろうよ」
拳を握りしめながら、晶はフェンスの先を見つめた。
ビルは陽光を反射し、彼女を照らす。
「けどよ、ダチ一人救えないなんて情けねえだろ……アタシはダチの為に何かしてやりてえんだ」
「…………」
「へっ、バカバカし過ぎて言葉もねえってか?」
「いや、そんなことは無いよ。 君の気持ち、少しだけど分かる気がする」
傷つけられた大切な人の為に、何かをしたい。
誠もまた父の事件に関することで傷ついた母に対して献身的に接していたことがあるからこそ理解できることだった。
「改めてだけど、きちんと手伝わせてほしい。 昨日のお礼だけじゃなく……俺個人の意思で」
「……へっ、アタシも自分の事はバカだと思ってたがテメーもバカだったか」
「あぁ、田舎者だからね」
「ははは! 確かにな!」
誠の冗談に、晶は笑った。
「なら誠、改めてよろしくな」
「あぁ玖珂さん、よろしく」
「そのさんってやめろよ、晶でいい」
「あー……じゃあ、よろしく晶」
「オウ! んじゃ早速今日から調査開始だ!」
気持ちのいい笑顔を浮かべる晶に、誠もまた笑顔で返した。
そんな二人を、フェンスの先にあるビルの上からアモンが見つめていた。
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