ドッペルゲンガー編

第5話 玖珂 晶


「アモンである!」


 高らかに自らの名を宣言したその梟に、誠は硬直していた。

 そんな誠を見ながら、アモンと名乗った小型の梟は嘲る様に笑みを浮かべた。


「ふっ……どうした契約者、思考が現実に追い付かないか?」


 アモンの言葉に、誠はこくりと頷いた。

 それを見たアモンは再び笑った。


「ククク、そうだろうな。 矮小な人の身では今宵起きた事の整理で頭が一杯だろう」


 そう言って笑うと、アモンは誠の近くにあるテーブルへと羽ばたき場所を移した。

 先ほどよりも間近に見えるその梟は、体長30センチあるかどうかと言ったところだがその威圧感は巨漢のヤクザが目の前に居るよりも恐ろしい程だった。


「良い、今宵は久方ぶりの現世で気分が良い……契約者の疑問に答えてやろう」


 喋る梟を前にして、どうしたら良いのか分からなかった誠に対してアモンは意外にも好意的な対応を取った。


「まずは座れ、いつまで我を見下ろしているつもりだ?」


「あ、はい……」


 アモンは翼で椅子を指し、誠を着席させる。


「では疑問を一つずつ上げろ、パズルのピースを手に取る様に一つずつな……」


 疑問を上げろ、と言われて誠の頭の中には無数の疑問が浮かびあがる。

 だが最初に質問をしろと言われたら同じく殆どの人間がこう聞くだろう。


「お、お前は何なんだ……?」


「先ほども言ったが……我は地獄の40の軍団を率いる、果てしなきもの。 全ての強欲と熱望を司る、序列7位の悪魔アモンである」


「悪魔……って、あのゲームとか漫画で出てくるような悪魔……なのか?」


「その解釈で概ね間違いはない、ふふふ、ゲームでの我もさぞ強かろう?」


「ゲームが分かるのか?」


「無論だ、我は過去と未来全ての知識を所持している」


 その途方もない言葉に、誠はただ只管に感嘆の声を上げるしかなかった。


「なので今お前がやっているソシャゲファイナルグランドオーダー……略してFGOが何時インフレしてゲームが廃れるかも我は知っているぞ」


「え、あのゲームインフレするの……」


「他にもお前の父が何故死んだのか、一体何をしていたのかも知っている」


「っ! そ、それは本当か!?」


 父と言う言葉に、誠は強く反応した。

 椅子から身を乗り出し、アモンの眼前まで顔を近づける。


「本当に、知っているのか!?」


「無論だ」


「なら教えてくれ、父さんは……父さんは本当にあんな罪を犯していたのか!?」


「知りたいか?」


 血相を変えた誠からアモンは少し後退すると、その金色の瞳を輝かせた。

 誠は三年前に父が外患誘致罪で逮捕されて以後、誹謗中傷や嫌がらせを母と二人で受けながら生きていた。

 家に投石や落書き、殺害予告などは日常茶飯事だった。

 時には火炎瓶などを投げ込まれた事もある、普段であれば警察も助けてくれるのだろうが……世紀の犯罪者の親族相手の対応は冷たいものだった。

 だからこそ、誠は欲していた。

 自らの父が無罪である証拠を、その証明を。

 今回の様に居場所を変えながら、世間から隠れるように生きなくても良い普通の生活を送る為のものを。


「勿論だ」


「では結論から言おう、今の我では話せん」


 肝心の話題に入ろうとした瞬間、アモンは体を後ろへ向けた。


「話せない……どうして?」


「単純な事だ、長きに渡る封印によって我の力が著しく低下したのだ。 それによって過去や未来を見る力もまた低下しているのだ」


「そう、か……そういえば、どうしてアモンは封印されていたんだ?」


 肩をがっくりと落とすと、誠は再び椅子へと腰を落ち着けた。


「ククク、知りたいか?」


「まぁ……一応」


「よかろう、では答えよう!」


 誠の質問に待っていましたと言わんばかりにアモンは誠から背を向けたまま翼を広げた。


「我はあの憎きソロモンに封じられたのだ、この力を疎まれてな」


「ソロモンって言うとえーと……」


 聞き覚えのある名前に、誠はスマホを取り出して調べた。


「あった、ソロモン……古代イスラエルの王様?」


「その通り、およそ三千年前の人間だ。 彼奴は我や他の悪魔を一体ずつ指輪に封印し、海底に投棄したのだ」


「じゃあ、あのでかい牛は?」


「ザガンか……奴は特別だ、我の封印をたまたま指輪を拾った人間が解かない様に見張りとして同封されたのだ」


「成程……え、じゃあなんでそんな物騒な指輪がこの家に?」


「──さてな」


 暫しの間を置いて、アモンは返答した。

 それは答えを知っていながら、あえて答えていないようにも見えた。


「それで、アモンはこれからどうするんだ?」


「ククク、復活したからにはやる事は決まっている……この世の全てを再び我の手中に収めるのだ!」


「ど、どうやって……?」


「お前の体を使う」


「えっ!?」


 アモンは、にやりと誠に見えないように笑った。


「ザガンとの戦いのときに我と契約をした筈だ、あの場で死ぬか……もしくは我と契約し生き延びるのかをな」


「それは……したけど」


「そうであろう? あぁ……だが我との契約の仔細を説明していなかったな」 


 そう言って、悪意に満ちた顔をアモンは誠へ向けた。


「我は今日から一年間、お前に全ての力を貸す。 その代わり、一年後の今日を迎えた後お前は死に、その体は我の新たなる肉体となるのだ」


「死……は? え!?」


「ククク、契約をする際にはその詳細に関してまで読まなければな」


「う、嘘だろ……!」


「悪魔の契約に嘘はない、我が力を与える以上一年後には必ずお前は死ぬ」


 驚愕する誠を前に、アモンは笑った。


「ククク、では一年間よろしく頼むぞ……閼伽井誠よ」


──────────────────────────────────────


 翌日、誠はアモンと共に品川の街へペット用品の買い出しに出ていた。

 母曰く、どうしてずっと前から一緒に暮らしてるのにアーちゃんの餌も何もないのかしら~とのことで買い出しを命じられたのだが……。


「無いのは当然だよなぁ」


 と、誠は昨日の夜以来重たくなったままの気持ちと体を引きずりながら歩いていた。

 背中の鞄の中には更に気持ちを重くさせるアモンが入っている。


「そう暗くなるな、お前の母には最低限の印象操作しかしていないのだぞ」


「暗くなってるのは其処じゃないっての!」


「ククク、そう喚くな、往来の人間が見ているぞ?」


「うっ……」


 どうやらアモンの声は他人には聞こえていない様で突然声を上げる形となった誠に、往来の人々が一瞬奇特な目を向けた。

 しかし直ぐにそういった人々は歩き去っていく。

 

「クックッ、冗談だ契約者よ」


「勘弁してくれよ……」


 困った顔をしながら、誠は再び止まっていた歩みを進めた。

 誠の頭の中は未だ混乱の中だった。

 一年後に必ず来るという自らの死、そしてアモンと言う名の喋る悪魔……。

 更には、アモンが語った力についてもだ。

 

「我にはあらゆる存在と和睦あるいは敵対を行うこと力、更に過去と未来の知識と炎を操る力を持つ、この偉大なる力の行使はお前の意志に委ねる」


 と告げたのだ。

 

「そんな事言われてもなぁ……」


 誠にはそんな力を使う宛や使いたいという気持ちは殆ど無かった。

 どうしたものかと考えていたその時だった。


「ん?」


 ふと、ビル壁に囲まれた路地の裏で泣いている一人の少女と彼女に目線を合わせながら喋るヤンキー風の女性の姿が目に映った。


「ひっく……どうしよう、このままじゃピィちゃんが……」


「まぁ、そう泣くなよ……鳥なんてこのアタシがパパーッと捕まえてきてやっからよ!」


「どうしたの?」


 誠はそれを見ると、自然に二人に近づき声を掛けた。


「だ、だれ?」


「あ、んだよてめぇは?」


「誰と言われても通りすがりの高校生なんだけど、その、君が泣いているのが見えたから来たんだけど……カツアゲならや、止めた方が良いよ?」


「アホかコラ! ガキから金取る程アタシは落ちぶれてねぇ!」


 その九歳位の子供は泣いて赤く晴らした目で誠を見上げる。

 それにつられてヤンキー風の女性も誠を見た、どうやら誠と近い年齢であるらしくどこかの学校の制服を着ていた。


「あのね、ピィちゃん……逃げちゃったの」


「ピィちゃん?」


 

 少女は指先をビルの上側にある窓まで指差した。

 其処には不安そうに鳴く一匹の小鳥が立ち尽くしている。


「さっき、お母さんと一緒に買って、それで嬉しくて走ってたら、逃げちゃって……」


「んでアタシが今捕まえに行くって話してたんだよ、ったく分かったらさっさと野次馬は失せろボケ」


「なるほど、そうか……」


 ビルの途中、3階付近の窓にとまって今にも飛び立ちそうな小鳥を見ながら誠はどうしたものかと思案した。

 小鳥がとまっているビルを駆け上がって窓を開くのが速いだろうか、それとも何か別の方法を……。

 そんな風に考えていた時に、誠はふととある荷物の事を思い出した。


「そうだ……アモン!」


「断る」


「断るの早いな! 何でだ!?」


「我の力を貸すとは言ったが我が体を動かすとは言っていない、やるならお前が体を動かすのだな契約者よ」


「そんな事言ったって……」


 小鳥は、今にも飛び立ちそうである。

 小声でアモンと話している誠にも、徐々に焦りが生まれてきた。


「我と契約した力を使えば良いだろう、異界で行った通りに現実でもお前の体はお前が望むように動く」


「あの時は無我夢中で──」


「あっ、ピィちゃん!」


「やべっ──」


 青い小鳥が、窓辺から飛び立った。

 ヤンキー少女が、踵を返してビルの入口へと走った。

 

「くそっ!」


 それに合わせて誠の体も動いていた。

 まるでトランポリンか何かで跳ねたように、大きく誠の体が跳躍する。

 誠は直ぐに左側にあるビルの壁面に近づくが、これを左足で蹴り上げると更に高く、右側のビルまで飛んだ。

 それらを繰り返し、誠はあっという間に青い小鳥を捕まえる。


「よ、よしっ! 捕まえた!」


「す、スゲェ……マジか」


 その光景に、ヤンキー少女ともう一人の少女は魅入っていた。

 だが、捕まえるまでしか考えていなかった誠の体は小鳥を捕まえるとそのまま自由落下を始める。


「し、しまった……!」


「あっ、バカ!」


 頭からゆっくりと落下し始め、地面に到着する頃には勢いよく背中から着地する形となった。

 ビル3階分の高さからコンクリートへの落下は常人であれば死んでいるところだが……誠は無事だった。


「きゃぁっ、お、お兄ちゃん!?」


「い、いたたた……」


「お、オイ! 無事か!? 110番すっか!?」


「110番は警察じゃない……? 大丈夫だよ、ありがとう」


 心配そうに倒れた誠の顔を覗き込む二人に笑顔を返しながら、誠は両手の中で包んでいた小鳥を少女に差し出した。


「もう逃がしたらダメだよ?」


「う、うん……! ありがとう、お兄ちゃん!」


 小鳥を手渡された少女は、満面の笑みと涙を浮かべながら頷いた。

 

「めぐみ~! どこ~!?」


「あっ、お母さん!」


 母親と思わしき呼び声に、少女は小鳥を抱いたまま走り去っていった。

 その姿を見ながら、誠はゆっくりと起き上がった。


「やれやれ、まさか本当にやるとはな……何故助けたのだ?」


 いつの間にか鞄から出ていたのか、アモンが上からゆっくりと誠の頭部に舞い降りた。


「なんでって……困っている人を助けることに理由がいるのか?」


「見返りも無しに人助けをするのは狂人か度を超えた間抜け位なものだ」


 そんなやり取りをする二人を、ヤンキー少女はジッと見ていた。


「オイ、てめぇ……」


「あっ、は、はい?」


 睨みつけるような目で少女は真を見ている。

 その視線に思わず誠も姿勢を正した。


「さっきの動き、ありゃどうやったんだ?」


「どうって……そのぉ……」


「どう見たって普通の動きじゃあなかった、テメェもしかして……ドッペルゲンガーか?」


 少女はいつの間に手にしていたのか、金属製のバットを誠の顔先に突き付けた。


「わっ、え、な、なに!?」


「ドッペルゲンガーかって聞いてんだよオラァ!」


 いきなりの恫喝に、誠は驚き後退した。


「ドッペル……なに?」


「しらばっくれんじゃねえよ、てめえが今噂の連続暴行犯なんだろうが!」


「ち、違う! 俺は昨日こっちに引っ越してきたばっかりで……ドなんたらっていうのじゃないよ!」


「ならさっきの動きは何なんだよ」


「あ、あれは……」


 ちらりと、誠はアモンを見た。

 アモンは口元を翼で隠しながら盛大に笑っていた。


「あれは?」


「そう、お、俺の実家古武術をやってて……それでえっと、世間一般には出回ってない特殊な訓練とかをやってて……」


「古武術ぅ?」


「言い訳のレベルが低すぎるぞ契約者……」



 ヤンキー少女は、少し考え込むような仕草をしながら次の質問をした。


「それってあれか、漫画みてえな訓練とかすんのか?」


「そ……そうそう! 変な姿勢を取りながら水の入った茶碗とかを肩とか腕に置いたりする!」


「は~、ったくそれならそうと先に言えよ……紛らわしいな」


「ご、ごめん……ところでそのドッペルなんとかっていうのは一体……?」


「さっきも言ったろ、連続暴行犯って奴だよ。 テメェテレビとか見てねえのか?」


 顔先に突き付けられていた金属バットを下ろすと、少女はやれやれと言った顔で答えた。


「いや、ほら、俺の実家は山奥だったから……」


「あ、そうなのか? そりゃ何か……スマン」


「だ、大丈夫、慣れてるから」


「そっか、まぁ頭に梟乗っけてる目立つ奴が連続暴行犯な訳ねえもんな……悪かった」


 少女はそう言うと、誠に対して頭を下げる。


「い、いや良いんだよ! こっちこそ驚かせてごめん!」


「あぁ、マジ驚いたぜ……テメェんちの古武術ってすげえんだな」


「あ、あははは……ありがとう」


「そういや名前言ってなかったな、アタシは玖珂、玖珂晶くが あきらだ」


「玖珂さんか……俺は閼伽井誠って言うんだ」


「閼伽井……どっかで聞いたことあんな」


 首を傾げる晶だったが、思い出せないのか直ぐに別の話題に移った。


「まぁいいや、アタシももう行くけどよ。 もしこの辺りで厄介ごとに巻き込まれたら毒蛇どくじゃの玖珂が友達だって言えよ、チンピラどもはそれで直ぐ逃げ出すぜ」


「わ、分かった……」


「じゃあな、古武術使いの田舎もん!」


 晶はそう言いながら、笑って走り去っていった。


「だそうだぞ、古武術使いの田舎者」


「……もう少し、勉強して言い訳できるようにしておきます」


「ククク、それで良い。 お前が成長すれば一年後の我が楽を出来るのだからな」


 アモンの不穏な言葉を聞き流しながら、誠は本来の用事の為に再び品川へと戻っていった。

 今日、この日の出会いが後日再び誠と晶を引き合わせることになるとは露も知らずに……。

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