血吸い鬼の夜

「僕、痛いの嫌いなんですけど」



 暮れたばかりの夜の中、家に女が訪ねて来た、玄関先のほの暗い灯りの元申し訳無さそうに立っている、女の肌は青白く少しやつれていた。



 僕はじっと女の言葉を待つ。



「あのっ……痛くは……」



「知っています、冗談です」



 女は躊躇ちゅうちょしつつも意を決した様に反論してくれ、僕が笑顔で言った「冗談」の言葉にほっと胸を撫で下ろした。



「他にあてが無くてウチに来られたんですよね」



「…………は…い」



「お入り下さい」



 女は慣れた様子で玄関へと入り、僕が応接間へ先に行くと家へと上がり履き物をそっと揃えた。



「ボランティアの人は少ないのですか?」



「…………」



 女は答えなかったがどうやら少ないらしい。



 ふぅ



 僕は息をつきネクタイをゆるりと外しワイシャツのボタンを2つ開けたあと合成皮のソファーにゆっくりと腰を下ろした。



「もう灯りを消しても大丈夫ですよ」



「…………はい」



 女の指先が照明の電源をパチンと撫でる。



「失礼します……」



 女は待ちきれないと言った様子でソファーに座る僕の背中に回り込む、あかく光る瞳が静かな暗い部屋の中に光のラインをいた。



 つっ



 僕はソファーのひじ掛けを強く掴んだ、痛みは無い、ただ女が僕の首筋にその2本の牙をゆっくりゆっくり突き立てただけだった。



「まだ、足りませんか?」



 僕は出来るだけ首筋をかたむけ力を抜いてそれが終わるのを待った。



「………、…………、……………」



 女は何日も食事を取っていなかったのだろう、僕の血をしこたま吸って僕はそれに身を委ねた。



「……ありがとう……ございます」



「いえ、気になさらず」



 女は一滴の血の跡もその口元に遺さずほほを赤く染め恍惚こうこつの表情でそう言った、僕の首筋に出来た2つの赤い穴は既にふさがり始めている、その女の唾液には麻酔と治癒の効果が有り人を殺す事など無いのだ。



「人見知り、直された方が良いですよ」



 女は最近よくウチに来る、血を貰える相手が酷く減ったらしいのだ。



「でも……」



「噂何て気にされない方が」



「…………」



「困ったらまた来て下さい」



 僕が玄関の扉にもたれ掛かりそう言うと女は深々と頭を下げ夜の闇へと帰って行った、心なしか足取りが軽いのが救いだ。



「彼女、大丈夫だろうか?」



 僕はイヤな噂を聞く様になっていた、彼女達がウイルスを媒介していると言うのだ。



血吸ちすおには何時も悪者にされるな」



 僕は暗闇の中にポツポツと街灯の点く人間の世界を見つめ、それを避ける様に歩いて帰った彼女の行く末を案じた。



 首筋の傷は既に消えている。

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