床下の犬

 私は犬を飼っている、その犬は私が子供の頃に近所の家から引き取った仔犬で我が家の裏庭で飼っていた、私はその柴犬を気に入り父と一緒に犬小屋を作って迎えたほどだった、今ならば犬は家族の様に屋内で飼うのだろうがが当時は犬は番犬として外で飼うのが普通だったから私は立派な犬小屋が出来たと誇らしげにそれをその柴犬に見せてやった。



「モコ立派な家だろう」



 私は良く[モコ]と名付けたその犬に話しかけモコも私が話すと「ワン!」と吠えてくれた。



「モコ、散歩に行くぞ」



 私はリードを手にモコを散歩に誘う、そしてモコは縁側の下から顔を出す、結果を言うならばモコは私が作った犬小屋を気に入らなかったようだ、裏庭には柵がありモコは自由に庭を駆けていたが川沿いの我が家は道から少し裏庭が沈み込み意外な程高さのある縁側の下はモコのお気に入りの場所となり夜になると私が眠る更に奥の床下までと入り込み私の布団の下で寝ている様子だった。



「ほらモコ、早く早く!」



 何時も自由に過ごすモコはリードを嫌がったが、私が呼ぶと跳び付き大喜びするものだからその隙にカチャリとリードをはめてやるのが日課となって大抵は私が散歩に連れ出すのだった。



「今でもよおく思い出すな……」



 私は縁側にあぐらをかき、モコがガンガンとリードを引き私を田んぼ道や神社、電柱やタイヤなどで大人達が村の子の為作ってくれた遊具のある公園を散歩した記憶を思い出した。



「妻が逝ってどれくらいだろう?」



 私は縁側の下にモコの気配を感じながら夏でもひんやりとする板張りにそっと右手を付け、妻といた時は照れもあって付けていなかった薬指の指輪を親指でそっと撫でた。



「モコ、モコはもう少し私と居てくれよ」



 モコが縁側の下で円をえがいて回っているのが解る……私はしばしモコの鳴き声を聞いていない。



「もう夕方か、夕飯は何にするかな?」



 最近食の細くなった私は冷奴でもして、葱と鰹節でもかけるかと考える。



「モコはドッグフードだよな」



 昔は犬も人と同じもん食っとたのにコレは旨いのだろうかと何時も思うが、ステンレスの皿がキレイに磨かれてるのを見ては「お犬様にはコレが良いのかね」と老犬が食べ過ぎん様にと量を調整した柔らかいドッグフードをそっと縁側の下へと潜り込ませる。



「ふう……この年になると風呂に入るのも疲れるな」



 私は飯のあと風呂に入りタオルを首から下げて1人で使うには広すぎるローテーブルと定位置にあるイグサの敷物にドタンと腰を下ろした、そして何時もの様にカコンと缶ビールを開けひとくち飲む、部屋のLEDの灯りは白く明るい色で食卓を照らすがその灯りの下に居るとひどく孤独になったじゃあないかと思えてしまう。



「分かっとるよ飲みすぎはしない、しないさ……」



 畳の下にモコの気配がする。



「明日は電気屋に行くか……」



 私は明日良く晴れたら暖色系の色に照明を代えようと思った。



「じゃあ、今日も1日終わったなモコ、私は寝るよ」



 私はモコが床下からついてくる足音を後頭部に感じながら、今となってはなかなか上げる事もなくなった畳の上の布団へと体を滑り込ませた、床下からはモコが体をブルルっと震わせ一回りし遠い昔に物干しからくすねていった私の毛布の上に丸まったと確認した。



「おやすみモコ」



 モコは我が家の床下にきょを構え、そこを縦横無尽に徘徊する柴犬である、子供の頃に引き取ったその犬は 60年私のそばに居てくれている。



「最近モコの顔を見んな?何時から見んようになったかな……」

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