第13話 前門の鋼、後門の翁
「な、な、何だよこいつら!?」
地中から湧きあがるようにして現れたものに対し、ヘルマは困惑の声を漏らす。
「防衛用のゴーレムってとこか……」
周囲を見回しながらその問いに答えるがヘルマはよくわかっていないようだった。
しまった、という後悔の念が押し寄せる。
先ほどの警告音のようなものと共に現れた鋼の兵士、十中八九今俺が扉を開けたことにより何かしらの防衛機能が起動したと考えるのが普通だろう。
城壁の扉を苦も無く抜け、ここまですんなりと来ることができてしまったことで感覚が麻痺していたが、ここは王城であり、まさに王都の中枢。
そんなところに侵入者を探知する機能やそれを排除する防衛が何もないわけがない。
周囲のものには迂闊に手を触れない。
それはどこにどんな罠が仕掛けられているかもわからない迷宮などのダンジョン探索では基本中の基本である。
こんなことも忘れ無警戒にも扉を開けようとした先ほどの自分を呪いたくなる。
しかし、それは今すべきことではない。
この状況になってしまったとは言え、後悔に足を止めてはいられない。
何より今はヘルマと共にここを抜け出すことを考えなければ。
「ちっ……」
扉の前に立つ俺たちをぐるりと囲む鋼の兵士を見る。
よく手入れをされた食器のように、月明かりを反射する鎧を身に纏った兵士たち。
複製をされたように、揃った数十体全員が同じような姿で立ち、同じような鋼の剣を腰に差している。
人間と同じほどの大きさでずらりと並ぶ姿はまさに軍隊そのものであり見る者に威圧を与える。
『――――――』
今は俺たちと一定の距離を保ったまま動かずにいるがそれは別に動けないのではなく、こちらが動かないから反応しないだけであろう。
恐らく少しでも逃げたり攻撃をしようとすれば即座に反応をしてくるはずだ。
「まいったなぁ……」
こんな状況でありながらつい愚痴るように声が漏れてしまう。
思えばこんな奴とこうして向き合うのは今日2回目である。
先ほどは1体の巨大な岩の巨人であり、今度は人間サイズであるが複数の兵士たち。
一度はどうにか突破することが出来たが今回も同じように行く保証はない。
立て続けに降り注ぐ窮地に嫌でも悲観的になってしまう。
「な、なぁ……」
ちらり、と横を見るとヘルマが俺を見ていた。
その目にはこの状況への恐怖や不安というよりも、こんな状況に俺を巻き込んでしまったことに対する罪悪感のようなものが込められているように感じた。
思えばこの少女に出会って数刻、流れされるようにしてここまで辿り着き、そして今この状況である。
幼さ特有の無鉄砲さも感じさせるが、時折聡明さも伺わせる少女。
恐らく彼女なりに俺に対する罪の意識があるのだと、その目から感じることが出来た。
「まぁ、何とかなるだろ?」
だから――というのは理由にはなっていないが、俺はその目に微笑みを返す。
それが強がりであるということはきっとヘルマにも見透かされているだろうが、それでもそうしたいのが俺なりの意地だった。
「俺はこう見えて元勇者なんだぜ?」
そうして僅かに腰を落として構える。
とは言え剣も何も置いてきてしまった状態である。
何とか素手で戦って隙でも見つけるか、それとも思い切って背後――今開け放たれた扉の中へと逃げ込むか、と肩越しに視線を向けると、
「何者だ?」
いつの間にか背後に広がる空間は背後に広がる空間は明りに照らされていた。
まさに城の入り口といったような開放感のある巨大な空間。
見るからに高価なものとわかる調度品で装飾された豪奢な広間の中央、上へと続くその階段の中央に一人の男が立っていた。
「賊か? しかしたった2人とはなぁ」
周囲のゴーレムたちにも気を配りながらその男を観察する。
ゆったりとした黒衣のローブに身を包み長く伸ばされた白い顎髭を摩りながら一歩こちらに近づいてくる男。
その手には男の背丈ほどの長い棒が握られている。
それは棒というよりも杖なのか、先端には赤く光る宝石のようなものがはめ込まれ、煌々と輝きを放っている。
「防衛魔法が起動したから来てみたがつまらんなぁ」
髭を撫でながら向こうもまたこちらを観察するようにじろりと見つめてくる。
男からすれば俺たちは予想外の侵入者であるはずだが、その声には恐怖心や困惑などはなく、本当に言葉の通りただ見に来ただけ、という淡々としたものだった。
当然そこには今ゴーレムに囲まれている俺たちを助けに来ました、などという優しさなど期待することもできそうにない。
「ええっと、この城の人でしょうか?」
「ふむ」
しかし一応はそう聞いてみる。
ひょっとすれば何か話くらいは聞いてもらえるかもという淡い期待を込めた言葉に男は髭を撫でながら短く返すとさらに一歩こちらに近づく。
ゴーレムはじっと俺たちと距離を保ったまま動かない。
「うぅ……」
男とゴーレムの群れに前後を挟まれヘルマはすっ、と俺に体を寄せてくる。
「儂の顔も知らんとはずいぶんと情報収集が
そして実につまらなそうにそう言うと男はもう一歩近づいてくる。
見た目は老齢であり飛び掛かれば倒せそうにも見るが、しかしどうしてか歴戦の戦士を前にしているかのように体が動かない。
「この程度手柄にもなりはしないが国王の機嫌取りの足しにでもするか」
そうして男は手に持つ杖のその先端――赤く光る宝石を俺たちへと向ける。
「まぁそもそも侵入してきたのはそちらの方だ。裁判にでもかけられた時にはこう言ってくれ。『魔法局魔法開発室室長オルディン・アブルスラームに捕えられました』とな」
否、正確にはその奥に並ぶ鋼の兵士たちへと向けられていた。
「
そして短くそう告げる。
『――――――!』
それが何かの合図となったのか、今まで彫像の如く身動き一つとらなかったゴーレムたちが一斉に剣を抜いた。
ゴーレムとは往々にして鈍重なものであるが、その動きは実に滑らかなものであり、実に高度な魔法で制御されているのだな、と呑気にそんなことを考えてしまう。
「わわっ!」
剣を構えた兵士が並びヘルマがぎゅっと俺にしがみついてくる。
俺はそれを受け止めながら、
「しかし、どうしたもんかなぁ……」
再びそう愚痴を漏らしてしまう。
『―――!!』
そして、それに応えるかのようにして、軍団の先頭に立っていたゴーレムが一体、俺たちへと飛び掛かってきた。
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