第12話 城壁の向こう側

「とりあえず振り切れたか?」


 はぁはぁと荒くなる息を抑えながら周囲を観察するが、先ほどの女の姿はないようだ。


「なんだったんだよあいつ」


 隣ではヘルマもまた息を切らせて地面にしゃがみ込んでいる。


 なりふり構わずに入り込んだ城壁の向こう側、そこにもまた城を囲むようにいくつかの建物が散在していた。


 闇夜に紛れるようにして俺たちはひとまずその建物の一つの陰に息を潜めていた。


 あの女、アルーナが追ってきているかもしれず、あるいは侵入者がいることをアルーナが連絡すれば警備隊などがやってくるかもしれないという状況の中、あまり悠長に一か所に留まってはいられない。


 しかしそれでも今は息を整えることと、もう一つ――先ほど輝いた俺の左手のことが気になり立ち止まってしまった。


「一体何だったんだ……?」


 俺は今更になって己の手を見てみる。


 閉ざされた門を前に輝いた左手。

 あの時、光に呼応するように扉が開いたようにも見えた。


 しかし今は既にその光も消え、何の変哲もない掌があるだけだ。


「あれもかしらの力なのか?」


 そんな俺をヘルマが見上げる。


 相変わらずの呼び方を注意してやろうかとも思ったが今はそちらには気が回らず、その問いにだけ首を振って返す。


「いや、そんなことはないんだが……」


 言いながら言葉に詰まってしまう。


 何しろ俺は剣も魔法も使えない元勇者である。


 色々と事情があり、強大な力を手にした――と思っている――わけだが、あの現象もまた俺の力によるものなのだろうか。


 自分自身のことでありながらまだ把握できていないことの方が多くありそうな気がする。


「なぁ早く行こうぜ?」


 ぼうっと掌を見つめ続ける俺にしびれを切らせたようにヘルマが声をかけてくる。


 それはここを少しでも早く離れたほうがいいという提案と、彼女自身が早く目的を達成したいという思いから来ているように感じられた。


「行くって言ったってなぁ」


 その声に俺も視線を掌から聳え立つ“それ”に向ける。


 城壁の外からでも見えるほど高く、その外見からも見るものを畏怖させる建造物。


 あれこそがヴァイラン王国の中心、王城であり、すなわち今俺たちが目指すべき場所である。


「どうすりゃいいんだ?」


 たまらずそうぼやいてしまう。


 てっきり城壁の中に入れたので第一関門は突破したのかと思っていたが眼前に建つそれは見た目からもその堅牢さが伺え、やすやすと中に入れるとは思えない。


「……とにかく行ってみようぜ」


 城を眼前に尻込みをしてしまう俺とは対照的にヘルマは立ち上がるとそう促してくる。


 既に先ほどの疲労はなくなったのか、今や気持ちは城の中へと向いているようだった。


「……まぁ、仕方ないか」


 はぁ、と小さくため息を漏らしながら、しかし内心では俺もその意見には賛成であった。


 現在、俺たちはまさに盗賊稼業の真っ最中であり、非常に危険な状態である。

 本来ならば少しでも早くこの城から抜け出したいところなのだが、しかしかといって先ほど通ってきた門へ戻って帰ればアルーナと鉢合わせる可能性がある。

 あるいは警備兵が待ち構えているなどということも考えれられ安全とは言えない。


 となればどこか別の場所に出口を探すことが必要であり、いずれにしてもここから動かなければ始まらないのだ。


 我ながら何とも大胆不敵な考えであるが今はこうすることが最善であると考えていた。


「よしっ」


 建物の影に隠れるようにしながら進むヘルマの後に続いていると本当に盗賊そのものであるような気がしてしまうが、当のヘルマ自身はそんなことは気にしていないのかささっと素早い動きで進み続ける。


 俺としてはどこか別の出口を見つけたいところだったのだがヘルマの目的はあくまで城の中のようであり、その足は一直線に城に向かっている。


 周囲を照らす灯りの火はついてはいるものの暗闇に聳え立つ城は近づくにつれ、どこか不気味な威圧感を醸し出してくる。


「……」


 そうして気が付けば俺たち2人は城の前に立っていた。


 ここまで建物の陰に隠れながらの進行ではあったが人影一つ見ることなくここまで辿り着くことが出来た。


 城の周辺とは夜になるとこんなにも静かなものなのだろうか。


 これまでこんなところに来たことなどないため想像でしかなかったが、もう少し警備の人間などが見回りなどをしていてもいるものだと思っていたのでいささか拍子抜けしてしまう。


「うー」


 そうして城を見上げヘルマは唸る。


 城の正面、と思わしき場所まで進むことが出来たのだが、またしてもそこには扉があり、それは堅く閉ざされていた。


「また開かないのか?」


 期待を込めた眼で俺を見てくるヘルマにしかし俺はわざと視線を合わせない。


 正直なところ、扉の前に立った際、再び先ほどのように開くのではと俺自身も思っていたのだが今回はそうはならなかった。


「なぁーさっきみたいに開けられないのかー?」


 しかし納得できないのかヘルマはさらにそう問いかけてくる。


「あのなぁ、俺は勇者なんだぞ」


 その視線が段々と耐え切れず、俺は一歩扉に近づきながらそうぼやく。


「こんな扉が開けられるんだったら最初から盗賊かなんかになってるっての」


 ぼやきながら閉ざされた扉に手を触れる。


 無論開いているとは思っていないが万が一にでも、という淡い期待を込めての行為であった。


「ここから入るよりも別の場所を探した方が――」


 いいんじゃないか、と言いかけたその瞬間――


 ガコンッ


 という鈍い音と共に、指先で触れていたはずの感触がなくなる。


「あれ?」


 素っ頓狂な声が漏れるが、それは今まさに触れていた扉がゆっくりと奥へと開き出したためだった。


「おおー!」


 俺の混乱を他所に背後から歓喜の声を上げるヘルマ。


 扉がゆっくりと開いていく。

 まさかこのままは入れてしまうのでは、と少し興奮をしたその時、


    キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ


 耳をつんざくような甲高い音。

 そしてそれに合わせるように周囲の地面が淡く光りだす。


「な、な、何だぁ!?」


 耳を塞ぎながら周囲を見回すヘルマ。


 扉の前に立つ俺たちを取り囲むようにして光りだす地面にはうっすらと何か文字のようなものが刻まれていた。


 それが何かの魔方陣だと理解する前に、


『ォォォォォ』


 地面から突如、手が飛び出した。


 水中から這い出るようにして、ゆっくりと手から腕、上半身が地中から現れる。


 姿を現したものは鎧を着こんだような人形ひとがた

 “それ”が1体、また1体と光る地面の中から続々と出現してくる。


「防衛魔法か……!?」


 状況を理解し慌てるが既に遅く、瞬く間に俺たち2人は数十体の鋼の兵士に取り囲まれてしまった。

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