第11話 アルーナ・ゴルドシルド
「何をしているのですか?」
月夜に輝く金の髪をした女が草陰に隠れる俺たち2人をじっと睨んでいた。
ローブのような、質素な衣服を身にまとった女はこの辺りの住人なのだろうか。
「あっ……」
直ぐにでも何かごまかせばよかったのだろうが咄嗟のことに言葉が出てこない。
そして一度沈黙をしてしまうと何か言ったところでごまかしているような気がして言葉が出てこない。
「ふむ」
そんな俺たちを見て女は何かを納得したように小さく頷くと
「
ふっ、と下ろしていた右手を軽く上げるような動作と共にそう呟いた。
「っ!」
瞬間――理解よりも先に足が地面を蹴っていた。
しゃがみ込んだ姿勢のまま後方に跳ねるように飛ぶ。
――――――ッ
草の中に背中から飛び込みながら、“それ”を捉える。
今まさに飛び退く直前まで自身がいた地面に引かれていた一筋の線。
地面を木の枝でなぞったような真っすぐな線、それは先ほど女が振り上げた手のその延長線上に引かれたものだった。
しかし、それがただ地面の表面に引かれたものではなく、もう少し深く地中まで刻まれているものであることは薄い月の光の下でも見ることが出来た。
大地を刻み込むほどの力、飛び退くことが少し遅れそれを体に受けていたらどうなっていたかは想像に難くない。
「おや、素早い反応ですね」
目標が飛び退き、自身の攻撃が外れたことに女は少し感心したように声を漏らす。
その言葉からは今の行為が偶然などではなく、意図的に俺を傷つけるためのものであったことがわかる。
「な、何すんだよ!」
少し遅れ、状況を把握したヘルマが声を上げる。
しかしそんなヘルマを女はちらりと横目で見るだけである。
「不審でしたので攻撃をしました。しかし私の切断魔法を避けるとは中々素早いですね」
悪びれるでもなく、ごまかすでもなく、女は淡々とそう事実を述べた。
切断魔法――というのは聞いたことがない系統の魔法であったがその名の通り地面には真っすぐに線が刻まれていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、そんないきなり」
突然の行為にヘルマは怒りの感情を露わにするが、俺は努めて冷静に対処をしようと心がけた。
一体この女が何者なのかはしらないが、何もいきなり攻撃をされる理由はない。
冷静に話を聞いてもらえれば、と思っての発言であったのだが、
「いきなりではありません。2回、ここで何をしているか尋ねましたが反応がありませんでしたので」
少し焦り気味な俺に対し女はあくまでも淡々とした態度を崩さない。
「そして何よりこんな夜にそんなところに隠れている貴方たちは不審です。服も黒いですし」
そんな理由で襲ってきたのか、と俺も抗議を唱えようとしたがしかし少し冷静に考えるとどうも全て事実な気がして否定ができなかった。
「あ、怪しくなんかないよ!」
しかしヘルマは強く否定をする。
反って怪しさが増したような気がするがこうなっては俺も黙ってはいられなかった。
「そう、俺たちは別にちょっとここで休んでいただけで何かをしてたってわけじゃないんんだ」
「だいだいあんたは誰なんだよ! こんなところで何かやってんのはあんたも同じだろ!」
二人から怒りと困惑の混じった言葉を浴びながらそれでも女は表情一つ崩さない。
「ふむ、本来であれば貴方たちのような不審者たちには名乗る必要もありませんが、疑われるのは好みません」
すると女はどこかの令嬢のような優雅さをも感じさせる動作でさっ、と一度軽く服の裾を正すとじっと俺たちを見つめたまま
「私は国王直属隊魔法局魔法開発室所属アルーナ・ゴルドシルド。夜風に当たろうとしていたところ貴方たちを発見したのですが一体何をしていたのですか?」
女――アルーナは堂々とした態度でそう名乗りを上げる。
「国王直属隊……?」
その言葉にヘルマは意味が今一つ理解できていない、という反応でぽかんと口を開ける。
それは俺も似たようなものであったが、しかし一つ確かなことはあった。
“このままではまずい”
このアルーナという女の正体はまだ不明であり、その肩書きも真偽も謎ではあるが、しかし本当に今名乗ったような立場の人間であるのならば、それはこの国の中枢に近い場所に所属している、という意味ではないのだろうか。
となれば俺たち2人がこんなところで国王が持っているというものを奪おう、などと計画をしていると知られればどんな事態になるかもわからない。
いずれにしても今は少しでも早くこの場を離れることが先決であり俺はヘルマに逃げよう、と視線で合図を送った。
その瞬間、
すっ、とアルーナがその指をまっすぐにヘルマに向けるのを視界の端でとらえた。
「
そして先ほどと同じようにその口が何かを呟くように動く。
「っ!」
それが一体何なのかはわからないが、何をしようとしているのかは理解できた。
そしてその言葉が声になるよりも
「!?」
全体重を乗せただけの単純な突撃だったが咄嗟のことにアルーナは避けることはできなかったのか、そのまま俺とぶつかると体勢を崩し地面に倒れこむ。
「走るぞ!」
そしてその勢いのまま俺はヘルマの手を取ると草陰から飛び出し前方へと走り出す。
「っ! 待ちなさい!!」
後方から聞こえてくる声も無視し前へ、先ほどまでこっそりと覗いていた王城へと向かって走り出す。
それは咄嗟の判断であり――直ぐに誤りであったと気が付く。
眼前に迫る王城。
その周囲はぐるり聳える高い壁に覆われている。
唯一の道は目の間の正門であるが、それも今は堅く閉ざされ侵入者を拒んでいる。
進むも戻るもできない状況だが今更足を止めることはできない。
こうなってはこのまま壁でも登ってやろうか、と半ば覚悟を決めかけたその時に、
「っ!?」
ヘルマを掴む手と反対の左の手が突如煌々と輝きだした。
否、手ではなく、その手の中に握られた何かが光りだしたのだ。
しかし俺は何も持っていなかったはずであり、一体何が――と走りながら視線を向けようとした瞬間
「んなっ!?」
背後から悲鳴のような驚愕の声。
それは逃亡する俺たちに向けられたものではなく――
――ゆっくりと開き始めた王城の入り口に対して向けられた声であった。
まるで出迎えをするかのように、俺たちが近づくたびその扉が少しずつ開き始めていく。
「なんで!?」
驚きの声を上げるヘルマ。
俺もまた目の前で起きていることが理解できないが、いずれにしても今は開かれたその道へと進むしかなく、ヘルマの手を握ったままその扉の中へと飛び込む。
「ま、待ちなさい!」
遥か後方で俺たちを呼び止める声が止まりはしない。
こうして俺たち2人は予想外に早く王国への侵入を果たしてしまったのだ。
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