第14話 覚悟

 全身を鋼の鎧で覆っているにも関わらずその重量を感じさせない速度を以ってゴーレムが一体俺たち2人へと襲い掛かる。


「っ!!」


 傍らに立つヘルマを抱きかかえながら身を翻すようにして、何とか振り下ろされた剣を避ける。


 ゴウンッ!!


 という鈍い音と共に今俺たちが立っていた石の足場にその剣が沈み込む。


『―――――』


 空を斬った己の刃から視線を移しこちらに向き直ると再び剣を構えるゴーレム。


 そこには攻撃が外れた驚きやそれを避けたことへの称賛などと言った感情は当然なく、ただ目標がまだ生きているとだけ確かめているだけである。


「ふむ」


 その一合を扉の向こうで男――オルディンと名乗っていた――が眺めている。


 そこにもまた戦うものたちの雄姿を目に焼き付けようだの、勝負の行方に気が気でない、などという感情はなく、ただ『どういう結末になるのかだけを知りたい』といった風である。


「くそっ」


 オルディンの態度か、今の自分の状況か、あるいはその両方かについ悪態をついてしまう。


 しかし目の前の鋼の兵士はそんなことなど関係がないかのように剣を水平に構えなおすと再び地を蹴り突撃してくる。


 先ほどと同じく鋼の重量と相反するような速さで横薙ぎに刃が迫る。


「っ!」


 ヘルマはぎゅっと目を瞑る。

 それは恐怖か、あるいはこれから訪れることへの覚悟か。


 小さな体を更に小さくしながらしかし、それでもなおヘルマは俺を掴んだまま離さない。


 その感覚が、俺にもまた覚悟をさせる。


 それは生き残る覚悟――ではない。

 戦う覚悟――でもない。


 石の地面を易々と砕いた膂力を以って真横から俺たちの体を断たんとする刃。


 大きさこそ違えど、それは奇しくもつい先刻、あの洞窟であの巨人と相対した時と同じような光景だった。


 触れればこの命を終わらせる刃。

 それをあの時俺は。


 この手で――


「奪ってやる!」


 月の明かりを照らす鋼の刃を避けるのでもなく、受けるのでもなく、掴むようにして手を伸ばす。


 覚悟を決める。


 それは俺がーーメルク・ウインドが奪うものとして生きるという覚悟である!


 ――――――


「……?」


 音もなく、衝撃もなく、静かな時間が流れヘルマが恐る恐ると目を開ける。


 すぐそこまで迫っていたはずの脅威がいつまでも自身の身体を襲わないことに困惑と不安を織り交ぜたような瞳で俺を見ている。


「ほう?」


 オルディンもまた扉の向こうから僅かに驚きの声を漏らす。


 必殺であったはずの剣は体を切り裂くこともなく、しかし砕けたわけでもなく、ただ俺の手に握られていた。


「あ、れ?」


 少し遅れヘルマもその事態に気が付いたのかその視線が俺の手へと移る。


「ふぅ」


 そして俺もまた己の手に握られた鋼の重みに小さく息を吐く。


 確信があったわけではない。


 洞窟の巨人に対しては偶然に、ギルドでのヘルマに対しては確かめるようにしてここまで2回この力を使ってきた。


 しかしこの力が本当に使えるという保証はなく、そしてそれが使えなければこの命はなくなっていた。


 それでも尚、俺の中で目覚めたスキル【怒涛の簒奪者】は三度その力を振るい、眼前に迫った脅威を“奪う”ことに成功した。

 今はそのことに思わず安堵の声が出てしまう。


「剣の腕……ではないな。変わったスキルよ。しかしなるほど手癖の悪さはいかにも賊らしい」


 一部始終はその目にどう映ったのか、今の現象に対しオルディンはその髭を摩りながら侮蔑とも称賛ともとれるような淡々とした口調でそう感想を口にした。


『―――――』


 剣を奪われた兵士は暴れて取り返そうとするわけでもなく、ただ立ってこちらを見ている。


 周囲には今だ数多の兵士が並び剣を構えている。

 その数は甚大であるがしかしこの力が使えるとわかった今先ほどまでの絶望的な戦力差ではないと感じる。


 そうして俺が一転して反撃を始めようとしたその時、


「ふむ、接近戦では武器が奪われるか」


 オルディンは文字通り軍団を指揮する指導者のような振る舞いでその杖の先端を再びすっ、と兵士たちへと向け


Switch転換,Shoot飛ぶ鳥を落とせ


 短くそう呟いた。


『――――――ッ』


 それは先ほどと同じような何かの起動の指示だったのか、兵士たちは一斉に動き出したかと思うと今度はその構えていた剣を腰へとしまい直した。


「……?」


 攻撃を止める――とは思えない。

 一体何のつもりかと俺が身構えていると


 ガシャン!


 という鈍い音と共に兵士たちの左手が外れ、地面へと落ちた。

 当然その中には人間が入っているわけでもなく、鎧の中は空洞となっており、外れた左手の先には何もない。


 何の目的があった指示なのか、と俺が今だ理解できていないでいると列に並んでいた兵士の一体がすっ、とその腕を俺へと向けた。


『――――――』


 こちらに向けられる空洞。

 月明かりでは薄暗いが目を凝らせばその中が見えそうである。

 

 何も言うこともなく、ただ腕を水平に上げただけのように見える行為にいよいよもって何のつもりなのかと俺が僅かに緊張を解いたその瞬間、


 ぞわっ、とした怖気が背筋を駆け抜けた。


「っ!!」


 反射というよりも本能に近い速度での反応で今しがた奪った鋼の剣を目の前に翳す。


 キィイインッ!!


 それとほぼ同じタイミングで甲高い衝突音と共に衝撃が腕に走る。


「ぐぅ……」


 思わずのけ反ってしまいそうになるほどの威力で“何か”がこちらに飛んできた。


かしら!?」


 衝撃が伝わったのか、抱きかかえられたヘルマが声を上げる。

 体勢を崩しながらも離さないように腕に少し力を込める。


「今度はなんだよ……?」


 顔の前に上げていた剣を恐る恐る少し横にずらす。


 そこには変わらず鋼のゴーレムが空洞の腕をこちらに向けながら立っていた。


 真っ黒で空っぽの空間。


 何も見えないように見えるその空間が一瞬ちらり、と光ったと思った瞬間、


 光が俺目掛けて飛んできた。

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