第9話 その依頼は

「ええっと、それはちょっと……」


「えぇー」


 不満げに抗議する少女を女性が困り顔でなだめている。


 申し訳ない、と心で思いながら俺はそのやり取りをただ眺めている。


「何で私がクエスト依頼しちゃダメなんだよー」


「ですので依頼にも審査がありまして……」


「えぇー」


 先ほどから既に何度か繰り返された同じ問答。


 ぷーぷーと文句を言っている少女を困った風でありながらも笑顔を忘れずに対応する受付の女性。

 あれもある意味では職人と言えるだろう、と他人事のようにぼんやりとそう考えてしまう。


『私がクエストを依頼する』


 意気揚々とそう提案をしたヘルマに現実を知ってもらうため、俺は彼女を受付へと連れてきた


 ギルドに依頼をしたければここで出してくれ、と教えるとすぐさま依頼を出そうとしたが一蹴に付されこうして抗議をしている。


 しかし残念ながらそれも致し方ない。

 ギルドは様々な人から依頼を受け付け、俺たちはそれに挑戦をしているわけであるが、当然それも無制限というわけではない。


 ギルドに加入することに審査がいるように依頼をするにも諸々手続きがいるのだ。

 誰も彼もがやたらと依頼をするようなことを避けるためである。


「諦めろって」


 断られれば大人しく引くかとも思ったのだが食い下がっているヘルマに声をかける。

 あまりしつこくしていては受付の女性がかわいそうである。


「だってぇー」


「だってじゃない」


 俺の方を振り返りごねるヘルマにピシッと言い切る。

 子供を叱る親にでもなったような気がしてしまう。


「ほら、もういいだろ」


 それでも動こうとしないヘルマの手を掴み受付から離れる。


 うぅー、と唸る声も無視をしてずるずると引っ張りながら外まで出た。

 そうでなくても少し周りの注意を引いていたのでこれ以上ギルドの中で騒がれたくはなかった。


「何でダメなんだよー」


「そりゃ色々あるんだよ」


「何だよそれ!」


 外に出ると既に日が落ち辺りは暗くなっていた。


 ぼんやりと窓から漏れる光の下、今度は俺に抗議をしてくるヘルマ。

 どうやって落ち着かせたものか。


「なぁ、一体何をしようとしてるんだ?」


 色々と考えてはみたがやはりそれを聞かなければ話は始まらない。

 人に突然食い掛ってきたと思えば刃物を向けてきたり、共にクエストに行こうなどと、子供の遊びや何かとはとても思えなかった。


「……」


 しかしその問いにヘルマはいきなり黙り込んでしまう。


「何がしたいかくらいは教えてくれてもいいんじゃないか?」


 しゅん、と視線を落としているヘルマ。

 途端に何だか責めているような後ろめたさが湧いてきてしまい、なるべく優しさを込めてそう尋ねてみる。


「……んだ」


「え?」


「……探したいものがあるんだよ」


 先ほどまでの抗議の声とは一転して消え入りそうなか細い声でヘルマはそう答えた。


 そしてその顔は今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情であった。


「探したいもの?」


 それを見て俺も流石に邪険に扱うこともできず、建物の壁に寄りかかってそう尋ねる。


「どうしても探したいものがあるんだよ、けど私一人じゃできないから、誰かにお願いしたくて」


 でも、とたどたどしく言葉を繋ぐようにしながらそれだけを言うとまたヘルマは黙ってしまう。

 それは悲しみや困惑というよりも、寂しさを持った沈黙であるように感じられた。


 一人きりでどうすることもできずにいるものがする表情のように感じられた。


 それが何となく――本当にただ何となく今の俺自身と被っているように見えてしまった。


 今まであったはずの居場所がなくなり、一人きりになってしまいこれからのこともわからない俺と彼女が被って見えた。

 無論、そんなことは考えすぎなのかもしれない。


「……何なんだよ探したいものって」


 それでも――それが例え俺の思い過ごしであったとしても、今それを見なかったとすることは何故かできなかった。


「え?」


「別に報酬がないから何もしないってわけでもないからな。出来ることがあるなら手伝ってやるよ」


 俺の言葉をヘルマは呆けた顔で聞いている。


 てっきり先ほどまでのように飛び上がるように喜んでくるかと思っていたのだが反応は意外に地味なものだった。


「……本当か?」


「まぁ、話くらいは聞いてやるさ」


 小さな声で確認するように問いかけてくる声に俺は安心させてやるつもりでなるべく余裕な風を装って返す。


「……」


 するとヘルマは壁に寄りかかる俺のその足元にすとん、と膝を抱えて座り込んだ。


「探してもらいたいもの……」


 その顔は影になってよく見えないがそれでもその声は先ほどよりは少し力を取り戻したように聞こえる。


「探してもらいたいもの、大事なもの」


「大事なものって、君の?」


「ううん、うちの大事なもの」


「……それがさっき言ってた秘宝ってやつか?」


 その問いにヘルマはふるふると首を振って否定する。


「見たことない。でも大事なものだって父さんも母さんも言ってた」


「どこで失くしたのかわからないのか?」


 今一つ要領を得ない話であったがヘルマにとって大事なものがないので探したい、ということなのだろう。

 となればまずはそれを失くしたと思われるところから探すのが定石と思っていたのだが、そんな俺の言葉をヘルマは再び首を振って否定する。


「失くしたんじゃなくて、盗られたって言ってた。父さんも母さんも」


「盗られたって……」


 穏やかではない言葉に僅かに緊張が走る。


 それは強盗か何かだろうか、それであれば少し面倒である。


 それが個人の強盗であっても、高価なものは直ぐに質にでも流し金銭と変えているだろう。

 そうなれば盗られた物自体が既に人から人へと渡り、今どこにあるのかもわからないかもしれない。

 

 仮に盗賊団のようなものなら彼らは当然一所には留まってはいないだろうから行方を探すだけでも一苦労である。


 さてどうしたものか、と話を聞いて俺なりの想像を巡らせていると


「大事なもの、国王に盗られたって、父さんが言ってた」


 耳に飛び込んできたその言葉が俺の思考を一瞬にして停止させた。

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