王都の簒奪者編

第8話 ヘルマの提案

「なぁもう少しゆっくり食べたらどうだ?」


 がつがつと掻きこむよう食べ物を口に運ぶヘルマに俺は呆れながらそう声をかけてみる。

 しかし、そんなことは聞こえていないように食事の速度は緩まない。


「やれやれ」


 今は話しかけてもまともな答えは返ってこないような気がしたので仕方なく、所々が薄汚れ年季の入った天井をぼんやりと仰ぎ見る。


 先ほど俺が彼女の持つ刃物を奪ったのは、騒ぎが起きないようにするためと、俺の中に目覚めたという【怒涛の簒奪者】なるスキルを試したかっただけだった。


 結果としてはその2つの目論見は効果があったのだが、1つ予想外なことはそのスキルが随分と彼女の興味を惹いた、ということだった。



   もう一回見せてくれ!



 と騒ぎ出す彼女は結果としてギルド中の注意を引くこととなり、騒ぎの的になりたくない俺はこうして隅のテーブルで食事をすることで何とか静かにしてもらおうと思ったのだ。


 そして結果としてはこの目論見もうまくいったような、いかなかったような。


 テーブルに着くと俺の腹も急に空腹を訴えてきたのせっかくなら何か食べようか、といくつか注文したのだがそのほとんどが今俺の目の前で彼女の口へと消えていく。


「んぐあぐんぐ??」


「……食べてからにしてくれ」


 ぼんやりと天井を見上げている俺にヘルマは何事かを問いかけてくるが言葉になっていなかった。


「んはっ、あんたは食わないのか?」


 水で口の中に詰めたものを流すとヘルマはそう尋ねてきた。

 一応彼女なりに気をつかってはくれていたようだ。


「俺は腹いっぱいなんだ、気にせず食べてくれ」


 それは嘘ではなく、本当に見ているだけで空腹が満たされてきた気がした。


「そうか? じゃあ遠慮しないぞ?」


 僅かに顔を緩ませながらヘルマは次の食事を口に運ぶ。

 それは先ほど人に突然刃物を向けてきた姿とは異なる年相応の明るさを感じさせるものだった。


「けど勇者様はいいよな、いつもこんなもの食べてるのか?」


「別にいつもってわけじゃないけどな、野宿だってある」


 ヘルマの言葉には少し引っかかるものを感じたがあえてそれには触れないでおいた。


「それに俺は勇者ってわけでもないしなぁ」


 そしてうーん、と背筋を伸ばしながら自嘲気味にそう言ってみた。


「鎧着てるのにか?」


 俺をじろじろ見ながらヘルマは首をかしげてきた。


 その言葉の通り、確かに俺は見た目だけは勇者である。

 ギルドに入った時から身に着け、壊れては治し、鍛えてきた鎧は至る場所が傷つき、擦れているがそれこそが勇者の証とも言えるだろう。


 しかし、本当に今の俺に“これ”が必要なのだろうか、とも考えてしまう。


 パーティーからも追い出され、一人きりになってしまった俺だが今から仲間でも募集すればいいのだろうか。


 先ほどちらっと聞こえた噂話では俺のパーティーが解散したことは既に知られているようであり、当然俺のことも知られてはいるのだろう。


 剣の腕もない、スキルもない、そんな奴を好き好んでパーティーに入れてくれる人間がいると思うほうがどうかしている。


「鎧を着てたって勇者とは限らないんだよ」


 自分にも言い聞かせるようにそう言った。


 それはこれまでなるべく考えないようにしてきたつもりのことだったが、しかし口に出してみるとその事実は意外なほどにすんなりと受け入れることが出来た。


 きっと心のどこかでは自分自身が一番そう感じていたのだ。


 いっそのこと鎧など脱いで畑でも耕そうか、と半分本気で思ってしまう。


「じゃあ盗賊か? さっきのはどうやったんだよ?」


 そんな俺の思考をヘルマの問いが断ち切る。


 勇者出なければ盗賊とは随分な違いである。


 だが先ほど見せた技は確かに勇者というにはらしくなく、どちらかと言えば盗賊クラスのそれだろう。


「まぁな、実はそっちの方も自信あるんだぜ?」


 なのでその問いに茶化すようにしてにやりと笑って見せた。


 先ほどから俺の見せた技に関心があるようだったので少しからかってやろうとしたのだが、


「……本当なのか?」


 ぴたりと食事の手を止め、ヘルマはじっと俺を見つめてきた。


 そこには食事を楽しむ少女の明るさはなく、先ほどまでのような何か思いつめたような深刻さを伺うことが出来た。


「ま、まあ多少はだけどな」


 その姿に気圧されてしまいはっきりとは否定できなかった。


 もともと【盗賊スキル】は持っていたのだし、そしてどうもそれは更に変化を遂げたようなのであながち嘘というわけでもない。


「……」


 俺の言葉を噛みしめるようにヘルマは今度は何かを考えているようにじっと黙る。


 そうして少しの時間が流れた後、


「なぁ私とクエストに挑戦してくれないか?」


 そうヘルマは話を切り出してきた。


「はぁ?」


 その提案は全くと言って予想外なものであり、素っ頓狂な声が漏れてしまう。


「なぁ、いいだろ!? 迷惑はかけないから!」


 しかしそんな俺の驚きなどどうでもいいかのように、ヘルマはテーブルに身を乗り出すとそう食い掛ってきた。


 そういえば初めて会った時から俺を勧誘してきたことを思い出したがやはり話が唐突であり理解が追い付かない。


「ま、待てって。クエストに参加って言ったって、君はギルドに加入してないだろ?」


 その勢いに押されながら何とかそれだけ伝えると、


「ダメなのか??」


 ヘルマはそう首をかしげてきた。


「……ギルドにもルールがあるんだ」


 当然、ギルドから発注されるクエストに参加できるのは加入をしているもののみだ。

 そしてギルド加入にはそのものを適性などを測る審査があり、それを受けていなければ始まらない。


 だが、今の反応を見る限りヘルマはそんなことは何も知らないようである。


「えぇーいいじゃないかよぉ」


「ダメだって、いきなり君とクエストに行くなんて無理だ」


「むぅー」


 俺の言葉にヘルマはふくれっ面で椅子に胡坐をかいて座る。


 見るからに不機嫌な様子であるが、事実であり納得してもらうしかないのだ。


「じゃあさ!」


 しかし悩んでいたのも一瞬、ヘルマはパッ、と顔を明るくすると再び椅子から立ち上がった。

 真剣な顔をしたり笑顔になったりと表情の変化の激しい少女である。


「私がクエストを依頼するからあんた受けてくれよ! な、これならいいだろ?」


 そうしてそんな少女は実に名案、と言わんばかりにビシッ、と人差し指を立てて今度はそう提案をしてきた。


「依頼って、畑を荒らす野獣退治とかなら他をあたったほうがいいぞ?」


 どう考えても嫌な予感しかせず少し身を引きながらそう言ってみた俺にヘルマは首を振って応える。


「そんなんじゃないよ、そうだなぁクエスト名はずばり『取り戻せ!奪われた秘宝!』なんてどうだ?」


 にっこりと笑うその顔はやはり年相応の幼さのあるものだった。


 その純粋無垢な笑顔がますます俺の嫌な予感を大きくしているのだが、そんなこともヘルマにとっては関係のないことのようだった。

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