第7話 少女 ヘルマ・メイギス
「……」
誇らしげな様子の少女――ヘルマ――を俺はじっと見つめる。
その見た目はまだ幼く年齢は十代くらいだろうか、明らかに子供である。
一見するとこの場所には似つかわしくないようにも見えるが、しかし実のところギルドでは決して珍しい存在ではない。
冒険者ギルドには年齢による制限はなく、才気に溢れ幼い頃からギルドに加入し仲間と共に冒険をしているものは少なくはないのだ。
時折身の丈よりも大きな杖や武器を手に歩いている子供を見かけては驚きつつ、実力からすれば俺なんかよりもはるかに上だと思っては情けない思いをしてしまう。
なので幼い、ということそれ自体には違和感はないのだが、このヘルマという少女はそれらの人々とは違うような気がした。
「?」
俺が何も言わないものだからか、少女は少し不思議そうな表情を浮かべる。
俺はそんな少女の姿を改めてよく見る。
身に着けている衣服は布を縫い合わせただけ簡単なものであり、勇者の鎧とはもちろん異なり、軽装とは言え魔法使いが着ているローブとも違う。
その黒く長い髪は所々がはねており、あまり手入れがされている風でもない。
そして今日までこのギルドで彼女の姿を見かけた記憶はなく、仲間になるといってはいるものの普段から冒険者ギルドで活動をしているような人間には見えなかった。
近所の村娘か何か、というのが正直な印象だった。
「な、なんだよ」
俺が黙ってじっと見つめ続けていたせいか、少女は少し不安げにたじろいでそう言った。
別に睨んでいたわけではないが怖がらせてしまったのだろうか。
「あー、ごめん何でもないよ」
なので、俺ははは、とわざとらしく笑いながら手をひらひら振ってみせる。
「えっと仲間になってくれるんだっけ? うん、ありがとう、また今度お願いするよ」
あまり子供の相手をしたことはないのだが、なるべく優しさを持ってそう言ってみた。
きっと子供たちの間で流行っている遊びか何かなのだろう。
冒険者ごっこ、といったところか。
本来であれば付き合ってあげたいところではあるのだが、しかし今襲ってくる疲労が耐えがたくその余裕がない。
申し訳ないが今日は帰ろうと、そそくさと少女の横を通り過ぎて帰ろうとしたそのところを
「ま、待てって!」
少女は慌てた様に俺を呼び止めた。
どうも解放してくれるつもりはないらしい。
まいったな、と視線を向けると
「ん?」
俺を見つめ返す少女のその小さな手に何か光るものが握られていることに気が付いた。
真っすぐに俺に向けられた“それ”が小さな刃物であることは直ぐにわかった。
それは果物か何かを切る程度の小さなものだったが人を傷つけるには十分だろう。
「っ……」
少女は少し緊張したようにそれを俺に向けたままである。
しかし俺をじっと見つめるその目には敵意のようなものはない。
どちらかと言えば、それは何かを思いつめたものがする目のようにも見えた。
「何のつもりか知らんけどな」
確かにここは冒険者のギルドであり、俺も含めここにいる人々も皆武器を持っている。
しかしそれはクエストで敵に向けられるべきものであり、決してこの場で使われるべきものではないのだ。
血気盛んな者も多くいる場所ではあるがそれでもギルド内での乱暴事はご法度とされている。
今は少女自身の体に隠れているようで周囲に悟られてはいないようだが、こんなところを見つかっては例えギルドの人員でないといえども見過ごされはしないだろう。
「ふぅ」
なので――俺は”それ”に手を伸ばす。
まるで差し出されたものを受け取るような実にのんびりとした動き。
それがあまりにも何気ない動きだったためか少女は抵抗する様子も避けようとする素振りも見せなかった。
そして、俺の手が刃に触れたその瞬間に――
「へ?」
すっ、とまるですり抜けてしまったかのように少女の手に握りしめられていたはずの小さな刃物は俺の手へと渡っていた。
力ずくでもなく気が付けば、というような突然の出来事に気の抜けた声を漏らす少女。
驚きと困惑に目をぱちくりと瞬かせる。
そんな様子と今少女から奪った刃物を手に俺もまた今の出来事に多少の驚きとある種の確信を得た。
実験、というわけではなかったが今のやり取りで改めて理解することが出来た。
――この俺自身に目覚めたという力について。
「これは没収しておくぞ」
それはさておいて、俺はその刃物を一旦自分の持っていた麻袋へとしまう。
周囲に少し目を配るが皆話をしたり何かを見たりと今の出来事には気が付いている様子もない。
とりあえず騒ぎになる前に取り上げられたのは何よりだ。
ここを出てから返してやろうと、少女にも外へ出ることを促そうとしたところ、
「あんた今何したんだ!?」
少女はそう大声を上げた。
ざわっ、と一瞬周りの視線が集まるのを感じる。
しかしそんなことは気にならないのか、少女は俺をじっと見つめている。
その瞳にあるものは一瞬にして武器を取り上げられたことに対する驚きというよりも、何か凄いものをみたという興奮のようにも感じられた。
「今私の武器を盗んだのか!? あんた勇者じゃないのか!?」
先ほどまでの不機嫌そうな顔から一転、キラキラと目を輝かせ少女は俺に食い掛ってくる。
これが元勇者と少女ヘルマ・メイギスとの出会いであった。
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