第6話 元勇者 メルク・ウインド―クエスト達成、そして―

「お、おかえりなさい……ませ……」


「ただいまです……」


 目をぱちくりとさせながら俺を迎え入れる受付の女性に手を挙げてそう返す。


 困惑したように俺を下から上まで見回すような視線が痛い。


 それはクエスト受注から随分早く帰ってきたな、という感心というよりも回収クエストで全身ボロボロになっていることに対する驚きだろう。


 見た目の負傷具合から言えば猛獣の群れの1つでも討伐してきたような風体である。

 ――実際のところはその比にならないようなものを相手にしてきたのだが。


 結局あの後巨大ゴーレムは崩壊を続け、最後には岩の塊が積み重なった山が残っただけだった。


 そして戦いの最中には気が付かなかったがゴーレムが姿を現した壁の跡にはさらに奥に続く通路が開いており、そこをまっすぐに進むとすぐに外に出ることが出来た。


 そうして無事?にクエストを終了した俺はこうしてギルドに戻りその報告をしに来たというわけだ。


「なぁ、あいつが例の奴か?」

「本当に一人とはな」

「どんなクエストに行ってたんだか」


 ギルドの中は相変わらずの賑わいである。


 賑わう人々から傷だらけの俺に向けられた視線と囁くような声が聞こえてくる。


 よくは聞こえないが、一人で戦ってきた勇敢な英雄を讃える声でないことだけは確かだ。


「えっと、これが回収対象ですよね?」


 それが気にならない、といえば全く嘘であるが、しかし突っかかっても仕方がない。


 俺は回収した石の棒――プロメテウスの火――を受付に出す。


 これを回収することが今回のクエストの目的ではあったのだが、そもそも本当にこれがそのプロメテウスの火と呼ばれるものなのかここに来て少し不安になってしまった。


 見たことも聞いたこともないものであり、本人?がそう名乗っていたようなので持って帰ってきたがこれで全く見当違いのものだったら色々な意味で倒れてしまう。


「……」


 受付の女性は差し出された石と手元の資料とを見比べたり、何かを確かめるように手に取る、


 いつの間にか松明のように輝いていた石の先端の光はなくなりあの声も聞こえない。

 これでは本当にそこら辺で拾ってきた石のようにしか見えない。


「……」


 何とも言えない沈黙が流れた後、


「はい、確かにこちらが回収対象のものとなります」


 女性はハキハキとした声と笑顔でそう言うと石を俺に渡し返してきた。


「今回のクエストの報酬は同じくこちらとなりますのでお持ち帰りください。この度もお疲れさまでした」


 お辞儀をしてくる女性に俺はほっとした気持ちと少し拍子抜けしたような感覚に襲われる。


 回収対象がそのまま報酬だったのだから本物かどうかはさほど問題ではなかったのだ。


 無論これで俺のクエスト達成数が1つ増えるのでギルドの評価も上がるといえば上がるのだが、こんな最低レベルのクエストではたかが知れている。


 しかしそれでもクリアはクリアである。

 一先ずの終了を見て、俺の頭は直ぐに別のことに切り替わった。


「あの、このクエストのことちょっと聞いても良いですか?」


 それはどうしても聞きたかったことである。


「はい?」


 受付の女性は不思議そうに首をかしげてくる。

 出発前ならともかく、終了後に質問とは何だろうか、という顔である。


「このクエストって誰が発注してるんですか? ヘパイス洞窟ってずっと前からあるんですか?」


 少し受付に身を乗り出すようにしてそう尋ねる。

 別に悪い相談をしているわけでもないのに自然と小声になってしまった。


 女性は不思議そうにしながらも資料を取り出すと2,3枚ぺらぺらと捲る。


 そうして何かを見つけたのかこちらに向き直ると、


「まず最初のご質問ですが、発注者についてはお答えできません。こちらは匿名での依頼となっておりますので」


 何やら書いてあるらしい情報をなぞるように読みながら女性は続ける。


「そして2つ目、ヘパイス洞窟ですがこちらは数百年前から存在する洞窟と調査がされております。以前は何かの儀式が行われていたような魔法反応もあるようですが明確な痕跡は出ていないようですね」


「……そうですか」


 知りたかったことに対してピンポイントの回答が得られず少し気落ちをしていると、


「ですが……」


 女性の方もずいっ、と受付に乗り出すようにしたかと思うと少し声を落とし、内緒話をするようにして話を続けてきた。


「このクエスト、随分昔から出てまして過去それなりに挑戦者はいたようなんです。ただ、今日まで達成者はゼロ。クエスト失敗の理由はどれも“対象の未発見”だそうです」


 何が嬉しいのか少し笑顔を浮かべながら女性はそんな情報を教えてくれた。


「過去の調査でも洞窟に危険はないと判断されてましたのでクエストのレベル自体は低く設定されていましたけど、結構難易度が高いやつだったはずですよ」


 やりますね、と顔を寄せ、耳打ちをされると少し照れ臭くなり思わず体を離してしまう。


「あ、ありがとうございます。ちょっと気になったもので」


 何だか少し焦ったようにして俺はそう礼をいうとその場から離れる。


 またの挑戦お待ちしております、という声を背中で聞きながら、俺の頭は既に別のことで一杯になっていた。


 先ほどの話。


 対象物が見つからずに失敗。

 それは回収クエストでは決して珍しいことではない。

 そもそもクエストとして依頼される程なので対象物自体が何らかの封印をされていたり、深い迷宮の奥にある、などという理由から回収を断念する判断がされることはある。


 しかし、“これ”はそんなものではなかった。

 出会いは確かに偶然ともいえるかもしれないが、これは洞窟の床に落ちていたのだから。

 おそらく過去様々なパーティーがこれを探したのだろうが、その誰もが見つけることすらできなかったとはとても思えない。


   ――――ッ


 そしてもう一つ。


 あの洞窟に危険がないという認識。

 数百年前からあるというあのヘパイス洞窟にはどうやら過去何度か調査がされているらしい。

 王国の調査団や洞窟探索を任務とするパーティーなどだろうが、その調査の結果が“危険なし”だというのだ。


   ―――!


 俺はつい先刻のことを思い出す。


 見上げる程の巨躯のゴーレム。


 何らかの目的を持って俺を攻撃してきたあの岩の巨人。


 こうして俺は生き延びてはいるものの、何かが間違っていればあの洞窟で骨になっていてもおかしくはなかったのだ


   ―――い!」


 そんなものが眠っていた洞窟が危険なしとはとても思えない。

 となれば調査が適当だったのか、あるいはあの巨人もまたこれまでは姿を見せていなかったのか。


   ―――よ!!」


 あまりにも気になることがありすぎるがしかし今は早く横になりたい気持ちでいっぱいだった。

 どこかで今日の宿でも探そうと頭をさらに別のことに切り替えようとしたところ


「おい! 聞けよ!!」


 怒鳴り声が俺の頭に飛び込んできた。


「へ?」


 どこからともなく聞こえる声に俺は気の抜けた返事をしてしまう。


「さっきから何度も呼んでるだろ!」


 よく聞くとその声は俺のすぐ下から飛んできた。

 なので視線をすぅ、と下に動かすと


「聞いてるぜ、あんた一人っきりの勇者なんだろ?」


 少女が一人、腰に手を当て不機嫌そうに俺を見あげていた。


「この私、ヘルマ・メイギスが仲間になってやってもいいんだぜ?」


 何も答えていないのに、ふふん、と自信満々という風に少女は胸を張る。


「……」


 一人きりの勇者の前に突然現れた仲間。


 嬉しさのあまり、走って逃げ去ろうかとも思ったが不幸なことに俺の体にはもうそれだけの体力は残されてはいなかった。

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