第5話 元勇者 メルク・ウインド―もう一つの目覚めるもの―
『オォォオオオオオオオオオオ!!!』
咆哮と共に巨大な岩の塊が動き出す。
硬い岩の壁の質感そのままに、そこから切り抜かれたような巨人がその足で直立した。
「ゴ、ゴーレム……なのか?」
呆然と俺は聳え立つ巨体を見上げる。
自動石像――ゴーレム――は岩や泥、鉱物などに魔力を注ぎ込み己が手足として使役する魔法技法である。
と、そんなことは少し魔法に関する本でも読めば書いてありそうなことであり、現にその辺の知識に疎い俺ですらその程度のことは知っている。
だから、俺でもわかるのだ
このゴーレムが巨大すぎるということは。
「こ、これは回収クエストだろ!? 何でこんな奴が!?」
突然の出来事に頭は混乱の極みだったが何とか腰に下げた剣を抜く。
――プロメテウスの火は一応クエスト対象なので大切に持ってきた麻袋に入れた。
『ォォォオオオオ』
呼吸音なのか、洞に風が吹き抜けるような不気味な音が鳴り響く。
獣の唸り声などよりもそれは反って緊張感があるものだった。
「ちくしょう……」
俺は泣きたくなるような気持ちを堪え、剣を構える。
俺自身の剣の腕が大したものではないこともあるが、構える剣の細さと言えば人に木の枝を向けることよりも頼りがいがない。
斬りかかろうともその岩の肌に触れた瞬間、粉々に砕け散ることは想像に難くない。
やはり、ここは間違った道だったのか、ならば逃げるしかないと――ちらりと背後の通路を確認する。
正体不明の巨大な存在を前にまったく迂闊なことである。
『ォオオオオオオ!』
「っ!?」
俺が視線を外した瞬間、視界の端で巨体がゆらりと揺れたかと思うと巨大な影が頭上から迫っていた。
その岩の手に握る硬く重量を感じさせる岩の剣をただ振り下ろすだけの動き。
しかし、それが当たれば即絶命の一撃であることは食らうまでもなくわかる。
「うぉおおおおおおお!!」
雄たけびと共に遮二無二に地面を蹴る。
着地も何も考えずにただの横っ飛びであったが、それでも何とかその一撃を避けることが出来た。
「がっ!」
受け身も取れず硬い地面に転げる俺の傍らで大地が爆発する。
ゴーレムの剣が振り下ろされたその場所が粉々に砕けその破片が猛烈な速度で飛び散り体に当たる。
鎧を通してもその衝撃は体内に伝わり苦痛の声が漏れる。
「や、やばいんじゃねぇか……これ」
痛みをこらえながら立ち上がる。
まだ口がきけるだけマシなのかもしれないがしかしこんなことがいつまでも続くわけがない。
早く逃げなければ、と再び視線を通路の方に向けた時
『なぜ逃げるのです。汝は既に力を手にしています』
声が聞こえた。
性別も何もないかのような声。
これまでこっちから尋ねても何も答えなかったかと思えば聞いてもいないのに急に喋りだしたのはあの石だ。
「っ! 馬鹿野郎! あんなのと戦えるか!」
麻袋から聞こえる声に思わず怒鳴って返す。
“なぜ逃げるのです”などと呑気な言葉に腹が立ってしまった。
『戦うのではありません。その身は勇者ではなく簒奪者』
「は?」
それは先ほども聞いた言葉だったがやはり意味がよくわからない。
簒奪者、それは一体何だというのか。
いろいろ言ってくれるがこの体は剣も満足に使えない一人ぼっちの勇者である。
『奪うのです。それが汝が目覚めた力』
「奪う……?」
何を言われているのかわからない。
このプロメテウスの火とやらは所有者のスキルを読む力もあるのだろうか。
だとしたら大した力だ。
【盗賊スキル:Lv1】をそれほど評価してくれているとは驚きである。
『オォオオオオオオ!!』
ぼんやりとしている俺を待つことなく、振り下ろした剣をそのまま横に薙ぐようにして振るう。
硬い大地を砕いて尚、綻び一つない岩の剣が目の前に迫る。
その長さもまた長大であり横に逃げることも下にしゃがんで躱すこともできない。
ここで魔法の一つでも使えたなら空でも飛べたのだろうが、
「くそっ……」
ふらふらとしながら、手を前に翳す。
受け止められる、と思ったわけではない。
ただ自然と体がそう動いていた。
硬質の凶器が迫る。
それがあと数瞬でこの肉体を羽虫か何かのように叩き潰すと思ったその瞬間――
「っ!?」
ぶぉおおおおおおん―――
という突風が吹き荒れた。
それは、ゴーレムの腕が俺の横を通り過ぎた際の衝撃だった。
「……」
その風を体で感じる。
ありえないことだ。
岩石の剣が俺の体を潰していればそんなものを感じられるはずがない。
ありえないことなのだ。
つまり、剣を振るったその腕が、その腕だけが俺の体の横をただ通り過ぎたのだ。
ありえないことが起きているのだ。
「なんだこれは」
俺は目を一度瞑り、開く。
しかしそれは現実だった。
俺目掛けて薙ぎ払われた剣が目の前にある。
すっぽ抜けた様に、剣を置き去りにして腕だけが俺の横を通過した。
否
置き去りにされた剣は地面に落ちているわけでもどこか遠くにすっ飛んでいったわけでもない。
それはこの俺、メルク・ウインドの手に確かに握られていたのだ。
『そう、それこそが汝の力。全てを奪う覚醒の技。即ち怒涛の簒奪者なり』
静かな声だけが耳に届く。
『オオォオオオ……』
ゴーレムが唸る。
それは己が攻撃が外れたことによる困惑というよりも――何かもっと別のものに対する畏怖のようでもあった。
『オオォォォオオオオオ!!!』
それでも、やはり奴は止まらなかった。
武器を取り上げられた徒手を固め殴り掛かってくる。
無論、素手とは言え人間のそれと比べるべくもない凶器であることに変わりはない。
その直撃を受ければ当然俺の体は形も残らないだろう。
「……」
しかし、どういうわけか俺は目の前に迫る拳に焦りも恐怖も感じない。
握ったままの岩石の剣から手を離す。
見た目の重量そのままに地鳴りのような振動と共に地面に沈み込む。
『そう、その身は既に刃を必要としない』
プロメテウスの火の声に応えるように、迫りくる拳に再び手を翳す。
それだけ。
そうして――身動きもせずにただ俺の手と奴の拳が触れた時。
『オオオオオオオ!!』
ドクンッ、と何か強大な力が揺れ動くのを掌を通じて感じる。
俺の肉体がその力の奔流に揺れると同時に、ゴーレムの体が少しずつ崩れていく。
『オォオオオオオ……』
ゴロゴロと岩雪崩が起こるように、ゴーレムは崩れていく。
まるで、岩の体を動かしていた
『オォオオ……プロ……ヒ……マサニ……ダツシャ……』
「え?」
何かが聞こえた気がしたが、それはゴーレム自身が崩壊する音に飲まれ俺の耳に届くことはなかった。
『眠りなさいタラス。よくぞ今まで私を守り抜きました』
そしてもう一つ、何か囁くような声がした気もしたが、それもまた轟音の中に掻き消えた。
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