巡り廻る紫音と月光のラプソディー

 ステンドグラスを通して差し込む月明かり。

 灯されたシャンデリアの蝋燭ろうそくは、風に吹かれるでもなく、一つ一つその温かさを失っていく。


 ここは珍しくも何ともない、貧しく小さい教会。

 人っ子一人通うことが無くなったこの場所は、荒れに荒れている。

 祈るべき聖女の像は朽ち果て、信者の集う身廊しんろうも、宣教者の立つ聖卓せいたくすら長く使われた痕跡が無い。


 そんな廃れた教会にいるのは、誰かを抱えて涙を零す少女。


 暗闇に潜む椿つばき色の少女は目元を赤くし、鋭い犬歯を剥き出しのまま語り掛ける。


「なんで……どうしてなのじゃ……」


 問いかけた言葉に応えるのは、彼女の足元に落とされた壊れた懐中時計。

 チックタックと進んでは、やり直しとばかりに戻っていく。

 光が揺れる赤と青の瞳を持つ少女が、そんな気の触れた懐中時計を目に入れることは無い。


紅音あかねちゃんは、紅音あかねちゃんは……」


 まだ残っている温もりを逃がさないと、手放したくないとギュッと相手を抱きしめる少女は、弱々しく聖卓せいたくへと背中を預ける。

 匂いを温もりを感触を、自分にかかる重さに至るまで全てを余さず腕の中へと閉じ込める。


「――……おいていって、欲しくないのじゃ。紅音あかねちゃんを。紅音あかねちゃんをおいていかないで欲しいのじゃ」


 足が遅くて、のんびりとしか歩けないから。

 一緒に手を繋いで、少し遅れる紅音あかねちゃんをこっちだよって言って、引っ張って欲しいのじゃ。


 なのにどうして、こうなってしまうのじゃ。


「ごきげんよう。輪廻に囚われた吸血鬼」

「だれ、なのじゃ……」


 止めどなく溢れる感情を零す少女の前に、コツコツと足音を立てて現れたのは、ゴシック調の衣装を着飾った紫の人形。

 ステンドガラスから差し込む月光に照らされる彼女は、人魂を思わせる青い硝子の瞳を持ち、素肌が晒されている両腕の関節部分は球体で構成されている。


 音を立てることなくスカートの裾を持ちお辞儀カーテシーをする彼女は、微笑みながら言葉を続ける。


「わたくしの名前は輪廻りんね紫遊しゆ。貴女にお会いしたくて参りましたの。月代つきしろ紅音あかねさま」


 横たわる人物を見ても、泣きじゃくる少女を見ても。

 ならばこそと悲観を抱くことなく、彼女は踊るように謳い上げる。


「人の一生は短いもの。だと言うのに。命を長らえさせるために食事や睡眠をとり、生活を続けるための労働に従事する。――まさに苦行。その輪廻から抜け出すに値すると、わたくしは思っているのですわ」

「なんじゃ。なにが言いたいのじゃ」

「愛おしい人と永遠とわに過ごしたい。命果てる事なく、永遠に! また誰か・・とだなんて、考える必要も無い」


 なんて素晴らしい事なんでしょう。

 スカートを翻し、さぁと右手を少女に差し伸べる紫遊しゆは、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる。


「――貴女も、お人形になりませんこと?」


 それは輪廻を脱却する一つの目論見。

 何度もめぐる円環を、一筋の線へと是正する円舞曲ワルツ

 繋がる紫音と紅の旋律は、必ず虜囚りょしゅうを開放できると。

 反逆の遊戯を開始する。


「……なる。なるのじゃ。人形でも、なんでも」


 より縋る少女は、伸ばされた紫遊しゆの手を必死に掴み取る。


 少女の体は彼女に触れた先から、変異が引き起こされていく。

 生身は生物から程遠い材質へと変わり、肢体に絡みつく糸は抱きしめる相手もろとも結んでいく。

 彼女の魂を表しているのか、頭上に形成された円環は月のように優しく、穏やかな光を放っている。


 吸血鬼か、糸繰人形マリオネットか、天使か――


 ことわりを越えた少女は、その姿を思い思いに解き放っていく。


「これでまた一人、お人形が増えましたわね」


 微笑み、新たな人形の誕生を祝う紫遊しゆは一人誰に言うでもなく呟く。

 そんな彼女を余所に、少女は涙ながらに語りかける。


 ――のう。もう一度言って欲しいのじゃ。

 もう一度、紅音あかねちゃんが■■と……

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