ソフトキャンディー
満点の星空にブラッディムーンが昇る夜。
一人の吸血鬼が古城近くのテラスにて、密やかに本を読んでいた。
全てが白一色の家具のなか、唯一の黒である少女の形をした何か。
テーブルの上にはケーキスタンドやティーポットが置かれ、アフタヌーンティーを嗜んでいることが分かる。
周りを見渡すと、ブラッディムーンに負けじと赤く咲き乱れるバラや椿といった花たち。
紅のタイが目立つ黒の女学生の服を着た吸血鬼は、弱々しい色白の腕で古びた本のページをめくっていく。
赤い眼鏡ごしに見える赤と青のオッドアイは、丁寧に文字を追っていき、時々動きを止めては首を傾げたりもしている。
ふと何かに気が付いたのか、赤のリボンで結った白髪のポニーテールを揺らしながら、顔を上げる。
「ようこそなのじゃ。この本によれば、お主は何かわしに聞きたいことがあるようじゃの」
座っていたシルクハットが描かれた椅子から降りて、本を開いたまま口上を述べていく。
さながら本の占い師か。歩きながらの口上を終えた吸血鬼は、本を閉じて苦笑する。
「なんての。ここに来たのじゃから、それ以外あるまいて」
古びた本を閉じてテーブルの上に置く吸血鬼は、自分が座っていた椅子とは対面の二つの席へ誘う。
一つは、三日月とウサギが描かれた椅子。
一つは、眠りこけたネズミが描かれた椅子。
「どうぞなのじゃ。――ちなみになんじゃが、あそこにあるのは偽物じゃが、止めておいた方が良いぞ」
吸血鬼が指を指した方向には、無造作に縄で吊るされた黒みがかった木製の椅子。
忠告した本人はそれほど気にした様子もなく、テーブルの中央に置かれた菓子を皿から取って頬張っていく。
「さて……もぐ……お主が聞きたい……もぐもぐ……んく。お主がこの紅音さんに聞きたいこととは、何ぞや?」
首を傾げる吸血鬼。
紅音――月代紅音と呼ばれるこの吸血鬼は、このようなお茶会を開いてはあるソフトキャンディーを思わせる、甘く柔らかな言葉を交わしている。
ケーキスタンドに置かれた、緑黄色野菜が見当たらないサンドイッチ。
体の所々に巻かれた包帯。
両手首から伸びる赤と青の糸。
この場で疑問に思うものが増えるかもしれないが、吸血鬼は気にせず食事を続ける。
「何でも良いぞ。――あっ、何でもとは言ったけど、事務所的にNGのやつはあるので」
両手でバツ印を作る吸血鬼。
内容は自由だが、それに答えるかは相手次第。
慎重に言葉を選んでいる間、吸血鬼は自由にお茶を楽しんでいる。
チョコレートを食べたときには、指についたチョコを余さず舐めたり。
紅茶を淹れたティーカップを、右手のみで優雅に飲もうと試みるも、次第に両手で抱えて飲んだりもしている。
「おー、これはお母様に撮って頂いたやつなのじゃ。こんなところにあったんじゃのー」
古びた本から、一枚の写真を取り出す。
そこに写っていたのは、赤椿の髪飾りを付けた和服姿の吸血鬼。
結われた髪は降ろされ、上は漆色。
下は紅色に別れている。
右袖に描かれた紅のコウモリとウサギは、誰を指した記号なのかは一目瞭然。
「良いじゃろう。これはなー、わざわざ――」
突然、空に光が走る。
わずかに物音を立てて、吸血鬼はその場に硬直する。
右手に持ったテーカップは音を出すほど震え、吸血鬼の視線は踊っている。
「な、なんでも無いのじゃよ。わしは無敵の吸血鬼じゃからな。このくらい、なんてこと」
遅れて響き渡る、雷の空を裂く音。
驚き空へやった視線を吸血鬼に戻したはずなのだが、正面にあるのは空席となった白の椅子。
どこへ行ったのかと見渡すと、テーブルの端から小刻みに震える黒い翼が飛び出している。
下を覗くと、膝を抱え両手で耳を塞いでいる吸血鬼が、目を閉じながら何かを呟いている。
「何も聞こえないのじゃー、何も見えないのじゃー」
こうして、しばらくの間は吸血鬼が雷に怯えていたため、治まるのを一向に待ち続けることとなった。
落ち着いた吸血鬼は、テーブル上にある柔らかく甘い菓子を口に含みながら作り笑いを浮かべる。
最後はこういった形で急ぎ足で終わり、震え声の吸血鬼に見送られる。
「す、すまんの。今日はこれでお開きなのじゃ。そういうことなので、おつしろーなのじゃー」
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