月代紅音二次創作集

薪原カナユキ

夜を告げる少女

 それは赤い月が昇る夜闇よやみの中、穏やかに照らされる古城をのんびりと歩いていた。

 壁にかけられた蝋燭ろうそくたちは通路に光をもたらし、暖色に染まった道は落ち着きのあるくらさ。

 鼻唄混じりに先に進むそれは、茶色のローファーを鳴らし、白色の長髪を揺らす。



「……ふんふんふふん……ふんふふん……」


 淡い赤の影を落とす白髪を、それは慣れない手付きで纏めていく。

 紅主体で先端部分が黒のリボンを、何度も結んでは解いていき、幾度かの挑戦で納得がいったのか蝶を思わせる形で留める。

 一つに纏まった白髪は、尾のように感情に合わせて動いていく。

 時々覗く首筋は磁器と見間違えるほどに白く、見る者によってはそれだけで視線を奪われるだろう。


 その白き肌の首からは結ばれた赤い糸が伸び、その行き先を辿ると弱々しい右手首に行き着く。

 握れば折れそうな細腕を喉に当て、咳払いをする。

 歩みを止めたそれの目の前には、荘厳な扉。

 紅を際立たせる黒と金の装飾は、重々しさの中に確かな優美さを持つ。


 何処から取り出したのか、走る兎の意匠が施された金の懐中時計を確認し、扉に力を加えていく。

 見た目とは違いあっさりと開いた扉の先には、赤月せきげつの光が差し込む一室。


 まず目に入るのは、天涯付きのベッド。

 その回りに散乱する様々なぬいぐるみたちが、部屋の主を歓迎する。

 手癖で懐中時計を弄る部屋の主は、暇を潰すかのように部屋の物を手に取っていく。


 造りも素材も目的も、全てがバラバラの鋏。

 子供部屋にでもありそうな、パステルカラーの柔らかなぬいぐるみたち。

 段ボールに詰められた、赤い麺類。

 部屋の隅でただ静かに主の命を待つ、打刀。


 シャンデリアの下で一つ一つ、部屋の主は宝物へ寵愛ちょうあいを与えていく。

 最後に手に取った小型のカメラを抱えたまま、部屋の主は赤い月が良く見えるバルコニーにへと向かう。

 部屋を照らす暖色の明かりではなく、透いた光が満ちる外は部屋の主を鮮明に映し出していく。


 女学生を思わせる黒い服は袖が長く、時々指先すらも隠している。

 黒色のスカートは丈は短めだが、伸びる右足には肌を隠す包帯が巻かれ、膝下までしか包帯が巻かれていない左足は、不安に駆られるほど白く弱々しい。


 風に吹かれそよぐ二種の糸。

 首から右手首へと伸びる赤い糸とは別に、青い糸が左足首から包帯の巻かれた左手首へと伸びている。

 好奇心に満ちた月を見上げる双眸そうぼうは、紅玉こうぎょく蒼穹そうきゅうを宿す二色ふたいろまなこ

 それは月明かりのせいか輝いていた。


「月が綺麗なのじゃ~」


 ふと声を漏らした口からは、鋭利な犬歯が愛らしく覗き、爛々らんらんと煌めく紅玉の瞳を合わせ、その存在が何なのかを考えさせられる。


 磁器のように色白で、血を連想させる赤き瞳、鋭い牙。

 他にも、動脈と静脈とでも言うように伸びた糸や黒の正装。


 それら全てを補うものを、それは広げる。


 歓喜を表しているのか、浮かぶ月を撮るそれは蝙蝠こうもり黒翼こくよくを腰から伸び伸びと開いていく。

 腰付近は包帯が巻かれ、虚弱さの中にある種の拘りが見え隠れする。

 飛膜の内側が黒から紅へ階調かいちょうに変色している翼は、先端部分に落涙らくるいが垂れ下がっている。


 ドラキュラ、ヴァンパイア、ノスフェラトゥ、ナハツェーラー。


 存在するあらゆる名称。

 それを分かりやすく、簡潔に纏める。


 ――血を啜る鬼、吸血鬼。


「こんなものかのー」


 空間へと溶け込み、姿を忽然こつぜんと消す小型のカメラ。

 軽い足取りで床を蹴り、部屋の主はバルコニーの柵へ腰掛ける。

 重量という概念があるのか疑うほど、重力を無視した動きをしたそれは、上機嫌に右腕を月にめがけて持ち上げる。

 降り注ぐ月光を一身に受けるそれは、眩しさに目を細め口角を上げる。


 永劫に届くはずのない月を撫で、敬意と憧憬の念を持って笑いかける。


 ――あなたの代わりとなりましょう。

 どうかその光を私にお与えください。

 その輝きがこの右手を伝い、果てには青へと堕ちるまで。

 紅の讃美歌を謳い続けます。


 決して口にはしない、誓いにも等しい天への願い。


 ……そう。

 これは傲慢にも月に代わると謳い上げる、たった一人の吸血鬼。

 その鮮血の音色が奏でる、狂詩曲ラプソディー


「それでは始めるかのー」


 降ろされた右手は、左手と共に吸血鬼の体を手摺てすりを握りしめて支える。

 古城から見下ろす吸血鬼の視界には、月光に照らされねば捉えることが難しい、幾つもの影たち。


 真紅の棘花や赤き椿が咲き誇る庭園。

 虚しく十字架を掲げる朽ちて廃れた教会。

 つたが這うもなお、そびえ立つ図書館。


 それら全てに彼らの存在を認めることができる。


 吸血鬼は夜天やてんを見上げる。

 不変の星辰せいしんに昂る気持ちを落ち着かせる。


 ゆっくりと。

 肺に取り込んだ空気を、顔を下ろすと同時に吐いていく。

 途中に見えたフォーマルハウトと呼ばれる一番星に、少し沈んだ気持ちが羽上がる。


「みなのもの。おはしろー、なのじゃー」


 開演の合図。

 引き締めた表情は途端に崩れ、幼き少女の如く影たちに満面の笑みを向ける。


 今宵も始まる月下の宴。

 月に代わり、紅の音を奏でる吸血鬼。

 それが、"月代つきしろ 紅音あかね"という存在である。

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