血吸い姫と仙境者

 煌々こうこう蝋燭ろうそくに明かりを灯す シャンデリア。

 城内からは外を見ると、赤い赤い月が妖しく笑い、彼らのたかぶる気持ちを代弁する。


 ここは人ならざる者が集う、異形の城。

 オーケストラの演者たちは黙々と流麗りゅうれいな音楽を奏で、給仕たちは誰の目にも止まる事無く料理を運び、祝宴の客人たちをもてなしていく。


 集まる客人たちは実に多種多様。

 人に近しい者から、遠く離れた別の何かまで。

 例をあげるならば、そう――海色のウサギに、球体関節の人形、真紅の猫など。

 真っ当な人類種は存在しない。


 その中で一人、腰から生えた黒い翼をパタパタと動かし、忙しなく食事を続けている吸血鬼の少女がいた。

 黒をメインに紅色で飾られたドレスを着る少女は、落ち着きのある色合いの衣装とは裏腹に、結われた白髪と赤と青を彩る双眸そうぼうが人目を惹く。


 月に代わり紅き音を奏でる吸血鬼――月代つきしろ紅音あかねは、今まさに目の前に広がる他者の舞踏ぶとうよりも、食べ放題の食事を優先していた。


「――……はぐっ……もぐもぐもぐ……」


 赤くしたたる鮮血をすするよりも速く取り込まれていく料理は、主に肉料理が多く並べられ、合わせてライスやパンなどもそろえられている。

 生魚に果実、サラダどころか野菜のヤの字すら混在を許さない彼女のテーブルは、嫌いな食べ物に対し親のかたきに近しい徹底さを感じさせる。


 止まる事の無い紅音あかねの手は次々と皿の上をまっさらにし、人差し指を口元に当てウーンと考える彼女は席を立ち、まだ足りないのか料理が並べられたテーブルへと足を運ぶ。

 意気揚々と新たな皿を取り、列へと並ぶ紅音あかねが取る料理は、またしても肉料理が中心のテーブルだった。


「本当によく食べるね、紅音あかねは」

「おお、シノブ様なのじゃ。まだまだ紅音あかねちゃんはイケるのじゃよ」


 アレもコレもと皿へ移す紅音あかねは声をかけられ、振り返った先にいたのは燕尾服えんびふくを着こなす黒縁眼鏡の男性。

 整った顔立ちに艶のある黒の長髪と黒瞳こくどう、物腰穏やかな振る舞いは真っ先に"和"を連想させるものの、負けず劣らず西洋の衣装も着こなしている。


 仙界せんかいシノブ――人間の様相をしているが、れっきとした仙人の一人。

 彼の皿は紅音あかねとは違い、尖った料理の取り方をしておらず、多少の好みへのかたよりはあるが整った内容となっている。


「アッチに紅音あかねの好きなチーズケーキが有ったけど、どうする?」

「本当かえ? んー……行くのじゃー」


 数舜すうしゅん考える仕草をするも、今いるテーブルで一通り取り終えていたのか、トテトテとシノブの指し示した方向へと向かっていく。

 シノブは彼女の後を付かず離れず追い、途中紅音あかねの翼が誰かへとぶつかりそうになる度に、声をかけて注意を促していく。


 ようやく目的地へたどり着いた紅音あかねは、そそくさと目的のチーズケーキを確保し、元いた自分の席へと戻っていく。

 新たにそろえられた紅音あかねの皿はやはり肉類が多く、野菜類の気配は一切ない。


「さてと。紅音あかねは食べ終えたらどうする? 私はこういう場・・・・だし、誰かと踊ってみようかなって思ってるけど」

「あー、どうするかの。紅音あかねちゃんは見てるだけでも良いんじゃが、確かにシノブ様の言うことも、いち……一理あるのじゃ」


 実際に輪舞に見惚れていたのか、それとも別の何かに気を取られたのか。

 言葉に詰まった紅音あかねは改めて言い直し、食事を再開する。


 右往左往うおうさおうする紅音あかねの視線は正装するシノブに留まらず、踊る客人たちにも向けられている。

 その視線は単純な好奇心に満ちているが、踊る相手を探してるのかどうかは定かではない。


紅音あかねはゆっくり食べてていいよ。私はちょっとその辺りを歩いてくる」

「いってらっしゃいなのじゃー」


 モクモクと食事をしている紅音あかねに見送られて、席を立ったシノブは告げた通りに会場を見渡し、見知った顔へと挨拶を済ませていく。


 軽く会話を済ませる程度の時もあるし、一緒にどうですかと踊りへと誘われたりもする。

 そうして知人たちとの楽しい一時を過ごしたところで、シノブはふらふらと会場を彷徨さまよ紅音あかねの後ろ姿を目にする。


紅音あかね? どうかした?」

「シノブ様? 物は試しと踊ってみようと思ったのじゃがな。相手がいないのじゃ。その……ほれ! あれじゃ」


 唐突に後ろからシノブに声をかけられ、結った髪を猫の尻尾の如く跳ね上げる紅音あかねは、しどろもどろに言葉を紡ぐ。


「あーはいはい。声をかけられなかったのね。――それじゃあ、はい。紅音あかね


 やや硬めの言動で心中を察したシノブは、ため息をつきながらも紅音あかねに自らの手を差し伸べる。

 一瞬呆然とした表情で、向けられた手を見つめる紅音あかねに、シノブはそうだと微笑みながら小洒落こじゃれた仕草でやり直す。


 片膝を付き、左腕は背中側へ。

 虹彩異色オッドアイの少女を見上げる形で向けられた紳士の手を、少女もまたはにかみながら手を重ねる。


「それはズルいのじゃよ、シノブ様」

「そう? こういう所ならピッタリでしょう。……ところで紅音あかね。踊れるの?」

「大丈夫なのじゃ。なにせ紅音あかねちゃんは天っ才っ! じゃからな」


 シノブのエスコートで会場の中央にまで連れられて行く紅音あかね

 口では天才と豪語する吸血鬼が、この後の輪舞でどうなったかは、また別の話。

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