異世界のキャンプ
「だからさ、聖女様のお望みなんだよ」
癖のある茶髪を結び、背中まで垂らした男が皿に残る豆と何かの肉を炒めたものをフォークでつつきながら酔いに充血した眼を同席した3人へ向けた。
「普段はご公務に励んでいる方ですし、羽目を外すのも必要なのかしらね」
この地方特産の芋の類から醸される少し下にべとつく安酒を口に運びながら、酔いが回ったと思しき座った眼を閉じた女は、んふーっとため息をついた。
「しかしなぁ、これは金もかかる。稟議は通るのかね。ラルスはうまく書けよ」
干し肉とパンを挟んだものを乳から作られた度数はそれほどでもないが量だけはやたらある酒で流し込んだ巨漢の男が、坊主頭を撫でながらぼやいた。この男はその図体の割にいつも何かしらの金の心配をしているのだ。
「オレかよ」
この辺りの冷涼な気候でも育つ果実(小さなリンゴのようなもの)と蜂蜜から作られる意外と辛口の酒をぐっと流し込んだ眠そうな目をした男は(酒が回って本当に眠い)面倒くさそうに木のカップにお代わりを注いだ。
酒場で仕事の愚痴を吐くのは聖女付きの聖騎士4人組。普段は一目でそれとわかる軍衣を着ているがこの場では平服であり、周囲からの視線も特にないのであった。
「おーい、グジルの実盛り合わせと、酒とグルドンくれ!」
「あいよ。グジルは塩?」「タレで!」「あいよ」
「しかし」
ラルスと呼ばれた男は、最後の1個になった白いまんまると太った何かの幼虫を炒ったものにレモンを絞って口に運ぶ。中で熱い汁がほとばしるこの料理は彼が生まれ育った故郷の名物として知られている。
「野営がしたいとか、変わったこと考えるよな。サクラさんもその場で断ればいいのに」
隣の席では虫を食す習慣の無かった北国出身の女は、気持ち悪そうにその様を見てから「えぇ……聞いてあげたいじゃないのよ。初めて「お願い」されちゃったんだから」言いながら凍らせた生肉のスライスにフルーツのソースをかけて口に運んだ。
「エスティヴァン殿もあの場で断れないと思うわよ」そう言って口に残る肉の味を酒で洗い流した。
その向かいの席で信じられないという表情で生肉を食す女を見ていた南方出身の大男は、馬にでも食わせるのかと思わせるほど巨大な蕪の煮物をガツガツ食べながら「うーむ」とうなる。「しかし妙なことを考えるお人だ。流石は異世界人であるな」ぐわっと大口を開けて蕪を咀嚼し、酒で生きようよく流しこんだ。「サロよ。これはちょっとした騒ぎになるぞ」
隣でエスティヴァンの食いっぷりをうんざりした顔で眺めていた男は、肉厚の葉のサラダを口に運んで「教皇まで話が行くだろうな」と暗い声で呟いてジョッキに残るこの酒場で造っているというぬるいエールを流し込んだ。
「はいよ。おまちどお」
「おお、きたきた!」
4人ともグジルの実は好物だ。まだ熱い実はグレープフルーツくらいの大きさで、外皮は茶色くひび割れている。これを剥くと中から肉汁がほとばしり出てくるのだ。生で食すとスカスカのみかんのような味わいでうまくとも何ともないが、加熱することによって中身が焼肉に変貌する。しばし静かな時が流れる。剥いて食す。剥いて食す。
「まあグルドンは食わんけどな」とエスティヴァンが呟くと、「そうね」「それ、本当に人が食うものなのか」「こんなに旨いのに!?」とグルドンに手を伸ばしたサロが今日1番の大声を上げた。
数日後。
あまり見ない文官の男がディアーナの執務室に入ってきた。確か教皇直下で働いていたはずだ。丁寧にお辞儀をして一言。
「聖女様からご要望の野営の件、教皇猊下のご裁可がおりましたことをご報告いたします。こちらが認状でございます」
と控えていた聖騎士のサロに手渡した。
「ありがとうございます。確かに確認しました」とサロが書面を確認すると、文官はまた丁寧にお辞儀をすると執務室を辞した。
「な、なに? 何の話? ワタシ、何かしました?」
軽い気持ちで言った我儘はなにか大ごとになっている模様である。
嫌な予感がする。
異世界に行ってきたTS聖女父の日常 ミロ @milo76
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