第28話 プレゼントの死角
「全国おいしいものプレゼント」
ふーふんふふふん。
部屋着替わりのワンピースを着てリビングに寝そべりながら、数年前にヒットしたアイドルグループの曲を上機嫌で鼻歌交じりで、応募台紙にペッタペッタとシールを張り付けていく幸次。某大手メーカーのプレミアルビールお買い上げの方に、全国の名物をプレゼントという企画への応募である。幸次はこういうイベントへの出席率(?)は極めて高い。生活必需品たるビールを購入するだけで参加権が得られるのである。参加せずにはいられない。必需品かどうかは個人差があるが、この人の場合は必須なのであろう。
近所の酒販店からケースで買い求めたビールから、応募シールをはぎ取り台紙に張り付ける単調な作業。まあ、大手メーカーの販売戦略というのに乗せられているわけではある。乗せられていることを理解してなお、佐藤幸次という男(というか女)は上機嫌だ。いいじゃないか、乗ってやろうじゃないの気持ちよく酔っぱらって乗りましょう。
プレゼント一覧に載せられている名物は、どういうわけか牛が多い。神戸牛、近江牛、米沢牛に佐賀牛なんていうのもある。そろそろ東京ビーフなどというブランドが登場するのではないか。日本の農業は米と牛で出来ている。というのは過言か。みんな牛、好きだよね。
今回、幸次は鹿児島、さつまあげセットを所望するものである。
さつまあげ。
細く白い足をぱたぱたさせながら、幸次はその味を想像する。
ぼてっとした、さつまあげ。フライパンで軽く焼いて
まだジジジ……と表面の脂が
……じゅるっ。
思わず出たよだれに、はっと我に返る。いかんいかん、これでは応募前に今日のおつまみがさつまあげになってしまう。いや、別にいいんだが。
ケースで買ってしまったビールについては何の問題もない。水で薄めたビールのような髪色を持つ幸次は、中身が入っているビールは、ふたを開けて呑んでしまう性質がある。シールをはがした後のビールは全て資源ごみへと姿を変えさせるのである。
さて、幸次はこの世界で生活している間も、向こうの世界で生活している間も、大小様々な失敗というかボケをやらかしてきたわけであるが、この度も小さな、しかし本人には大きすぎる失敗を重ねてしまったのであった。
「あ」
ポストへ投函しに行こうと半立ちになったまま固まった。暫し呆然としていたが。
「ああああああ!!」
昨日が応募締切であった、応募台紙をくしゃりと握りしめて雄叫びをあげ、逆上し、怒髪天を衝いた。
「うぎぃぃぃぃぃ!」
嗚呼、1ケースの無駄ビール。
「う……う……うぉぉぉぉ!」
幸次は半泣きになりながら、ビリビリと台紙を破いてゴミ箱に叩き込む。無意識に身体強化がかかってしまったのか、恐らくは単に逆上しただけではあるが台紙は僅かにゴミ箱を外れ、破いたそれは床に散乱する。
まあ、誰でもやらかしてしまう失敗だ。期限ぎりぎりまで動かないのは、最早人類の本能と言っていいであろう。幸次はそう考え、あまり深くは引きずらない。
「ま、ハズレくじだったろうしね」
ほう、と息をついてビールのプルタブをプシッと開け、くっとひと口飲む。白い喉が動いてビールが
「ほら、ビールは美味しいし、飲まないといけないし。無駄じゃないし」
特にこの少女が属している宗教の教義には、クヨクヨしないとか諦めを早くしようなどというものは無い。この少女のというか、中の人であるところの幸次の思考ルーチンが風変わりなだけである。
それは、ビールをちびちび飲みながら、応募台紙であったものを片付けながら、呟いた一言にも現れる。
「そうだ、はやくさつまあげ買いに行かなきゃ」
いそいそと買い物の準備を始めるこの少女は、意外と聖女の適性が高いのである。多分。
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