第25話 幸太の日常2

 あれは普通、これは普通ではない。などと「普通」という言葉を使うのは多様性が叫ばれる昨今、使い方に気を付けないといけないとは思う。とはいえ自分の場合、「普通は」このような格好をすることなどなかったし、これからもすることはないのだろうと思っていた。これまでは。


「これはおどろいた。なんの冗談だこれ。まさか僕が」

 更衣室で着替えた幸太が自分の体が映る姿見をまじまじと見る。こういう格好をしたがる人がいるらしいことは理解しているし、好きにしたらいいとは思うが、自分にはそのような欲求も趣味もないのだ。

 なんというか、まあ。飾りがあちこちについている桜色を主体としたワンピースを着た男子高校生が唖然とした表情でこちらを見ているのであった。全体的にきついのであるが、この理由はなんとなくわかる。後になればわかる気がする。膝上あたりのスカートから伸びる脚には普通に毛が生えている。なんだこのズレた魔法少年男子は。


「……剃るべきか?」と思いながら更衣室を出ると、待ち構えていたおじさんに爆笑された。


「うわっはっはっ! 幸太君、それはさすがに『変身』してから着たほうがいいと思うよ?」

「あやー、幸太君それは『女の子用』だよう!」

「ええぇ……」


 いつもは着替えてから外に出て変身するのだ。そのルーチンで着替えたのだが、これはやはり違ったのであった。ちなみに以前まで着ていたのは、某農機具メーカーのロゴが入ったツナギであった。まあ作業着なのでそんなものかと思っていたのだが……


「やっぱり見栄えも重要だからね。さあ『変身』してみて」


 やっぱりなぁ、と呟きながら少しだけ踵(かかと)が高い靴をカツンと鳴らして「彼女」に繋げる。幸太の腹から熱が広がり、ぐっと体が強張る……


 数年前、父の実家に遊びに行ったときに、ちょっとした妹の美衣といたずらをしてしまったのだが、そのときに受けた呪いのようなもので特異体質になってしまったのだ。ちなみに美衣も同様の体質になっているのだが、幸太のほうがより面白いことになっているのである。すなわち……


「おお! やっぱりサイズもちょうどいい!」

「あやー! めんこいねぇ! 幸太ちゃん」

「この衣装見たときからこんなことだろうとは思ってたけど、まじかあんたら」


 口から出た声は高く少しだけ甘い。少しだけ低くなった身長とこの年頃の女の子のような体つき。というか女の子だ。すね毛もきれいに無くなっている。ごつごつした膝も丸い。というか全体的にゆるやかなカーブを描いており、骨格から皮下脂肪の具合まで女子のそれだ。


 幸太はTSした。


「下はいつものパンツなんだけど」

「ああ、じゃあすぐに手配……」「いらない」

「やっぱり女の子のパンツが」「いらない」

「なんかの拍子で戻ったら地獄でしょうが!」


 はいてようがなかろうがそこには地獄が現出するのであった。



 コスチュームをひらっひらさせながら地下駐車場に降り、運転手とスタッフ達の「ぶはっ」という空気音を無視して駐車しているバンに乗り込む。設計は資材調達部、製作は婦人会の皆さんで製作されたコスチュームはチームの皆さんにも大変好評のようである。


「ビデオカメラ持ってきてるわよね?」

「もちろんっすよ」

「……まじか」


 走り出した車からの街並みはいつもと変わらない。片側一車線の道路をゆっくりと進む。緊急車両というわけではないので信号でも普通に停車する。もじもじとスカートのすそを弄る。腿の裏側が直接シートに振りているのが気になり、つい裾を弄ってしまうのだ。皮張りのシートなら汗が付いてしまいそうだ。スースーするかと思っていたスカートの中が蒸れそうだ。


 その様子を見ていた隣に座っている女性メンバーに声を掛けられた。

「やっぱり慣れない?」

「そりゃ慣れないっすねぇ」

 スカート歴小一時間なので。


「その慣れない感じが界隈ではポイント高いのよ」

「どこの界隈っすか」

「おっと」


 いけないいけないと黙り込んだのをジトリと横目で睨んだ後は社内が静かになった。


「そろそろ現場でーす」

 助手席に座る男が明るい声で告げる。「BGM流しますんで、合図したら出てってくださいねー」

「えっ!?」


 BGM。あれ? 昨今のモンスター駆除はどういうことになってるんだっけ。


 ちゃらっちゃちゃっちゃーん!


「ほんとに鳴りおった」


 先行して降りていた隊員たちが三角コーンと「モンスター駆除作業中ご協力をお願いしますm(__)m」と書かれた立て看板を並べていく。コーンの外側には野次馬が見ている。


「そろそろ出ますよー! マジカルな感じでお願いしゃーす!」


 しらんがな。


 マジカルな感じで倒した。我ながらいい感じであったと思う。野次馬……もといギャラリーの人たちもいい感じに盛り上がっていたし。


「手パワーって感じでしたね」「ああ、あのサングラスの」


 評価は微妙である。いや、あれはあれで不思議パワーなんだけど。

「……撤収!」

 くっちゃくっちゃとエナジーバーを食べていると、キャラメルとチョコの甘みで頭が蕩けそうになる。ここにブラックのアイスコーヒーを流し込むと、脳がリセットされる(気がする)。お腹が空いたらこれだなぁ。


「ただいまー」

 もちろん特殊害獣対策センターで着替えてから、自宅へ帰ると既に晩御飯の香りが漂ってくる。ニンニクのいい香りが漂ってくる。「お風呂空いてるわよ」の声に従い、風呂場の脱衣所で全裸になる。ごつごつしてるし、普通に毛が復元されている。この辺りの仕組みが謎なのだが、そういえば髪の毛も金髪から黒に戻っていて、長さも短くなっているのであった。そのあとの入浴シーンは楽しくないであろうから割愛することにするのである。


「はぁ、さっぱりしたーご飯そろそろ?」


 さっき食べたもたれそうなエナジーバーは既に胃袋から消え去っていた。この年頃の男子はこんなもんである。

 ダイニングテーブルの向かいに座り、既にビール缶を開けていた幸次は長い薄い金色のまつげに縁どられた目をちらりと向けると、幸太の顔面でパチパチっと魔術をいくつか発動する。

 驚いた幸太が頬を両手で擦ると「ニキビができかけだったぞ」とビールをグビリ。


「あ、助かる。なかなか治らないんだよなぁアレ」


 最近幸太の顔面がトゥルットゥルに滑らかになっており、万全なケアを行っているように見えたのは夕食前のこれが原因であった。


 そのエステで大活躍しそうな術を行使していた幸次は、美容魔術売れねぇかな。などと異世界で属していた『教会』の連中が知ったら卒倒するようなことを考えながらビールを喉に流し込んでいた。

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