第24話 幸太の日常1

 午後の授業は眠い。昼に食べたドラゴン肉の煮物や大猪の生姜焼きなどの茶色い見た目の弁当は、見た目通りボリューミーで満腹なのだ。窓から差し込む陽射しは暖かく、教師の言葉は子守歌のようだ。

 「眠り姫」頬杖をついて眠る姿をさらすことが多い彼はそのように呼ばれることで一部の女子生徒の間では知られている。最近この男子生徒は肌や髪の艶がやたら良くなっていることもあり、「なにかやってるの?」「なにもしてないよ」のやり取りがなされるのであった。よく見れば普通の年頃の男子だが、ちらりと見た時の印象が肌つやが良い女の子のように見えなくもない。というのが現在のこの男子のクラスにおける認識なのである。


 橋を歩いている。空は青く晴れており日差しが心地よい。途中までは片側1車線の車が通る大きさであり、両側に設けられた歩道を歩いていた。車も人も通り過ぎており結構な交通量である。……だったのだが、いつの間にか歩道だけの小さな橋になっていた。そうだった、この橋はだんだん細くなるんだよね。ああ、ほら歩道も狭くなっていく。もう人は周囲に見当たらない。さらに狭くなる。今や自分は欄干程の広さになってしまった歩道をバランスを取りながら歩いている。というか欄干だ。さらに難易度(?)が上がっていく。初めは平らだった足元がかまぼこ状に丸くなっていく。バランスを崩すと落ちそうだ。もう少し、もう少し。コンクリートのざらざらしていた素材は、いつのまにか磨き上げられた鉄のつるつるした素材に変わっていた。ああ、危ないなあ。こういうのを放っておくなんて、市はいったい何を考えているんだろう。こぽりこぽりと向かう先から音が聞こえる。油だ! 今歩いている先には小さな穴が開いていて、そこからゴマ油が漏れ出ているんだ。そうだった。ここはゴマ油で持っているんだっけ。でも川に流れ落ちてるのは問題だなぁ。汚れちゃう。それはそうとここは慎重に歩かないと……


 ガタン! 「!」


 足元がつるりと滑る感触と、浮遊感を覚え……教室の自席で目を覚ますと、周囲ではクスクスと笑い声。教壇には引き攣ったような笑顔を浮かべる教師。


「……おはよう、佐藤君。教科書74ページから読んでもらえるかな」

 のろのろと立ち上がり、教科書を読み始める。こうして眠り姫こと佐藤幸太は目を覚ましたのであった。読み上げるその声は姫感ゼロの声変わりした男子のものであった。



「おおい幸太ぁ。今日は暇なのお前」今日の授業が全て終わり、放課後の緩んだ時間。終わった終わったと背伸びをしているところに声がかけられた。高校に入学してからよく遊ぶようになった友人のひとりだ。

「いやー、今日はバイトだなぁ」「まじかぁ……」

「なんかあるん?」「これから女子とカラオケ行くんだけどな。佐藤を当てにしてたから」

「間が悪いな……」「また誘うわ」


 こういうイベントはなるべく行ったほうが、まぁまぁいい関係を築きやすいのだが、バイトしていることは友人の間では周知のことなので、また誘われるのであろう。


「後で行けそうな日を送っとくわ」「おう、たのむわ。じゃな」



 電車で2駅、駅前から出ているバスで終点まで乗ると目的地に着いた。

「特殊害獣対策センター」

 ここが幸太のアルバイト先である。


 郊外とはいえ広い敷地にガラス張りの7階建ての大きな建物。入り口には自動改札のようなゲートがあり、守衛さんが立って……はいない。丸椅子に座ってお茶を飲んでいた。

「こんにちは」

「おぉ、幸太君か。今日もよろしくね」

「はーい」

 ピッと入館証を通すとゲートが開く。幸太の遠い親戚だという守衛に挨拶すると敷地の中へ。ぽつぽつと白衣を着た人や、ぱりっとスーツを着こなしている人が歩いている。実験場などの小さな建物が点在しているので、建物を移動する人などは多い。

 中でも一番大きな建物である本館の通用口から入る。ここでも入館証を使用する。エレベーターホールについているリーダーにまたまた入館証を読ませると、4台あるエレベーターのひとつが扉を開いた。あとは勝手に必要な階へ一直線。扉は最上階で開いた。


「あやー! 幸太君よく来たなぁ。お茶っこ飲むか? お菓子もあるから食べてってなぁ」

 実家のおばあちゃんのような口ぶりで幸太を迎えたのは、なんというか幸次の実家のおばあちゃんであった。

 同室のスーツを着こなしたおじさんが、用意されたポットからお茶を汲んでいる。


 この施設……組織は佐藤家が興したのだそうだ。幸太は最近まで知らなかった。幸次も最近まで知らなかった。そしておばあちゃんも最近まで知らなかったのであった。というか実家にいる人間の誰もがそんな存在を知らなかったのである。


「ひどいもんだよぉ! こんな年寄り使うなんてねぇ!」

 幸太が座ったソファの向かいによいしょと腰かけたおばあちゃんは、そう言ってティーセットを持ってきたおじさんをにらむ。

「まぁまぁ。僕ら分家の人間だけじゃどうしても限界があるんですよ。本家の人間が一番術の扱いがうまい。ちょうどいい具合に幸次君……いまは幸次ちゃんか? ぶふっ……が近くに家を建てましたしね」

 要はこの男が施設の設立に奔走した結果なのであった。

「……このあまじょっぱい煎餅と紅茶の組み合わせってどうなの」ぼりぼりと煎餅をかじりながらぼやくと、「いやいや、何事も試してみるのが大事なのさ。それがこのセンターでは大事なルールなんだからね」

 適当言ってるなぁ、とおもいながら口では「まあそうかもね」とこちらも適当な相槌を打つ幸太である。

「ところで今日はどうしてここに呼んだの? いつもは害獣処理課なのに」

 ふふふ、と笑うおじさん。「今日はね。魔技研から新しい装備がきたのでね。是非ともここで君のおばあちゃんに見せてやってほしいんだよね」


 ふふふじゃないのだが。


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