第23話 異世界肉の餃子

 休日のリビングに、2人の声が響く。

「つまり、あっちの世界の魔法は、術式を魔力を使って現出させて、魔力を流し込んで起動するんだ。術式は魔法陣だったり、物理的に対象に対して刻み込んだり。だな」

「ふむふむ?」

 幸次は幸太に魔術の講義中だ。幸太はとあるアルバイトをしている。そのバイトで使えるようにしておけば安全であるし、依頼の成功率も上がるというものだ。

「イメージを即座に展開させるんだな。これは女性の方が得意とされているらしい。実際、発動するまでの時間は女性の方がわずかに速い。そして、その差が生死を分けることも多い」

「なるほど」

「ただし、設計力、つまり術式を組み合わせて複合的な効果を得ようとするような場合は、男性の方が有利だ」

「速さの女性、強力さの男性ってこと?」

「うーん、まあ、一概にそうとも言い切れないところはあるけどな。暗記してしまえば、複合魔法出来るし。いざというときに状況に合わせて複合魔法を使えるのが男性術師の優位な点かな。でも咄嗟にそんなことができる術師は殆どいないから、結局は互角か女性術師の手数のほうが有効かな」

「ふむ。あ、つまり父さんは……」

「そのとおり。俺である男性の利点と、ディアーナである女性の利点を持っている。このため……だけではないと思うが、男性の体を向こうが欲しがった理由の一つだろうな」

「ふーむ」

 何ともいえない顔で、若干伸びた顎鬚をじょりじょりとなでる幸太。未だに父が向こうに拉致され、好きなように体と運命を弄られたことを思い出すと、腹立たしい思いがする。父が気にしないようにしているというのに、自分がこうではいけないと思うのだが。というか自分も似たような感じだよな。

「ところで、父さんは向こうで魔法……魔術をどう使ってたの? やっぱり魔物やっつけたり?」

 少しでも話題を転換しようと父に振る。幸次もそれに乗るように話す。

「向こうにいるときはそうだな……城っていうか、教会にいるときは世話係の侍女とか居たからな。天井を拭くようなことは無かった」

「そりゃ、ねぇだろ。あんまり思いつかないぞ。それ」

「む? ああ、そうかな。そうかも」

 2人は顔を見合わせ、笑い合う。


「ドラゴンとかそんなのもやっつけたことがあるな。こないだ幸太の弁当に入れたけど」

 赤竜のしぐれ煮は、意外にも牛肉に似た食感であったドラゴンの肉をお弁当用にアレンジした幸次と美穂のアイディア料理なのだ。

「他にはなんか面白い食材あるのかな?」

「……ん? あるぞ。銀色大猪の肉だ」


 幸次はズルリ……と巨大な肉塊を取り出した。



 キッチンのコンロにフライパンを置き、油をひく。

「脂身がうまいんだがな。豚と一緒で。ただなぁ」

 言いながら、幸次は肉を切り取り、フライパンで焼く。

「はい」

 いつの間にか集まった家族全員が、爪楊枝を手にして一口。


「味は美味しいね。コクがあって」

「うん。ドラゴンより柔らかい」

「脂身がうまいのは確かだね。でも……」


「臭いね」

「くっさーい」

「ちょっと臭うよな」

「だろう」


 一様に臭いを連発する家族。美衣は目じりに涙が溜まっている。


 やはり、この臭いをどうにかしないと、食べにくい肉ではある。

 煮込んで臭みを取ると、油の旨みが逃げてしまう。となると。


「臭み消し……か」

「ニンニクとかニラとか?」

「お、それだとギョーザかぁ」


 ギョーザ。佐藤家のそれは、皮から作る本格派だ。ギョーザのみで満腹になるほどのふかふかの皮。


「久しぶりに食べたいな」

 幸次がぼそりと呟いた。



「俺はこの肉をひき肉に変えるぞ。幸太は皮か。あとは買い物かな?」

「了解」

「はーい」

「じゃあ、行ってくるわね。多めに買ってくるわよ?」

「うん。頼む」


 新聞紙を広げ、その上にまな板を載せる。僅かに浮かせた肉塊に対して魔術を放つ。見る間にみじん切りにされていく肉塊。

「ミンチよりこうしたほうがうまいらしいな。なんかの漫画でやっていたが」

 不可視の刃が飛び交うのを幸太は目を丸くして見ている。

「へぇぇぇ! あらためて見ると面白いなー」

「危ないから手は近づけるなよ。スパッと切れるからな……こんなもんか」


 皮を捏ねる幸太。ラードを入れながらの作業でベトベトになった手を拭いながら、ふう。と息をつく。

「……もっと作んないとだな」


「あとは美穂に任せるかぁ」

「こっちも終わり。少し寝かせるだけだね」

 餡の仕上げを美穂に任せて一息つく。


「ただいまー」

 ソファでぐうたらしていると、2人が帰ってきた。リビングに入った美衣と美穂はそのひき肉と生地の塊を見て固まった。

「いったい何人分よそれ」

「さあ……?」

 ソファに座る2人は苦笑して答える。楽に100個ほどは出来そうな量だ。

「そんなに作れないよ! 皮!」

「あ、俺が皮と餡を詰めるから」


 あ、そう。と言ってぽふん、とソファに座る美衣。

「じゃ、わたしは餡作ってくるわねー」

 と美穂はキッチンに引っこむ。


「やっぱり父さんの魔術、面白いよな。ひき肉の魔法も」

「なに!? ひき肉の魔法って!?」

 幸太が興奮気味に説明する。


「いいなぁー 私にもなんか見せてよ! かわいいやつ!」

「……可愛いやつって……母さん、手伝おうか?」

 幸太は母を手伝いにキッチンに向かう。


「よし。ちょっとやってみるか」

「え!? あるの!?」




「まあ、見てなさい」

 幸次は、ニヤリと笑ってステレオのリモコンを手に取る。

「前回の課題をクリアしつつ、今日のパーティにぴったりな衣装のチョイスだ」

 ……前回の課題。ピンときた美衣は、母と兄を呼ぶ。

「お母さん、お兄ちゃん! ちょっとちょっと」

「え……?」

 狼狽する幸次。美衣とじゃれる展開だと思って油断していたのだ。

「なあに? 美衣」

「はい! 2人とも、ソファに着席です! これからお父さんショーの始まりでーす!」

 ぱちぱちぱち。と手を叩く美衣。つられてソファに並んで座った美穂と幸太も手を叩く。

「……は、恥ずかしい……」

 頬を染めつつもじもじしてしまうが、美衣に「はい」と促され、こほん。と咳払いを1つ。

 リモコンを操作して、CDを再生する。スピーカーからは魔法少女物のBGMが流れてくる。

 幸次は、スカートの裾をつまんで一礼すると、魔術を行使する。くるくると回りながら、着ているワンピースの輪郭がぶれていく。もちろん、脱いだ後の素肌を隠すようにエフェクトも展開させる。それとともに、周囲に光の粒が展開される。幸次の回転に合わせて周囲を回転するそれは、最後には幸次に張り付いていく。さらに、下ろした幸次の髪がくるくると頭の上にまとまっていく。

「おだんごだ!」

 思わず美穂が叫ぶ。BGMが鳴りやむと同時に、幸次を取り巻いていたエフェクトが消える。そこには……


 ポーズを作ってニッコリと笑う幸次が。


「チャイナ服だーー!?」

 幸太も大興奮だ。


 エメラルドグリーンを基調としたチャイナ服とお団子あたまの幸次。若干ステレオタイプ気味の姿は、それでもスタイルの良さを際立たせ実に良く似合っていた。


「じゃ、はじめましょうかっ」




 佐藤家のリビングとリビングから続く庭先には、20人ほどの町内の人々が談笑している。休日でもあり、子供連れの夫婦が多いようだ。どれも幸次がいない間、美穂達を支えてくれた人たちだ。

「美穂! こっちできたぞー!」

 生地の塊から一個分だけ千切れて、ぷかりと浮く。浮いた生地がくるくると回りだすと、みるみるうちに丸く、平べったく成形されていく。立派な、少しだけ厚めの餃子の皮だ。このような皮が数十枚キッチンに浮いている状態。

 さらに皮をめがけて、ちょうど一個分だけ分けられた餡が飛んでいく。

 水を生成する魔術を行使し、皮の縁だけを僅かに湿らせていく。

 準備が整った餃子たちを見て、幸次がパチンと指を鳴らすと、パタパタと皮が閉じられていく。

 次々と餃子を量産していく。


 香ばしく焼ける餃子の香りと、つるりと光る水餃子の官能的な造形。ゴクリ。

「……ふむ」


「おーい! ディアーナちゃんいるかーい?」

 庭から声がかかる。

「はーい! いまいきまーす!」

(……ディアーナ起きてる?)

(うん。美味しそうだね!)

(あはは。じゃ、交代しよう)

(え……幸次も食べたいでしょう? いいよ。わたしは……)

 この世界の人間じゃないのだから。自身の意志ではないとはいえ、向こうに引き込んだ側の人間であることを少しだけ後ろめたく思っているディアーナは、この人々の輪に入ることをためらう。それに気が付いた幸次は苦笑する。

(ディアーナ。これもウチの、ディアーナの家族の味だよ)

(う、うん。ありがとう)

 少しだけ湿り気を帯びた思念が返ってくることを感じた幸次は再度苦笑し目を閉じる。その様子に気が付いた美衣が幸次に駆け寄り後ろから抱きかかえる。


「おはよう。ディアーナちゃん」

 目を開けたディアーナに声をかけた美衣に笑いかける。

「おはよう。美衣お姉ちゃん」



 夕方になってようやくお開きとなった佐藤家のリビング。イノシシのギョーザと説明したそれは大好評であった。ついでに、ディアーナのチャイナドレス姿も大好評であった。本人はきわどいところまで入ったスリットから覗く脚を気にして耳まで真っ赤になっていたが。


 疲れたディアーナが眠りこけているソファで、膝枕をしている美穂はディアーナの髪を撫でながら、ふふ、と笑う。

「今日はお疲れ様。ディアーナちゃん」思いがけず開催した餃子パーティはこうして終わった。


 冷蔵庫には、「お父さん」の分として火を通していない生の餃子が5個取ってある。

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