第22話 遺伝する属性

 夕食が終わり、帰還してからまた少し始めたアコギの練習をするため、クリームチーズとクラッカーのおつまみを 盛った皿を持って、書斎に向かおうとしたとき、美穂が幸次に声をかけた。

「あ、幸次。それ、食べるならここで食べてよ。ぼろぼろこぼすから」

「え、こぼさないよ。前にこぼしたのを除けば」

 言いつつ、テーブルに皿を置いて座りなおす。この体になってから、手も可愛らしいサイズになってしまったので、ギターのコードを練習しなおしているのだ。今はFの練習をしている。初心者的には1つの壁である。昨夜何気なくやってみたら、指が攣りそうになったのである。これでは御茶ノ水の楽器店で気持ちよく試奏できないではないか。


「あ、みんなもちょっと聞いてほしいのよ」

 そう言って、ノートパソコンを開く。画面には表計算ソフトが。もう、使いこなしてるのか、すごいな。と感心しつつ覗き込む。月々の電気代がグラフになっている。これは。

「上がってるな……俺が帰ってきてから……」

 神妙な顔でグラフの推移を目で追う幸次。確かに帰ってきてから電気代が跳ね上がっているようだ。

「うん。人が増えれば電気も使うけどね。幸次の部屋のパソコン、起動しっぱなしじゃない? なんで?」

「え。あれは。その。いろいろやっててな……魔術式の解析や生成とか」CPUとGPUを回しっぱなしである。

「それ、電気代使うようなことなの? 節約したほうがいいよ。せめて寝る時くらいはさ。わかった!?」

「あ……はぃ……」


 この辺りで、子供2人とも居住まいを正している。母の機嫌がなんだか悪い。


「まったく……画像集めばっかりして」

 美穂のぶつぶつと小声での呟きに、幸次の肩がビクッと震える。

「あ! あれは! 5年も前のことじゃないか! 今はそんなの見ないし! 見ても何も反応しないし! 反応する箇所もないし! てか、パソコンの中見てたの!?」

「あの時も電源入れっぱなしだったでしょ?」

「あ……」


 気を付けます。と項垂れた幸次を見て、幸太はゴクリとつばを飲み込む。冷や汗が出てくる。セキュリティとかロックとかそんな単語が頭に浮かぶ。



「幸太もよ?」

「はいっ」

 やけに元気よく返事する幸太。

「何にパソコン使ってるか知らないけど。大方お父さんと一緒でしょ? DVD隠してる場所も大体一緒だし……幸次の時はビデオだったか」今の時代、ネットでそういうアレも処理するものであるらしいが。

「ええええ! 俺の部屋物色しないでよぉぉぉ!」持っているらしい。

「み、美穂、男子のそういうところは見て見ないふりをするのが淑女の振る舞い、かもしれんぞ」

「掃除してるの! 貴方たちが掃除しないから! 親子揃って……これだから男の子って……」


 美衣はじっとりと幸次と幸太を睨む。

「さいってーー」

 本当は美衣も男の子はそういうものだということは理解しているのだ。今日はたまたま母上に同調しているだけである。美衣は空気をきちんと読める子。だと自分では思っているのである。が。


「美衣もよ」

「えっ!?」

 わたしパソコン持ってなかったし! こないだ買ってもらったノートパソコンが初めてだし。

「いつも洗面所のくもり取りスイッチ入れっぱなしだし、寝る前に電気つけっぱなしだし、廊下も電気つけっぱなしだし」

「あ、う……」

 みるみる萎れる美衣。

「くもり取りは忘れちゃうんだけど、廊下の電気とかは……トイレの時くらいじゃない……」

「なに? 暗いの嫌なの?」

「あ、うん……怖いじゃん。超常現象とか怪奇現象とか起きそうで」

 美衣はちらりと幸次を見ながら答える。

 超常現象の塊であるところの幸次は、目を瞬かせる。

「超常現象て……アンデッド的なのは、今のところこの家には出ないぞ?」

「お父さん……この家にはって……他のところにはいるの?」

「うん? 普通にいるぞ?」


 ヒッと声をあげて抱えた膝に顔をうずめて震える美衣。


「幸次は余計なこと言わない!」

「は、はいっ!」

 びょんっ。と椅子に正座して背筋を伸ばす幸次。

 ジロリ……と3人を見渡す美穂。

「……なんかあると理由つけてサボろうとするし」

「家計の財布落としちゃうし」

 ビクリと幸太の肩が震える。

「お小遣い落としちゃうし」

 キュッと体を縮こまらせる美衣。

「給料落としちゃうし」

 涙目で美穂を見つめる幸次。20年以上前の出来事だ。

「遺伝? あんたたち遺伝してるの? ほんとそっくりよね」

「み、美穂さん。ちょっと今日はきつすぎませんか……あと、そういうの遺伝しないと思うんだけど……」

 確かに全員財布を落っことした経歴の持ち主だが、それを遺伝とは。ちょっと全員オッチョコチョイなだけではないか。と幸次は思う。


 幸次の訴えをさらりとスルーした美穂は宣言する。

「……というわけで、今日は全員歯を磨いて消灯です。幸次も一緒にお布団行くわよ」


 それか! それが目的だったのか!

 幸次は、はた、と膝を打った。

 ほんのり頬を染めて幸次の手を引く美穂を見て幸次は、「可愛いじゃないか……」と嬉しそうに口元を緩めて呟いた。


 たまに冷蔵庫が開きっぱなしだったり、ファンヒーターをつけっぱなしで眠りこけているのは、美穂なのであるが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る