第21話 ワームシャワー

「うえええん。ひぐっ。ひぐっ。うえええ……ぼぎゅん」

 幸次は自分の胸に顔をうずめて泣いている甥の頭を撫でていた。


 母の日であるので、転移の魔術を使って実家に戻り、母親に簡単なプレゼントを上げたりしていたのだが、幸次の甥っ子が遊びに来ていたのは誤算だった。甥っ子、雄介は泣き虫として一族の中ではその名を轟かせている。ちなみに幸次もとある理由で名を轟かせてしまっているのだが、今はこの厄介な甥だ。帰還して初めて会った伯父が、想像と違う容姿をしていたせいか、やたら懐いてくるようになってしまったのだ。そして、ことあるごとにこうして過剰なスキンシップを求めてくる。将来が非常に不安になる甥っ子である。

「今度はどおしたのぉ? お寿司にワサビでも入ってたかなぁ? それともかんぴょう巻きだと思ってたのが鉄火巻きだったのかなぁ?」雄介は些細なことでギャン泣きするのである。あらゆる可能性を勘案しておかなくてはならぬ。いや、実際はそんなことはしてくてもいいのだけれど。ま、放っておけばよい。

 たまたま来ていた弟一家と母を加えて宅配寿司を頼み、昼食会となったのであるが。雄介の母親はこちらに手を合わせてゴメンとかのたまっているし、父親は目をそらして寿司をつまんでいる。

 幸次の両親は孫と見ると盛大に甘やかしてしまうので、預けてしまおうかと見やると、父と母は雄介の妹、樹莉に夢中のようだ。

 結局泣いてる原因がよくわからないので、茶碗蒸しをあーんしたり、カッパ巻きをあーんしたりして誤魔化す。泣いてはいても、こうして食べさせてやると素直に食べるのだ。

 そして、デザートのプリンをあーんする頃には、膝の上ですっかり機嫌を直していた。

「雄介よ。そろそろおじさんの膝からお母さんの膝に帰ったらどうかな」

「やだ。おねぇちゃんのおひざがいいの!」

「雄介よ。何度も言うが俺は幸次おじさんだぞ。君のお父さんのお兄ちゃんだ」

「違うよ! 女の人だからおねぇちゃんだよ!」

「女の人なら伯母だろう……て違うぞ。本当の俺は加齢臭漂うナイスミドルだ。ついでにいうと、メタボ検診にも引っかかった。君の伯父なのだよ」

「だってほらっ!」


 ばふっ。


「うげっ」

 すりすり。

「こんなにやわらかいもん。それに、お風呂に入った時だって、おち……」

「だぁぁぁっ! わかった。わかったから。もう、今日のところはおねぇちゃんで勘弁してやる……あの、由美さん。吹き出すのはどうかと思うぞ」

 雄介の母が何かのツボに入ったのか笑いだしている。

「……で、さっきは何で泣いてたんだい?」

「うん、あのね、ぼく、公園で遊びたかったの。でもお昼御飯だからだめーって」

 そんな理由かい。と思いながら、雄介を抱えながらよいしょ。と立ち上がる。

「じゃあ、お、おねぇちゃんと遊びに行こうか」

「うんっ」

 手を繋ぎ、2人で近所の小さな公園へ向かった。


 子供というのは、よく動くものだ。ジャングルジム、ブランコ、シーソー、と遊びまわる。幸次もそれに付き合う。ちょっと身体強化しようかな。と思い始めたころには、雄介は何やら石をひっくり返している。子供ムーブだ。


 それを見ながら、幸次はベンチに座り込む。

 民家に囲まれた小さな公園。幸次が物心ついた時には、既にあったここは、美穂とのデートにも使っていた場所だ。思えば、このベンチで初めてのキスをしたような。今度聞いてみようかな。聞いて勘違いだったら怒られるか。やめとこう。

 そのようなことをぼんやり考えていたら。


「そろそろ帰ろうかな」美穂のもとに帰りたくなってきた。


 雄介はまだしゃがみ込んで何かしているようだ。

「雄介よ。そろそろ戻ろうか」

 と、覗き込む。

「何してるの?」

 夢中で何かしていた雄介はくるりと振り向き、「これ集めてたの」と両手を見せる。

「ぎゃっ」

 幸次は思わずのけぞった。両手にはいっぱいのダンゴ虫。真ん丸になったそれが雄介の小さな両手にいっぱい。

 幸次は顔を強張らせながら、雄介に帰宅を促す。

「そ、それ捨てて! もう帰るから。ね」

「うん」

 雄介は思い切り両手を振ってダンゴ虫を放る。

 ぱらぱらと放物線を描きながら、垣根を隔てて公園に隣接してる民家の庭に落下していくダンゴ虫の群れ。

 唖然として、その様を眺めている幸次の耳に、ダンゴ虫が消えていった民家の庭から「ぎゃぁぁぁ!」と酷い声の悲鳴が上がった。

「どうした!?」男性の声が聞こえる。

「むむむむ虫! 虫が降ってきたぁぁぁぁ!!!!」

「何を馬鹿な……どれどれ」


 冷や汗がどばっと出た幸次は自身の持つ最高の集中力、最速記録をたたき出すほどの速さで、身体強化の術式を発動させ、雄介を抱えて全速力で逃げ帰った。


 いい年してコラっとか怒られなくてよかった。

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