第15話 おでかけ

 休日。朝の電車は乗客もレジャー目的の客がちらほらいる程度である。河口湖行きの車内でシートに正座をして窓の外を流れる景色に目を輝かせる少女。ディアーナである。両側に美穂と美衣、幸太。今日は家族で遊園地だ。



 ――“私”が目覚めたとき、いつも一緒にベッドにいるミホさんは既にいなかった。ぼんやりした頭でこの世界の空気を思い切り吸い込む。向こうの世界と一緒だ。

 階段を降りる。急で怖い。コージは「土地が狭いから」とか言ってたかな。

 話し声が聞こえる。コージの家族だ。私にはいなかったけど、コージは私も家族だよって言ってくれた。だから朝の挨拶から始めよう。

 引き戸を開けてお辞儀をする。

『おはようございます』


 私は今デンシャに乗って窓の景色を眺めている。すごい勢いで左から右へ家々が流れていく。こんなに速く動いているのに、街が途切れることなく続いていくのは驚いた。ついでに、ホームで待っているときにデンシャが迫ってくるのを見て、驚いて腰を抜かしてしまった。コータお兄様に背負われてデンシャに乗り込むのはちょっと恥ずかしかったな……

 カイサツを通るときに、パタンって扉が閉まったときもびっくりしたなぁ。いじわるされたのかと思って泣きたくなった。そんなときもミイ姉様が私の手を取って連れて行ってくれたの。


 やっと緑が多い光景が目に付くようになった。この辺りの景色はちょっとだけ向こうの世界と似てるかな。道路がずっと石造りなのは別だけど。あと、魔物の気配もないみたい。

 ずっと同じ姿勢で足がしびれてきちゃった。みんなと同じように座りなおそうと、窓から通路側へ向き直る。いつの間にか席はほとんど埋まっていた。向かいの席に座っている女の子と目が合う。あ、手を振ってる。私も振り返すと女の子の顔がぱぁっと明るくなった。そうして私と女の子がニコニコ手を振り合っていると、電車は目的地に到着した。



 私は目の前の光景を見て、口が開きっぱなしだった。すごい勢いでぐるりと回転する乗り物や、大きな車輪みたいな乗り物がいっぱいあるのだ。それが、ただ娯楽のためにあるというのも驚きだ。周りを見ると私くらいの子や、もっと小さい子が楽しそうに走り回っている。


「じゃ、行こうか」ミイ姉様が手を引いてくれた。

「はい、おねえさま」



 ティーカップでコータ兄様がくるくる回しすぎてみんな目を回したり、カンランシャの高いところから見る地上を見て足がすくんだり。今は水しぶきが上がる乗り物でみんな濡れてしまった服を風の術式で乾かしているところだ。この術はコージが髪を乾かす時によく使ってたっけ。


「ご飯にしようか」ミホ母様が言った。


 コータ兄様はお肉が載ってるご飯、ミホ母様はオソバ、ミイ姉様はウドン、私は前からコージに話を聞かされてたカレーライス。向こうの世界では材料が見つからなくて、再現できていなかったようだ。


「……ふぅ」


 お腹いっぱい。結局みんな食べてるものが珍しくて、ひと口ずつもらっちゃった。どれも美味しかったけど、私もカレーが一番好きになった。コージが力説するだけはあるよ。


 食後はお買い物したり、お化け屋敷行ったり。

 お買い物では、ミホ母様にウサギのぬいぐるみを買ってもらった。もふもふしていい気持ち。でも、お化け屋敷は、最初は平気だと思ったんだけど。だって、向こうの世界じゃ普通に魔物とか居たんだし。そう思って入ってみたんだけど……

 出てくるときにはコータ兄様におんぶされて、べそべそ泣いてた。あんなに怖いなんて思わなかったよう。


 ゼッキョウマシンが何故絶叫なのかを何度か乗って理解した辺りで、“私“の時間がそろそろ終わることを感じ取る。そのことを告げると、みんな淋しそうにお別れを言ってくれた。

 ミホ母様は、私をぎゅっと抱きしめて「いつでも遊びに来てね。あなたもうちの子なんだから」

「ところで、ここでお父さんが戻ってくるの?」

「ハイ。そろそろコージ、が、おきる、を、かんじます。あと10ふんもあれば」

「10分、ねぇ」ミイ姉様がニヤリと笑う。あ、そういうことですか。私もニヤリと笑う。

「2人とも悪そうな顔だなぁ」とコータ兄様が苦笑いする。

「さいごにいこっか。ディアーナちゃん」ミイ姉様が手を引く。

「はい!」とミイ姉様と歩き出す。



 発車ベルが鳴り終わるのと、私の意識が薄れていくのはほとんど同時だった。

「……また遊ぼうね。ディアーナ」

「はい、また」 と私は隣に座るミイ姉様に笑いかけて目を閉じる。



 再び少女が目を開ける。

 先ほどまでの優しい目とは違う、少しだけ鋭さを増した目を見て、美衣が声を掛ける。

「おかえり、お父さん」


 ごっとんごっとん。


「うん。ただいま」と美衣に笑いかけようとしたその顔が強張る。「ひぇっ」喉の奥から変な声が出る。きょろきょろと忙しなく目が動く。

「おい」


 ごっとんごっとん。


「んー?」

「ど、どどどこだ! ここ!」


 ごっとんごっとん。


「遊園地だけど?」


 ごっとんごっとん。


「たかいたかい! なんだこれ? なんでここで交代するんだあいつ! あ、下! 下」

「何言ってるかよくわかんないけど」

「あ、あ、あ、あ、おち、おちっ! ああああ……あーーーー!!!!!」

 ものすごいスピードと落差で落ちていく絶叫マシンできちんと絶叫する幸次。

 ようやく停止したマシンから、本日数回目となる腰を抜かした幸次に苦笑しながら肩を貸して下ろしてやる美衣だった。



 ショップで買ってもらったウサギのぬいぐるみは、書斎のガラスケース付の戸棚で、大切に飾られている。

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