第14話 ディアーナの朝ごはん
「む?」
夕食後のひととき。ソファに寝転がって、額に1円玉を積み上げていた幸次は、胸の紋が光っていることに気が付いた。200円分ほど積みあがっている。何枚のせられるか美衣と賭けていたのだ。500枚越えたら、幸次が肩たたきしてもらう。500枚未満なら、その金額を美衣のお小遣いにするという趣向である。暇を持て余した人間は得てしておでこに物を載せがちなのである。みかんとか。
「お、お父さん……」
最近やけに懐いているせいか、積み上げる作業を手伝っていた美衣が不安そうに父の胸元を見ている。
幸次はじっと光っている紋を見つめながら考える。まだ対抗術が切れることは無いはずだが。
「あ、魔力足りなかったかな? 」
ふにふにと右胸をつつきながら呟く。それを見た美衣を思わず左をつつく。
「ひゃあ」
思わず出た声。積んでいた1円玉がざらぁっと散らばる。
「あ、ごめん。つい」
「お前な……あー、そういうことか」
1人で納得した幸次は、どっこいしょの掛け声とともに立ち上がる。
「美穂ーー!!」
「つまり、もう1人の人格が出てくると? 」
「うん、魂は混ざり合っているから、もう1人も俺だからな。よろしくやってくれよ。ああ、そうだ美衣」
「うん」
「遊園地でも連れて行ってくれんかな。こいつはまともに遊んだことが無いらしいから」
「そっか。うん、妹のように扱うよ。お父さんのように。いたたたたたた!」
ぐりぐりと美衣に「うめぼし」しながら「俺は妹じゃないぞ。頼んだぞ、美穂もな」と声を掛けて寝室へ向かう。
「今日はもう寝るよ。おやすみ」
朝。ディアーナはこの世界では初めて目を覚ます。長いまつげが飾る瞼をあけて久しぶりの「目が覚める」という感覚にぼんやりと浸っていたが、むくりと起き上がり、きょろきょろと辺りを見渡す。
『ここがコージの世界……』
ペタリ、ペタリと扉に向かって歩く。聖堂で過ごした自室と比べることもできないほど狭い部屋。
『ん、ここ、衣装部屋? 出口、どこ』
ガチャリと廊下への扉を開ける。
『あ、ここかな? ……狭いね。階段降りるのかな。急で怖いな』
体を横にして、よいしょよしいょと声に出して降りていく。階段を降りきると、話し声が聞こえる。
(どきどきする……ちゃんと挨拶できるかな)
『あの。おはようございます。コージからお話聞いているかと思いますが……あれ?』幸次から教えてもらっていた挨拶の仕方通りぺこりとお辞儀をして顔を上げるとポカン、とした女性2人と男性1人。
(あ、ニホンゴ!)
「おはよう、ございます。ディアーナ、いいます。よろ、しく、です。コージ、さん、と、おなじ、です」
まだたどたどしいがどうにか日本語で挨拶。ぺこりと頭を下げる。
「……うわぁ」
美衣はキラキラと目を輝かせ、ディアーナに抱きつく。
「よろしくっ! よろしくね! わたしのことはお姉ぇちゃんって呼んでね!」
ディアーナは、抱き付かれて目を白黒させる。
「よろしく、です。おねぇ、ちゃん?」
きゃーと叫ぶテンションの高い美衣をどかして幸太が声を掛ける。
「おはよう、ディアーナ」
「おはよう、ございます。コータ、おにぃさま」
お、おおお。と変に感動しつつ、ディアーナを食卓に座らせる。
そこに、ご飯と味噌汁を持ってきた美穂。
「はい、ディアーナちゃん。お箸使えるかな?」
「はい、わたし、おはし、すこし、つかえます。みほおかあさま」
「ディアちゃん、かわいい! 幸次より」
「かわいい。父さんより」
「かわいいよねー。お父さんより全然」
食卓に並べられた朝食を満面の笑みを浮かべながら見渡す。
ベーコンエッグと納豆と豆腐の味噌汁とご飯。
「いただき、ます?」
首を傾げて、「合ってる?」と確認する。
3人がそれでいいと頷いたのをみて箸をとる。
一緒に並べられたスプーンを使わず、たどたどしくお箸を使いながらご飯を食べる。あちらの世界でも練習していた箸の使い方はこちらでもどうにか通用するようだ。
「おいしい、です」
と、柔らかく微笑むと、美穂は「よかった」と笑みを返した。
ちなみに、ディアーナは納豆に醤油をかけて食べ、若干不思議な顔をしつつ「おいしい、です」と食べていた。それを見た美穂が物凄くうれしそうな顔をしていた。
にぎやかに進む朝食。
初めての「家族」の食卓を経験したディアーナは、少しだけ泣きたい気持ちになった。
そして、ここに連れてきてくれたコージに心の中で『ありがとう』と言った。
こうして、佐藤家に5人目の家族が増えた。
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