第13話 ご趣味は

「は!?」

 夕食のハンバーグをつまみながらワインを舐めるように飲んでいた幸次は、美衣の言葉に思わず聞き返した。ナツメグの風味とトマトソースがいい感じに合う。

「だからお父さんにデート? の申し込み」

「いや、断れよ。それ」

 幸太は、思わず柳眉を逆立てて言い募る。

「いや、断り切れなくて……ね? 明後日は暇よね。あ、明後日か」

 珍しく父が怒るのを見て、ちょっと拙いかな? と思いつつ食い下がる美衣。

「いや、暇だからって、娘と同じ年の小僧なんかとデートはしないぞ。なにより美穂が許さんだろ」

「ううん、遊んできてあげたら?」

「えっ!?」

 思わぬ援護にパッと笑顔になる美衣と、不意打ちに驚く幸次。

「幸次なら男の子相手に浮気もないだろうし。気晴らしのつもりで遊びに行ってみたら? 」

 うんうんと頷く美衣。

「ええー……」

「ねえ、美衣」

 ここで幸太が口を開く。

「うん? 何?」

「どうして父さんに行かせるの? 断れない理由は?」

 美衣の目が泳ぐ。

「え、ほら、断ったらかわいそうじゃない」

「お父さんも中々にかわいそうだと思うんだけど。ほんとはどうして断れないの?」

 ここで美衣は、しゅんと肩を落として白状する。

「う、うん? しゅ、宿題のプリント見せてもらったの……きょ、今日のも見せてもらう予定で……」

 やり取りを聞いた幸次は、はぁっとため息を吐く。

「美衣はご飯食べたらすぐに宿題やりなさい。俺が見てやる。もう見せてもらったプリントの課題は……幸太」

「うん、代わりの課題探すか作るよ」

「うむ」

「え? え? そんなぁ……」

 しょんぼりと肩を落とした美衣の頭に美穂が手をのせる。

「自業自得ね」

「う、ううぅ~ ごめんなさい~」

「美衣、その男に待ち合わせ場所と時間聞いておきなさい」

「うう、いいの?」

「……約束したなら仕方ないだろう」

「……ごめんね。お父さん」




「頑張ってね」

 両手を握って胸の前でガッツポーズを作って美穂が送り出す。どう頑張ればいいのだろう。

「ああ……行ってくる」

 頑張ったら拙いんじゃないかと思いつつ、不機嫌な顔を作りながら外へ出た。

 朝から変に力が入った洋服を着せられ、念入りに髪をセットされた。おまけに薄らとだがメークまでされている。

 やたら短いスカートのせいか、道中の視線がいつものより粘っこい気がする。不機嫌度が最大値に触れそうなくらい増大した辺りで目的地に着いた。

 待ち合わせのドーナツ店でアイスラテを注文して席に着く。そうして、半分ほど飲み干し、ふうっと息を吐く。砂糖の甘みとコーヒーの香りを堪能していると、不機嫌な気分も霧散する。そうでもしないと相手の男が来た瞬間殴り倒しそうだ。


「あの、美衣さんに紹介していただいた橘 颯人はやとっていいます。はじめまして。佐藤さん」

 声を掛けられて見てみると、ひょろりとした少年が立っていた。見た目はおとなしそうで、他人をデートに誘うようには見えないが。幸次も立ちあがって頭を下げる。

「はじめまして。佐藤 ディアーナです。よろしくお願いします」

 名字で呼ばれたので、思わずそう返してしまったが、大丈夫だろうか。この世界での自分の立ち位置を曖昧にしたままにしているのだが、そろそろ考えた方がいいかもしれない。

 愛想笑いを浮かべて橘君を見ると、頬を赤く染めていた。



 幸次は目の前で一生懸命会話している男に適当に相槌を打っている。好きな映画を聞かれて昔を思い出して、マイナーな映画で断絶を作ろうと、ラビリンスと答えたところ「デヴィッド・ボウイが魔王のあれですかー」と返ってきて焦ったところである。なんでそんなこと知ってんの。

 デヴィッド・ボウイから話が膨らみ、ダンシング・イン・ザ・ストリート経由でミック・ジャガーへと話が進み、いつの間にか音楽の話題で盛り上がったころには、次の目的地がカラオケボックスになっていた。

 道中もそのような会話が進む。この男、見た目と違って話が上手いな。趣味も合うし。途中から男同士のノリで会話を楽しんでいた。


 午前中から昼過ぎまで二人ともカラオケボックスで熱唱していた。この選曲の趣味もぴったりである。

「いやー、佐藤さんって歌もうまいし発音もネイティブみたいで流石だね」

「あはは、ありがとう。橘君もよくあんな古い曲知っていたね」

「ああ、父がよく聴いていたのでその影響かな」

「なるほど。いいお父さんだね」

 商店街の中、少し前を歩いていた幸次がくるりと振り向いて笑いかける。ふわりと揺れるスカート。幸次の輝くような笑顔に橘はたちまち顔を赤くする。

「え、う、うん僕と趣味が合いそうでよかったよ」


 その後、ファミリーレストランで食事をした。テレビの話になり、鬼平犯科帳のスペシャルに話題が及び、二人とも池波正太郎好きであることが判明した。幸次は、こいつ本当に中学生か? と疑うほど趣味が合う。もっとも、橘から見た幸次も本当に美衣の妹か? と感じたのであろうが。


「橘君、今日は楽しかったよ。ありがとう」

 別れ際、半ば本心でそういうと、橘は嬉しそうに笑った。

「うん、また遊びに行こうね」


 うん。と返事をしてその日は無事(?)帰宅したのであるが……



 夕食の席。幸次は今日の出来事を語った。

「お父さん、それってデートがうまくいったってことだね!」

「……えっ!?」

 目を見開いて驚く幸次。

 ひょっとして、次もあるのだろうか。変に期待させてしまったりしてないだろうか……


「ええー……」

 力なく味噌汁を啜り、1人反省会を開催する幸次だった。

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