第16話 昼食は飲み物でした
幸次は自分のパソコンの前で猛烈に後悔していた。何故こんな失敗をしでかしてしまったのだ。何故。嗚呼何故。
今日は平日である。美穂はお友達とお茶会だ。一応幸次も誘われたのであるが、正座するという行為に苦手意識が出来てしまっているので、今回はお断りしている。
朝から着付けがあるとかで、昼食は500円渡されている。中学生か。
500円。牛丼いけるな……並盛なら卵つけてもいけるな。好き屋は安いしな。昼は混みがちだが、カウンターなら空いてるだろう。醤油と出汁が香る丼を持つと安っぽい牛肉の香りが鼻腔に届き、食欲が大砲のように胃袋に直撃するあの感じ。それを抑えつつ紅ショウガをひとつまみ。これは好みの問題だが、わしわしと掻き込んでるときにたまに感じるピリリとした感じがたまらないのだ。まてまて卵だ。ぐるぐるとかき混ぜる。白身を着るように混ぜるのが好みだ。さて食べるか。しかし残念、牛丼はこないだ食べたばかりなのであった。
ハンバーガーもあの大手のならいけるか。昔はそこはかとなくアウェー感があったものだが、今では老若男女問わず食べるものである。割高だが燃すバーガーが好きだ鉄板で焼いているハンバーグを見ていると自分が肉食獣になっていくのを感じるのだ。それを包み込むように防御するふんわりとしたバンズは、凶暴に噛みついた歯を受け止め、しゃきりとしたレタスは肉欲を宥め、最後のハンバーグで野生に戻っていくのである。このように何を言ってるのかよくわからなくなるのがハンバーガーの魅力なのである。惜しいのは1個だと若干物足りないのであった。いや、この体になってからはあまり食べられない気もしなくもないが、やはり2個めで僅かな後悔を胸に抱きつつ食べ終わりたい。
意表をついて弁当はどうか。いや意表なんてついてないんだけど。定番は唐揚げである。異論もあるとは思うが、定番は、唐揚げ、なんです。と思ったのだが昨日の晩御飯は唐揚げなのであった。しょうがない、定番でも何でもないけど幕の内にするか……ほっかほっかもっとのサイトを開くと590円。なんと予算オーバーだ。思わずオーバーにのけぞる。「がちょーん」ついでにセリフもつけてみた。家の中には人がいないため、全然恥ずかしくもなくきまずくもない。大丈夫ではないのは値段だけなのであった。
とりあえず、弁当屋であるところのほっかほっかもっとで海苔弁当330円とカップスープを買ってきた。まだ暖かい弁当とスープを持って、書斎へ移動する。今日はネット飯。だ。ネットサーフィンしながらご飯である。
パカリ、と弁当のふたを開ける。とりあえず、付属のソースをかけようとして気が付く。置く場所がない。マウスをどかして弁当を置く。机から少しだけはみ出している。幸次は注意深くソースを海苔弁当の主役であるところの白身魚のフライにかける。ぐらり。おっとっと。
油断していた。敵は海苔弁当だけかと思っていたのだ。カップスープも置き場に困っており、弁当のすぐ横に置いていたのだ。
コツンとカップに当たる弁当。ぐらり。おっとっと。
弁当に続いてスープが。弁当を押さえていたため、救助が遅れてしまった。あっ! と声をあげて弁当から手を放す。悲劇は弁当がキーボードの上に置かれていたことによって増大した。キーボードの微妙な傾斜により、ズルリと滑り落ちる。
「あああああっっっ!!!」
バシャー。ベチャー。
デスクトップパソコンの本体の上に降りかかる厄災。
運悪く、グラフィックボードの交換中で、真新しいボードを取り付けて試運転中であった。まだ、動画すら見ていないが。
故に、ケースの蓋が開けっ放しである。そして、今日も元気に発動するマーフィー。きちんと弁当がさかさまに落ちていき、スープが追い打ちをかけることと相成った。慌てて魔術を放とうとしたが動転したまま構成された術式は当然発動せず。
ばちん。
モニターが暗転する。幸次の顔も暗転する。
やはり、ジャムだかマーガリンだかを塗った面が下になるのであるなぁ。と、幸次はしみじみと思う。
「あ、あう。あう」
書斎はアシカの如きうめき声しか上げられない幸次の声と、「くぅぅぅ」と可愛らしい空腹の音が鳴り響いていた。
結局昼食はランチタイムの終了間際にむくれっ面で訪れたカレー屋で済ませた。ポケットマネーだ。1皿のカツカレーと1皿の野菜カレーを流し込んだ。味なんかわからなかった。
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