第11話 周辺の人々

「結構高く売れるのね」

「うん、まあみんなが生きているうちは、食うに困ることもないだろう。当てにされても困るけどな」

 幸次と美穂は、幸次が異世界から持ってきた金のアクセサリーを換金しに来ていた。幸次が元の世界に帰るに当たって気にしていたこと。それは家族を金銭面で苦労させないことであった。そのため、金や宝石などの等の貴金属を大量に溜め込んでこの世界に持ってきていた。これらを定期的に換金するのが、幸次の主な収入源になっている。


 換金が済んだ今は、そろそろ昼時である。どこに行こうかと相談した結果、最近開店したカフェに向かって歩いている。

「もう2カ月過ぎてるのねぇ」

「そうだな。向こうで随分見た目を変えられてしまって、君たちも戸惑っただろうな」

「そうねぇ、髪も薄くなって、お腹も出てきてた幸次とは全然違うもの」

 頭を掻いて、あははと笑う幸次。

 今の幸次は、白い滑らかな肌に背中まで伸びた淡い金色の髪、少しだけ吊り上がった大きな目、深緑の瞳だ。 見た目は美衣と同じくらいの13か14歳だが、中の人であるところの幸次は44歳。今日は白のワンピース。

 あっちの名前はディアーナ・ローゼ。その後にも名前が続くが、自分を示す名前はこれで十分だと思う。

 聖女にして奴隷のような存在。ひどい目にあって、気が付いたらこの体になっていて、知識と魔力を得ていた。右胸には隷属術式。現在は左胸に隷属術式を封じるための術式が刻んである。

「身長も151cmとかだし、41Kgだし。もう少し食べたほういいよね」

「そう思うんだけどな……あんまり食えなくなったなー。ラーメンだって食いきれるかってところだ」


 手を繋いで隣を歩く美穂は幸次の妻だ。幸次が子供の時からの付き合いだ。もっとも幸次が小学生の時には、美穂は赤ん坊であったのだが。のんびりした性格同士、結構生活なんか出来るのかと思っていたら、意外とどうにかなった。しかも5年も幸次が留守をしてる間も、家族を守ってきたのだ。黒い髪を背中まで伸ばしている。幸次と色違いだが同じような髪形だ。昔も今も美人だと幸次は思う。


「お、ここかぁ。良い雰囲気じゃないか」

 カウンターと小さなテーブル席。小規模ながらオープンカフェも。よく見るとカウンターには有線LANのコネクタも付いている。2人は店内のテーブル席に着いた。

「幸太が勉強してそうなカフェだな。近いし」

「幸太も高校生だもんねぇ」

 幸太は幸次と美穂の間に出来た長男だ。地元から少し離れた私立高校に通うようになった。将来はエンジニアになりたいらしいが、真逆の神秘を扱うバイトをしているのであった。


 幸次を見た店員が慌てて英語で注文を取ろうとしたのを、幸次は苦笑しながら日本語で大丈夫であることを告げる。幸次はミラノサンドとラテ、美穂はピラフとコーヒー。

「美衣なんかも来そうだよな。ここ」

「あー、デ……お友達とね」

 近くに大きめの映画館もあり、うっかりデートコースにぴったり、と言おうとしたが言い直した。

長女の美衣は、現在中学2年生。小学生であった頃から将来なりたい職業は保育士であり、今もそれは変わらないようだ。軽音部ではギターを担当しており、幸次も文化祭で一度弾いてる姿を見たことがある。髪を染めているのだが大丈夫だろうかと思うことはある。以前は「お父さん臭う」と近寄りもしなかったのだが、幸次より5cmほど身長が高くなってしまった今では、「お父さん可愛い」とべったりである。

「デートって言おうとしたか? もしや吉村君が」

「いや、あの後はなんにもないみたいね。残念」と美穂は笑う。

「残念って……まあ、年頃だしな。美穂が高校生だったときは……俺と付き合ってたか……」

「そうね。私が赤ちゃんの時から狙ってたのよねー」

「ちがうっての」

「あれ?兄さんなんか、お前らまだ結婚しないのかー、あいつは子供の頃から美穂とケッコンするーて言ってるんだぞー。って言ってたけど」

「師匠はなにやってんだ」

「遠征から戻ってくるといつもそんな感じだったよ?」

 美穂の年の離れた兄である健は、幸次の格闘技の師匠でもある。一年の殆どを海外の遠征に費やしていたが、ある時から弟子である幸次もあちこち引っ張り回されていた。その経験は異世界でもかなり生かされることになり、 この時は師匠に深く感謝した幸次であった。


「お、お待たせしました~」

 若い男性店員がちらちらと幸次を見ながら、注文した物を持ってくる。

 幸次と美穂の前に食べ物とコーヒーが置かれる。

「ありがとう」と幸次が微笑みながら礼を言うと、店員は顔を真っ赤にし「イ、イエ! ドウゾゴユックリー」と戻っていった。

「まいったね」 思わず苦笑する。

「そんな調子じゃ、会社の松村さんも大変じゃないの?」

「あー……あいつは全然気にしないみたいだな。俺のことはただの飲み友達ぐらいにか考えてないな」


 松村健二はかつての部下だ。幸次が会社勤めしていた頃から、何故か幸次とよく酒場巡りをしていた。お互い、仕事の話をしないところや、酒場の好みが合う所などが幸次も松村も気に入っている。帰ってきた幸次に会い驚いた松村であったが、変わらぬ態度や距離感を幸次はありがたく思う。


 半分ほど食べ進んだところで、お互いの料理を交換する。幼いころから二人はこうして分け合って食事をする習慣があった。

「お、ピラフも美味いな。ちゃんと店内で作ってあるのかな」

「サンドも美味しいよ。食べごたえあるわぁ」


 出会ってから30年以上。良人の身に何が起ころうとも、この夫婦(?)もまた変わらない関係を続けているのだ。

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