第9話 不器用な親子

「あああー! 痛いー! お父さん、治して~!」

 夕食後、入浴時間が過ぎたころに、リビングでごろ寝していた幸次の元に美衣がやってきた。風呂あがりのまま、バスタオルを巻いたままだ。

「なんだ、美衣。はしたないな?」

「え、あ、うん。それはそうと、これ……いたたぁ」

 左手を幸次に見せる。血。うひぃ、と変な声が出た。

「深爪か。痛そうだなそれ」

 美衣は不器用なのか、昔からよく深爪をする子であった。中学に入るまでは、爪を切るのは美穂か幸次の仕事であったくらいには爪切りに関しては不器用だ。他にも色々不器用なところがあり、親としては色々と懸念するところではあるのだが、それはおいといて。

 美衣の手をとる。指先に集中する。うひぃ。

 サブイボを立てつつ、治癒を施す。が、爪自体は再生しないのである。出来るが、再生にはなかなかのコストがかかる。腕をくっつけるのと同じくらいのコストである。なのでほっとく。

「バンソーコでも貼っとけばいい」

「うう、ありがと」

 ボタンを取り付ける練習中に、数か所刺して出血したことを思い出す。

「美衣は、ボタンとか付けられるようになったのか?」

「取れないように努力する方向で頑張ってるよ」

「……」

 つまり、そういうことである。親としては懸念せざるを得ない。吉村君もさぞかし呆れることであろう。っていやいや。

「あ、美衣、ちょっと」

 右の頬に吹き出物。か。いや、この年では「ニキビ」ってことか。懐かしいなぁ。と思いつつ、しげしげと眺める幸次。

「ん? なに、あ、これかー。中々治らないんだよねーこれ」

「よし、触ったりしてないな? つぶすと痕になるんだ。それも治しておこう」

 美衣の右の頬に手を当てる。

 僅かに幸次の手が暖かく感じたときには、治療は終了していた。

「ええ? もう治ったの? あんなに頑固なニキビが! これでもう大丈夫!」

「……夜更かしとかするなよ。他に治したいところとか無いか?」

「あ、うん、無いかな。あ、パジャマ着てこようっと」


 美衣が出ていき、幸次はまたごろ寝態勢だ。美衣と入れ替わりで、美穂がバスルームに入ったようだ。

 夜のニュースをぼんやり眺める。魔獣出現情報。全世界的に生物が狂化する現象で見た目と身体能力が変わり、魔力を扱う個体もいるというこの症状に侵された生物を魔獣と呼んでいる。画面では封鎖された国道での捕り物劇が展開されている。ふと画面の端に見知った顔を見つける。幸太だ。正確に言うと変身後の幸太だ。昼の録画なので本人はすでに自室で宿題中だろうけど。

「うわ」

 危ないなぁ。と思いながら見ていると、スタジオにカメラが切り替わる。だよなぁ、最後まで映すと結構グロいしな。続く政治家の問題発言の話題を見ながら考える。もし自分が乞われたら手を貸すだろうか。


「ま、何もしないだろうな」


 異世界では力を持つものとして、力を振るってきた。望まれたものではあったが、それが非常に辛いものであったことを知っている。帰るに当たり、幸次は家族にのみその力を振るうことに決めている。正直、力を持っているからと言って当てにされるのは困るのだ。

 大きな力を目にした人々の欲望。それを手中に治めた者の傲慢。幸次の力は、周囲に要らぬ欲を生み出してしまうのだ。

「そんなキャラじゃないしな。美穂の肩こりと美衣のニキビ治すくらいでいいのさ」


「お父さんらしいね。それ」

 着替えから戻った美衣が冷凍庫からアイスクリームを取り出す。

「お父さんもいる?」

「うん、バニラな」

「はーい」


 幸次の隣にペタリと座り、アイスを食べだす。

「お父さんさ」

「うん?」

「魔法で割り箸綺麗に割れたりとかしないかなー?」

「ふむ。箸にカマイタチ……とかか。大げさだな。一方向に魔力を通してやればいけるかもな」

「そうじゃなくてさ、なんかこう、私に魔法かけてさ、いつでも綺麗に割れるとか。ないかな?」

「……無いな。あったらとっくに俺が使ってる」

「だよね。親子だもんね」

「……そうだな」


 利休箸を割るのにも苦労しがちな親子は、ため息をついてアイスクリームの摂取に戻った。

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