第8話  学校へ行く

「文化祭?」


 朝食をとりながら、幸次は向かいに座る美衣に聞き直した。

 ずずーっと、豆腐とわかめの味噌汁を啜って、うん、と返事を返す。


「美衣はなにやるんだ?」

「お化け屋敷のこんにゃく役と部のバンド演奏かな」

「ほう」

 シャケの身をほじりながら、考える。こんにゃく役。ぺとっ、ぎゃーってやつか。

 バンドは美衣が音楽教室でギターをやっていることは知っている。指先が角質化して固くなっているので治癒術を掛けたら、ものすごく怒られた。弦を抑えるのが痛いのだそうだ。なるほど。小学の高学年になってからはじめたというギターは中々の腕前なのだそうだ。小さい手でよくコードを抑えられるものだと思う。

 シャケをご飯にのせてぱくり。しみじみ旨いと思う。

「それって、家族が入ってもいいんだよな」


 美衣の、生卵をかきまぜる手がぴたりと止まる。

「お父さん、来るの」

「うん? うん。暇だしな」

 来てもいいんだけなー……周りになんて言うだろうなー

「いいけどさ、そのかっこで父ですとか言わないでよね」

 言いながら、卵をご飯にかける……醤油忘れた。父を見る。小さな顔に、薄い金色の背中まで伸びた髪。ちょっと吊り上がった、でも大きな目。中の瞳は吸い込まれそうな深い緑。こんなの絶対父とか言っても信じてくれないだろうなー

 ちょいちょいと醤油をかけてずるずる食べる。ご飯で程よく熱が通った卵がおいしい。


「あ、美穂も行くか? 来週の月曜日」

 美穂は梅干をつまんできゅっと目を瞑る。すっぱい。そしてしょっぱい。減塩ものにはないしょっぱさ。これぞご飯のおかずだと思う。今日は納豆に砂糖を入れるのを見るような事態にならない、平和な食卓だ。


「いいわね。お出かけ用に幸次のお洋服買いに行きましょう」


 幸次は、とっておいたシャケのお腹の部分をご飯にのせて、口に放り込む。この脂っこさがたまらない。思わず顔が緩む。


「……なんかしょっちゅう服買ってないか? 俺はいいけど」


 服飾費の大部分が自分に来ている気がする。そんな懸念を抱きつつ、シャケの皮をご飯にのせる。皮はご飯のフィナーレにふさわしいとしみじみ思う。皮は嫌いな人も多いみたいですね。


「だって、私の娯楽だしね」


 美穂は、お茶を茶碗に注ぐ。梅茶漬け、というわけだ。こちらも大団円である。


「……随分はっきり言ったな」


 さらさらとお茶漬けに取り組む美穂を半眼で見やりつつ、食後の茶を入れる。


「というわけで、2人で遊びに行くから」


「あー、はいはい勝手に来てくれていいよー」


「……邪険にしちゃだめだぞ」


 反応させるためにはどうしたらいいか。そんなことを考えながら、朝食を終えた。






「じゃ、受付お願いね」


「うん、美衣もお疲れ様ー」


 ふと、目を廊下の方に向けると、一人の男子が。

「あ、吉村くん」

 吉村君。入学当初から同じクラスのこの男子は、ちょっとおとなしい部類だが、吹奏楽を続けてきた音楽の技術と、本の趣味が妙に会うところが、どうにも美衣を惹きつけてやまないのである。いっちょ、ゲットしてもいいんじゃないかと思うくらいには。これまでは、父が行方不明であったこともあり、とてもそんな気になれなかったのだが。


「あ、佐藤さん。休憩?」

「うん、吉村君も?」

「今、休憩入ったところだよ」

「そっか、じゃあ一緒に見に行かない? その、一人で行くのもなんだしさ」

「え、ああ、そうだね。い、行こうか」


 よしっ、これからは普通に男子とも付き合ってもいいよね。と思いつつ廊下に出たとき、向こうからざわめきが聞こえてきた。


「外人?」

「かわいいー!」


 外人……

 外人顔で中身コテコテの日本人なら知ってるけどね。まさかねー、と思いつつ声がするほうをひょいと見る。

 嫌な予感は、次の一言で確信に変わった。


「美衣のお母さんじゃない? あの人。一緒にいる子誰?」


 ほんとに来たんだー……手、繋いじゃって、ラブラブですなぁ。見た目親子だけど!


「あ、お母さん。と、おと……」

「あ、お姉ちゃんー!!」

 満面の笑みを浮かべて駆け寄るお父さん。今日はショーパンに、ニーハイですか。

 ばふっ。

「げふっっっ!」

 抱き付く美少女(父)。この愛らしい態度は、異世界で得たスキルなのだろうか。


「え、この子、美衣の妹なの?」「わー! この子やっぱり地毛なんだぁ」「お名前なんていうの!?」


「あ、美衣おねえちゃんが、いつもお世話になってます! 妹のディアナです!」

 ぺこり。

 なんだこれ、なにこの可愛いの。周囲でも男女問わず歓声をあげている。

「お姉ちゃん」

 妹設定であるところの父(54)が話しかける。

「一緒に……いこ?」

 こてん。

 あっ小首を傾げるな。目とかウルウルさせるな。あまつさえ、両手を胸の あたりで組んでいる。あざとい。これがあざと可愛いってやつか! 父ぃぃぃぃぃ!!!!


 はあ、とため息をついて父の手をとる。

「吉村君、ごめん、妹と親を案内してくるよ。ごめんね」

と片手でゴメンのポーズ。

「うん、ああ、いいよ。あ、妹さんもはやく行きたがってるみたいだし、行ってらっしゃい」

と手を振る。


 そう言われて、ふと父を見る。睨んでいる。吉村君を。目で「やらんぞ」とか言ってそうである。母はニコニコ顔で「行きましょ、美衣」。母は意外と人の感情を読み取るのが下手である。恋愛経験が幸次しかいなかったからかもしれない。


 右手を美穂、左手を美衣に手を繋いでもらい、満面の笑みでその場を後にする幸次。居てもいなくても厄介なんだなぁ、と思う。


 その後、あちこち時間いっぱいまで連れまわされ、吉村君のアレコレを聞かれ、妹(父)のアレコレを聞かれた美衣だった。


 ほんと大変だった。

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