第7話 昼食の煩悶

 今日は朝から家族は全員出かけている。中高お仕事。


 今日は朝からいい天気だ。そろそろ昼時であり、私もそろそろ昼ご飯。平日の昼っていい感じですね。こう、時間がゆっくり流れていく感じとか。午後からの家事までのひとやすみ。

 昼はラーメンとかがいいと思うけど、美味しいラーメン屋は並ばないといけないしな……私は並ぶのが嫌いなのだ。時間をずらして出かけるという手もあるが、私の腹は掃除で動き回ってのっぴきならない状況になりつつある。なにかを入れねば。



 そんなときって、どういうのを食したいですかね?

 中華。いいですね。パラパラしたチャーハンを頬張る貴方は、午後もその炭水化物と脂分を糧に、エネルギッシュにハッスルしてモーレツにお仕事できるでしょう。あ、言い方古いですか。すみません、こう見えて古い人間なんです。もう40過ぎてるんです。


 回転寿司。素晴らしいです。カウンターに座るあのお寿司とは、別物だと信じて疑わないのですが、え? それは言うべきではないんでしょうか。鼻持ちならない? そうですか。カウンターのも1人前3000円くらいじゃないです? 頭に「高級」とか付かなければ。回転寿司。喉が渇いて一皿、プリンでお茶飲んでたことあります。私。お小遣いを減らされたとこがありまして。ええ、スーツからある種の名刺が入っているのを失念しまして。それが妻の逆鱗に触れてしまったのですよ。今どきこんなべたなことがあるかとお笑いでしょうが。世の男性は大いに注意されたい。明日はあなたの身。ええ、こう見えて私、男性だったんです。それなりにいろんな欲も持っていたんです。幸いにも一線を越えることはありませんでしたが。越えられなかったともいいますかね。ああ、お店のユキちゃん元気かなぁ。


 お蕎麦。あ、ちょっとNGかもしれません。今日はいい天気なんです。いい天気の日はあれなんです。紫外線。先ほども言いましたが、私ちょっと今女性でして、シミはあんまり作りたくないな。と。あ、晴れの日に蕎麦食べると、シミが出来やすいんですよね? 魔術で治せるのか実験したいところですが、妻にそれを言うと蛇が出てきそうな気がします。

 おなかがすいてきました。もう少し、がっつりした漢飯、ないですかね?


 ん、焼肉。焼肉! はい! それですね。肉と飯。焼肉屋っていっぱい部位、ありますよね。最初はどこにしますか。カルビ。程よい油がたまりませんね。年を取ると、若干きつくなるんですが、今はこんな感じなんです。全然いけますね。網はよーく暖めます。辛抱できない人は、温まる前にお肉を置いちゃいますが、なんかしょんぼりしますね。じゅーって言わないとね。じっくりと相手が温まってから、行為に及びます。って、焼肉の話してますが、私。お肉を載せたらにらめっこです。今の時代、スマホという焼き手を惑わす悪魔の道具があるのです。この四角い唾棄すべき輩は焼き手に様々な攻撃を仕掛けてきます。我々は片時も油断してはならない。ならないのです。メールに電話、SNSの更新通知。小説を読むサイトがあるとも聞き及んでおりますが、そのようなものに心を奪われていては、お肉様が網の上で大往生です。あ、往生って仏教用語らしいです。私、こう見えてこの世界には無い宗教団体のトップにいた人間です。聖女とか呼ばれていました。でも、昔も今も基本的に仏教徒、ということになっています。多くの日本人がそうであるように、ちゃんとクリスマスには、昔は今の妻と過ごすホテルの予約に精を出し、今は子供のプレゼントを乗り切ったりしますし、お正月の初詣は欠かせません。それらをこなしたうえでの聖女です。どんとこいっ。ともあれ、お肉が程よく焼けました。え? 今は、焼肉のお話ですよ? お盆とかいいんですよ。 タレをつけます。ちょんってつける人、たっぷりつける人、様々でしょう。お好きなだけつけなさい。私、そこにはこだわらないんです。程よく仕上がったお肉を口に運びます。あ、ご飯経由しますか? ごはんにちょんちょんっとしませんか。私するんです。娘にはおっさんくさいって言われるんですが。どこにおっさん臭さを感じるのかちょっとよくわかりません。ぱくり。タレの味と油の味が広がりますね。ひとかみ、ふたかみ。今度はお肉の味です。もぐもぐもぐ。ここでビールというのもいいでしょう。でも私、焼肉の時はご飯なんです。ほら、ここにご飯を投入してみましょう。ぱくり。嗚呼……この黄金の組み合わせ。太るのはわかっているんです。でも美味しいんだもん。無かった事にするサプリメントの存在にも頷けるってもんです。


 この一口が終わったころには、私も貴方も心の中は平和そのものであろうと思います。あ、焼きすぎちゃった粗忽者は知らん。この後はタンでもロースでも好きなものを好きなように食べればいいのです。ああ、もう私のお腹は焼肉腹です。



 そんなことを階段を降りて、リビングに入った幸次に目を疑うような光景が飛び込んできた。幸次の目は信じられないものを見たような様子で目を見開く。体の震えが止まらない。


「……何故、今日に限って……」


 テーブルの上。


『お昼ご飯作っておきました。チンして食べてね。美穂』


 ニシンの焼き魚とほうれん草のおひたし、ひじきの煮つけ。鉄分多め。幸次の体を気遣ったものであろう献立だ。



 幸次はいろんな意味で泣きたくなる心を抑えつつ、ありがたく用意されたそれらをモソモソと食した。ニシンのタマゴってうまいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る