第6話 呑みに行く

「やるなぁ」


「いや、課長と比べたらまだまだっすかねー」



 がやがやと程よい喧騒に包まれる少々煙い店内。幸次は馴染みの居酒屋に居た。流石に、ここの主人に正体を明かすことはないが、それでも帰還後は妻と数回通い、豪快に呑む姿を見てからは、ここは幸次ではなくディアーナとしても常連と認識されつつあった。


「はい、ディアちゃん、シンカメお待ち! サービスしといたよ!」


 ありがとうと返し、こぼれそうなコップに顔を近づけ、小さな口でちゅるっと啜る。口から迎えに行く、というやつだ。


「呑みっぷり相変わらずっスね、課長。あ、じぃさんー! 俺もおんなじの頼むわ」


 かつての部下から連絡があったのはつい先ほど。幸次に線香をあげに来るという松村について、対応を相談してきた美穂に代わって、電話に出た幸次に、最初はおなり驚いていたが、実際会って話を聞きたいから馴染みの居酒屋で待つ。課長ならわかるでしょ? と、謎かけのような誘いを受けて、やってきたというわけだ。


 唐揚げ、マグロヌタ、鳥ワサ、ツクネ・砂肝・カシラ、と2人で飲んでいたときの「いつもの」メニューを澱みなく注文する幸次を見て、「マジで課長かよ……」と呟いた後は、いつもの調子で飲み始めた。若干部下の目が潤んでいるのは見なかったことにした。


 松村健二、37歳。幸次が勤めていた会社の元部下。若手と飲みに行くのが好きであった幸次と気が合い、この空間だけは上司と部下ではなく、飲み友達として気楽に接していた。

 激論も交わしたこともある。柿ピーにおける1口当たりの柿の種とピーナツの比率とか。あの時は5:1を主張する幸次と、3:1を主張する松村の激論が店内をドン引きさせ、閉店に伴う主人による判定で、松村の比率が勝利(?)した。理由は、5:1ではピーナツが無くなるのではないか、というものであった。検証するなどという、野暮なことはしない。大体は次の日どんな言い合いをしたのか忘れているのであったが。


「いやー、5年間、大変だったんすよ! 会社の連中と飲みに行くと仕事の話するし」


 2人で飲むときは、仕事の話は自然と控えるようになっていた。流石に今日は会社の状況も肴になるのであるが。


「松村もそろそろ昇進くるんじゃないか? 5年で3プロジェクトも受け持ってたら」


「うあー、まだそんな気配ないっすねー、もう少し現場にも居たいですね」


「そうだな。そんなところも俺に似たか」


 マグロと浅葱のヌタをパクリ。受け皿にこぼれた酒をコップに戻してごくり。思わず目が細くなる。

 そんな幸せそうな笑みを零す幸次の様子に思わず見とれた松村が、咳払いをして自分も酒を啜る。


「あ、やっぱ食べ方ちょっと変わりましたかね。口小さいからです?」


「ああ、それもあるがな。以前のような食い方だと、口いっぱいに頬張ることになってしまってな。見た目がリスみたいになっちまうんだな。これが」


 こんなだぞ、と頬を膨らませる。その様子に松村は思わず吹き出す。


「あはは、そりゃあれっすよ。癒し系。リスっぽいっす」


「リス」


「リス、ですねぇ」


「リスといえば」


「うん?」


「どんぐりとかクルミとか食べますよね」


「クルミ、か」


「はい、クルミ、です」


「ミックスナッツにたまに紛れてて邪魔だよな。あれ」


「え、え、え???えええ!? 課長ともあろうお方が、アレの良さをご存じない。偶に出会う幸運、柔らく香ばしいクルミはミックスナッツの癒しじゃないですか」


……そうか、今日はクルミか。受けて立とうじゃないか。


 関係が変わらないことを確認し合い、いつもの遊びに入っていく2人。距離感も発想のくだらなさも以前と変わらず、徐々に熱くなっていく遊びに没頭していく。



 閉店準備を終えた主人に、引き分けを宣言され、追い出されるところも、以前と全く変わらないのだった。

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