第16話

 男たちは操られてただ斬られるためだけに突き進んでくる。その姿が哀れでならない。元に戻せないと分かったのなら、せめて苦しまないよう狩るだけだった。

 唇を噛みしめて、一度目を伏せる。再び開いたときには覚悟を決めた。


 エセルバートが迷っている間に、リーヴァイに詰め寄っていたアンデットの首を刎ねる。同情は消えないけれど、このまま一方的にやられるわけにはいかない。

 ここからは黒騎士二人の独壇場だった。弱点の首を切り落としながら、次々と剣を振るう。リーヴァイは流れるように動き、身体能力の高いエセルバートは彼をサポートするように迫る敵を屠る。


 あっという間に、盗賊たちは地に倒れ伏す。

 城の中だというのに、二人の周囲には切られたアンデットで溢れていた。

 迷いがまだ残っていたのかもしれない。すべてを倒したと思っていたけれど、僅かに傷が浅かった一体のアンデットが、リーヴァイの背中に向けてナイフを投げた。


 それに気づいたのは、リーヴァイの横にいたエセルバートだった。リーヴァイからは死角だったことで、彼は気づくのが遅れた。


「レヴィ!」


 青年の痛切な声とほぼ同時に、リーヴァイの背中からナイフが刺さる。腹から刃が見えるほど、深く突き刺さっていた。

 ごふりと口から血を吐くと、男は床に倒れる。


「れ、レヴィさ……」


 細かく震える手を伸ばして、倒れた男の側に座り込む。

 呆然としているエセルバートの耳に、高く笑う魔女の声が聞こえる。嬉しくて仕方なく、これ以上に喜ばしいことはないと笑い続ける。


「やったわ! これでこの男は死ぬ! 役に立たないアンデットだったけど、最後にいい仕事をしたわ」


 右手の人差し指を立てて、くるりと一周回すと、ナイフを投げたアンデットの首が、自然には曲がるはずがない方向に曲がる。

 歪な音とともに首が落ちると、骸骨と魔女、そしてエセルバート意外に動けるものはいなくなった。


「エセル様、その男が死んだら、また私と遊んでくださいませ」


 上品にしか見えないのに、不気味な笑みを魔女は浮かべる。目だけが異様に光り、エセルバートを見ている。


「また会いましょう」


 そう言い残すと、地面の影が広がり、骸骨騎士スケルトン・ナイトと魔女を飲み込んで消えた。


「レヴィさん……」


 たった一人残されたエセルバートは、ただ愛しい人の名前を呼び続けた。


「ぐ、う……っ」


 放心していた青年の耳に、リーヴァイの呻く声が聞こえる。意識が戻ったのではないと期待したけれど、すぐにそうではないと分かる。がっくりと肩から力が抜けた。


 しかし、このままにしておけば必ず死が待っている。放置しておくわけにはいかない。

 ナイフを見て迷ったものの、抜くと大出血を起こす可能性があったため、プロの医師に任せることにした。


 ゆっくりと同じくらいの体格のリーヴァイを背中に担いだ。なるべく揺らさないように歩き、城内の医務室に向かう。

 扉を叩いて開くと、驚きで一瞬身体が硬直した。


「皆、ここにいたのか」


 黒騎士の第二隊のすべてと、医師が一人、その助手数人が医務室にいた。


「隊長!」


 エセルバートの背中にいるリーヴァイに気づいた黒騎士たちが驚きの声を上げる。


「待て、先に運ばせてくれ」


 近寄ってくる騎士たちを制止して、医師の側にあるベッドまで運んだ。


「これは……」


 リーヴァイの状態を見て、医者は絶句した。


「危ない状態だとは分かっているが、よろしく頼む」

「ええ、できる限りのことはします」


 医師の処置が始まっても、エセルバートと、黒騎士たちは部屋から動かなかった。ただ隊長であるリーヴァイの傷がよくなることを願うのみだ。

 ナイフを抜くときが一番ひやひやしたものの、処置が終わると容体は安定したように見えた。


「これだけの傷で、まだ生きていることが嘘みたいだ。ぎりぎり動脈を傷つけないですんだみたいだが、すごい生命力だ」


 医師は最後にそう言って医務室を出て行った。

 シャツとズボンだけの姿になったリーヴァイがベッドに横になっていた。シャツの前は開いていて、腹に巻かれた血のにじむ包帯が痛々しい。


 黒騎士たちから報告を聞いたのだが、隊長でも、副官でもないエセルバートは、ただ唸るしかない。

 リーヴァイから聞いていた話と、新しい情報が、頭を悩ませていた。


 現状は、偽の竜血を飲んだ者たちが、アルマに操られて街を攻撃している。そして、エセルバートたちがアルマに襲われている間に城門が破られてしまったため、魔女たちの力を借りて結界を張っているとのことだった。


 第二隊がここに待機していたのは、魔女が結界を張ったからである。魔女の結界は外からの侵入を阻むけれど、中からも出ることができなくなる。魔女に結界を一時的に解除してもらわないと、騎士たちは外に出ようにも出られないのだ。


 魔女は交代で結界を張っているらしい。交代する一瞬の間しか外に出る機会はない。

 何人の魔女が国に属しているのかは分からないけれど、それほど多くはない。結界を維持するだけで手いっぱいになっているはずだ。


 騎士たちは黒騎士以外総出で事態の収拾に当たっている。特に診療所の被害が大きいようだ。

 廃人のようになっていた人たちを率先して受け入れていたのだ。結果的に最も被害が出てしまった。


 負傷者を手当てするためにも診療所と医師は必要だ。率先して騎士たちを送ったと聞いている。

 エセルバートが今なすことは何かと考えていても、視界にリーヴァイが入ってしまうと、考えに集中できない。

 だからといって、見えないところへ行くと不安になって何もできなくなってしまう。


「エセルバートはここに残って隊長の護衛をしてくれ」


 一人の黒騎士が提案した。

 すると、一人、また一人と同意する声が上がった。


「アルマさんが魔女だったって話はショックだったけど、また狙われるかもしれないんだろ。それならここにいた方がいい」

「……だが」


 自身だけ安全圏にいることに引け目を感じてしまう。


「気にするな。それに隊長の側にはお前がいた方がいいと思う」

「せっかくいい仲になってきたんだし」


 どうやらリーヴァイとのことは第二隊の連中には知られていたようだ。今が非常時でなければ赤面してしまっただろう。


「……分かった」


 仲間の好意に甘えて、今はリーヴァイの側にいることに決める。その間に何か解決の糸口を見つけなければならない。

 これからの計画を練ると、黒騎士たちはエセルバートの肩を叩いて医務室を出て行った。


 今まで、あまり仲がいい方だとは思っていなかったけれど、ともに任務に就き、訓練を積んできた仲間だ。言葉がなくても通じるものはあるのだ。

 仲間の存在がとてもありがたかった。


 この部屋にいるのは、リーヴァイとエセルバートだけになる。

 リーヴァイが眠るベッドの側で椅子に座ると、緊張の糸が切れたかのように、手で顔を覆う。

 肺に溜まっていた膿を吐き出すように、深く長い息を吐いた。


 アルマのことを思い出す。

 たまにしか話したことはなかったけれど、妹と接しているような気持ちになっていたことは否めない。


 エセルバートも男だから、たまにドキリとすることもあった。それでも恋愛感情に結びつかなかったのは、エマに似た気配が感じ取れたからだ。


 もしかすると、それが魔女特有の気配なのかもしれない。

 今まで出会った魔女は、ここ数か月で三人に上る。三人とも女性だったこともあり、似た空気を感じてはいたのだ。


 アルマが何の目的で城に現れ、街に偽の竜血を流したのかは分からない。

 また会おうと魔女はエセルバートに言っていた。狙いはエセルバートなのかもしれない。


 そうならば、エセルバートが動かなければ、事態は好転しない可能性がある。

 解決するには彼女を説得するか、または討伐するしか思い付かない。あとは直接会って話を聞くしかない。


 臨機応変に、事態を乗り越えることが要求される。自分にそんなことができるだろうか。

 疑問が浮かんだけれど頭を振る。

 魔女たちに対する国の方針を改善するためには、なさないといけない。最も重視すべきものを忘れてはならない。


 それでも、苦しげに胸を上下させるリーヴァイを見ていると、すべてが吹き飛んでしまいそうになる。

 彼が逝ってしまったらどうすればいいのだろう。初めての恋だが、既に彼がいなければ生きていける自信がなかった。


 このまま意識が戻らないこともあるかもしれない。

 今まで気を張り詰めて我慢していたものが決壊しそうになる。


 どんなに強がっていも、エセルバートは一人の人間でしかなく、大切な誰かを失いそうになれば悲しくもなる。

 視界が滲んで、目に映るものが歪んでいく。泣いては駄目だと、天井を仰いで何度も瞬く。


 明日までに事態は収束しそうにない。夜が明ければ、次こそはエセルバートも他の黒騎士とともに街へ出るつもりだ。


 すべて仲間たちに任せていては男としての矜持が許さない。

 愛する人の側にいたいけれど、それだけでは何も解決しないのだ。


 ぐっと唇を噛みしめて、決意を固める。

 外は、徐々に茜色に染まり始めていた。

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