第13話

 騎士の仕事は警備や護衛が大半を占めている。


 中でも黒騎士隊は、魔女に対抗できる唯一の人間が集まっている。彼らは魔女が関係する事件や、討伐、保護以外ではほとんど仕事がない。

 人間だと思われていない魔女を相手にするには、常に肉体を鍛えておかねばならないからだ。


 それでも、どうしても空き時間はできてしまうものだ。

 だから一般の騎士に交じり、貴族の護衛や城の見回りなどをすることもある。


 今日は第二隊が城の騎士と交じって城の見回りをしていた。

 一個隊をさらに班で分けて行動していたため、エセルバートはリーヴァイと別行動をしていた。


 現在は昼食の時間である。今までともに食べることはあまりなかったが、最近はどちらからともなく相手に声をかけていた。


 休憩になってからリーヴァイを探しているわけだが、いそうな場所に姿がない。

 目星がつく場所はほとんど確認してしまい、エセルバートは途方に暮れた。


 その場に立ち尽くして唸っていると、男女の会話が耳に入る。楽しそうに交わされる声が聞き慣れたものだと気づくと、行動は速かった。


 廊下を突き進み、角を曲がると目的の二人がいた。けれど、エセルバートは最初の目的を忘れてその場で足を止めてしまう。


 予想通りアルマとリーヴァイがいたのだが、なぜか二人が抱き合っていた。

 どういうことなのか、様々な状況を考えてみても分からない。


 アルマが頬を染めて慌ててリーヴァイから離れた。俯く彼女に微笑む男は大切なものを見守る目をしていた。

 どこまでも深く、凪いだ眼差しだった。


 その感情がどういったものか、何となく分かっていた。

 アルマは豊満な体つきをしていて、瞳も大きく、庇護欲をそそる。どこか放っておけない彼女を見る周囲の目は、一部を除いて大半が欲望に満ちたものだ。

 その一部に該当するのが、小動物を見ているかのように、いじらしいと思う人間のことである。


 おそらく、リーヴァイはそちらに入る。妹を見ている気分なのではないだろうか。

 しかし、そこまで理解していても、やはり面白い気分にはならない。


 公にしていなくても、リーヴァイはエセルバートの恋人である。仮がついても恋人なのである。

 自身の狭い心に呆れと羞恥を感じて、二人がいなくなるまで、足に根が生えたように動けなかった。


 それ以降、エセルバートは感情に蓋をして、リーヴァイと接するようになった。

 初めのうちは上手く誤魔化せていた。しかし、スキンシップを図ろうとする彼の手を見るのがつらい。

 色めいた感情がなくても、他の女性に触れた手で自分に触れてほしくなかったのだ。


 ぎこちない反応を示すエセルバートに、リーヴァイも何か感じるところがあったのだろう。何度か何かあったのかと問われた。

 しかし、はっきりと答えないエセルバートにやきもきしているのか、最近は二人でいてもあまり機嫌がよくない。


 今までなら、こんなことで気を揉むようなことはなかった。恋人になると、相手の行動一つで一喜一憂することもあるのだなと、ぼんやりと考えていた。


 このままでは関係が破綻してしまう。まだ仮の交際を始めて間もないというのに、そんな心配までしなくてはならなくなった。


 最初突き放したのはエセルバートだ。先に謝るのは自身だと理解していても、あのときのリーヴァイとアルマが抱き合う姿が目に焼き付いて、なかなか行動に移せないのだ。


 ぎすぎすした空気が横たわったまま、王都の巡回もしている。

 流れる空気はいいものではないけれど、逆にこの緊張感が周囲への警戒に繋がっていた。


 前方で周囲を頻りに見回す少女にもすぐ気づいた。慌てた様子で、道行く人に声をかけようとしてやめている。


 もしかして道に迷ったのだろうか。

 エセルバートが行動するよりも早く、リーヴァイが動いた。


「お嬢さん、迷子か?」


 隣にいたときの不機嫌顔が嘘のように消えている。少女を警戒させないためだとしても、胃が熱を持つような怒りを感じた。


 リーヴァイは地図を取り出した少女に道を教えている。たったそれだけなのに、胸の中で不平が溢れる。


 苛々するのを抑えようと、眉間を揉んでいたけれど気はまぎれない。


 少女が何度も頭を下げながら去って行くのを見送ると、彼の表情が抜け落ちて無になるのを見てしまった。

 それほど少女との会話が楽しかったのだろうか。エセルバートの元に戻るのが不満なのだろうか。


 そこで何かがふつりと切れる音が聞こえた気がした。

 早足で男のもとへ行き、肩を叩いてこちらを振り向かせる。


「エセル? どうした?」


 困惑しているリーヴァイのことは無視して、その靴を思い切り踏みつける。


「い……っ!?」

「女相手にでれでれしてんじゃねーよ」


 ぞっとするほど低く、怒りに満ちた声が喉の奥から出た。

 腹に溜まった怒りで、鬼のような形相になっていた。けれどすぐに馬鹿らしくなってきて体から力が抜ける。


 感情のままに行動して、リーヴァイに嫌われたかもしれない。そう思うと、先程の勢いが急に萎んでしまう。眉尻を下げて地面に視線を落とした。


 いつの間にか市場の端まできていたことに気づく。巡回はもう終えても構わないはずだ。


「先に戻る」


 逃げ出したい気持ちに襲われて、リーヴァイに背中を向けて走り出した。


「エセル!」


 こんなに精神が不安定では、赤い瞳を真っすぐに見返すことはできそうにない。


 しばらく走っていると、背後から追ってきたリーヴァイに腕を掴まれた。その勢いのまま狭い路地に連れ込まれてしまう。


 対面して立つと背中に壁が当たる。正面から見据える赤い瞳に怒りはなく、ただエセルバートを案じているようだった。


「お前、ずっとこんな調子だろ。何があったんだ?」

「レヴィさん、怒ってたんじゃ?」

「怒ってねーよ。ただ情けなかっただけだ。お前が不安定になってるのに気づいていたのに、何もできない自分に腹が立って仕方なかった」


 勝手に嫉妬して、感情に任せて行動していたのに、リーヴァイはエセルバートに対して怒りを感じていたわけではなかったのだ。


「あんたはお人好しすぎる」


 男の腕を掴むと、そのまま肩に額を押し付ける。


「なんであんたみたいな人が俺を好きなんだろうな」


 狭量な男でしかないエセルバートに対して、どこまでも深い愛情を持って接してくれる。自分には不釣り合いだ。

 それでも、感情が彼を手放したくないと叫んでいる。


 襟元をつかんで顔を近づけるとリーヴァイの唇に己のものを押し付けた。柔らかい感触が唇を伝わり、胸にじんわりと温かな感情が広がる。


 すぐに離したけれど、リーヴァイは驚愕で動かない。

 そういえば、生まれて初めてキスをしたのだと今更思い出した。


 唇が触れそうで触れない距離を保ったまま、まっすぐに熱のこもる目で瞳を覗き込む。


 今になってようやく、胸の中にある感情を認めることができた。長く秘めていた気もするけれど、今なら声に出してはっきりと言える。


「俺、あんたのことが好きみたいだ」

「……っ! いつからだ?」


 放心したようにこちらを見ているリーヴァイは、なんだか間抜けでおかしい。

 苦笑して、記憶の棚をひっくり返すけれど、これといってはっきりとした瞬間はなかった。


「いつからかは分からない。今気づいたばかりだし。たぶん、アルマに嫉妬した時点で、そうだったんだろうな」

「それいつだ?」

「あ……えーと……」


 教えるつもりがなかったことだけれど、声に出てしまった。渋々説明するとリーヴァイの口元に嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


「そんな顔をするから、言いたくなかったんだ」

「悪い。あれはアルマが躓いたから支えただけだ」

「そうだとは思っていた」

「そうか、妬いてたのか。だから最近様子がおかしかったのか」


 ややこしくなってしまったのは、エセルバートの感情が暴走してしまったからだ。


「……その節は悪かったと思ってますよ」

「いや、勘違いさせた俺も悪かった」


 互いに頭を下げる頃になると、気まずい空気はいつの間にか消えていた。


「敬語に戻ってるけど、普通に話してる方がいいな」

「え」


 どうやら感情に任せて話していたことで、敬語が外れていたらしい。

 無意識にしていたことだけれど、リーヴァイが言うのなら二人きりのときはやめようと決める。


「もう仮はつけなくていいってことだよな」

「……そうだな」


 リーヴァイの手が襟元を掴むエセルバートの手を握る。その手を引っ張られて、つんのめくようにしてリーヴァイの胸に飛び込んだ。

 服越しではあったけれど、互いに早い心音に気づく。


「これからよろしくな、エセル」

「ああ」


 急に照れ臭くなって素っ気なく返しても、リーヴァイは嬉しそうにしている。


 これからも、似たようなことで二人の関係がぎくしゃくするときもあるはずだ。それでも彼が相手ならば、何とかなりそうな気がした。

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