第11話
現在、エセルバートは待ちぼうけを食らっていた。
少し離れたところではリーヴァイが街の人と話していた。
おかしなことが起こっていないか聞いているのだ。
若い男二人で声をかけるのは目立つからと、エセルバートは少し距離を開けている。
エセルバートはぼんやりしているように見えて、黄金の瞳は鷹のように周囲を窺っていた。
マリオンの言葉で、背筋に一本芯が通った気分になっていた。今まではかなり気が緩んでいたのだと改めて思う。
「あれ、エセル? リーヴァイさんはいないの?」
エマが近づいてきていたのは、視界の隅で見ていたので知っていた。けれど、双子の妹は気づかれていないと思っていたのか、こっそりと背後から声をかけてくる。
「レヴィさんは不審者を見てないか聞き込みをしてる」
静かに振り返るエセルバートを見て、エマは面白くなさそうに頬を膨らませた。けれど、すぐに彼の様子がいつもと違うのだと気づく。
「少し、ピリピリしてる?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……見て分かるのか。気を付けないといけないな」
エマが見ても普段と違うと分かるようでは、周囲に不審に思われてしまう。
眉間の皺を揉みながら、深呼吸をする。
「少し気を引き締めようと思っただけなんだ。何かあったわけじゃない」
「そうなの?」
エマは少し考える素振りを見せたあと、いいことでも思いついたのか、明るい表情で見上げてくる。
「ねえ、エセル。この前は聞きそびれたんだけど、好きな人はできた?」
突然の話題に、青年の身体が不自然な形で硬直した。しかし、反射的に脳裏で浮かんだ人物に驚き、さらに動揺することになる。
なぜ、リーヴァイの姿が浮かぶのだろう。相手は男であり、ただの上司としか思っていない人物だ。
「なんでそんなことを聞くんだ?」
頬を引きつらせながらも、冷静に妹に問う。
「早くそういう人を見つけてほしいからだけど、どうかしたの?」
特に深い意味はなかったようだ。おそらく、エセルバートがこれから体の関係を持つかもしれない男が誰なのか、探りを入れたのだろう。
「誰を思い浮かべたの?」
「驚いただけで、浮かべてはいないんだが……」
まさか隊長のリーヴァイを思い浮かべたと言うわけにはいかず、咄嗟に誤魔化した。
なぜリーヴァイが浮かんだのだろう。今が仕事中だから、相棒である彼が浮かんだだけかもしれない。
動揺する必要はないのだと、自分自身に言い聞かせた。
「何の話をしてるんだ?」
話が終わったのか、上司が戻って来た。
エセルバートは声に驚いて身体が大きく揺れてしまう。仕事中だというのに、リーヴァイの存在をすっかり忘れていた。
エマとあいさつを交わす男を見ながら、がなり立てる心臓を落ち着かせる。
忘れていたエセルバートが悪いのだが、思い浮かべていた人物であるだけに、心臓にかなり悪い。
「恋バナしてたの」
「え」
なぜか、リーヴァイが地面に足がくっついたように動きを止めた。
「……どうしました?」
困惑して上司に声をかけると、ねじが切れた人形のようにぎくしゃくと体を動かした。
「なんでもない」
声も抑揚がなく、何でもないように見えない。
首を傾げていると、エマが楽しそうににまにまと微笑んでいた。
「見ている私が気づくのに、なんで本人たちはこうなのかな? 私は楽しいからいいけどね」
独り言を漏らすと、エマはスキップしそうな勢いで去って行った。
普段ならかわいい妹に悪感情は持つことはない。今もそういうものは浮かんでいないけれど、嵐が急にやってきて、急ぎ足で去って行ったようだと思ってしまった。
その後、仕事を再開したリーヴァイとエセルバートだが、なぜかおかしな沈黙が続いている。話しかけてもいいのだが、微妙な空気を感じるのだ。
おそらくリーヴァイが感情を波立たせている。それが外に駄々もれになるくらい、動揺しているのだろう。
どうすれば、このまどろっこしい空気を払拭できるだろうか。唸るようにして考えていると、灰髪の男がようやく口を開いた。
「いるのか、好きなやつ」
「はへ……?」
思考を深く飛ばしていたエセルバートは、驚いて変な声が口から漏れてしまう。
エマとの会話の続きだと気づくと、首を横に振った。
「いえ、今のところいません」
「……そうか」
寂しそうに赤い瞳を伏せると、哀愁漂う溜め息を深く吐いた。
いるか、いないかの問題ではないのだろうか。
そんな単純なことしか考えていなかったエセルバートは、意外な反応をされて戸惑う。
エマとの会話と、リーヴァイの様子から想像を膨らませても、乏しい情報では答えが見つかりそうにない。
恋愛の話をしていただけなのに、なぜここまでこの上司が落ち込むのか理解できなかった。
考え続けるには自身がこの手の話題に疎いことに気づいて、意味もなく腹が立ってきた。
そんな辛気臭い顔をされても、こちらにはまったく心当たりがないのだ。なぜここまで真剣に悩まなくてはいけないのか。
「一体何ですか? 俺の好きな人なんてどうでもいいでしょうに……。それなら、レヴィさんには好きな人がいるんですか?」
苛々する感情のまま一気に語り終え、不機嫌で鋭く光る金の瞳をリーヴァイに向ける。
リーヴァイから向けられる赤い瞳を好戦的な思いで受け止めるようとする。しかし、彼の熱い炎のように燃える瞳にびくりと体が震えた。
留めることができないほどの強い感情を秘めていて、目線が外せない。
リーヴァイは形のいい眉根を寄せて苦しそうに顔を歪めた。
「ああ、いるさ。相手はまるで俺の気持ちに気づいてないけどな」
リーヴァイの真剣な瞳はその思い人への感情を発露させたからなのだと理解した。
けれど、あまりにもエセルバートのことを熱心に見すぎていないだろうか。
居心地が悪くて、この空気から逃れたくなる。
「俺に向けても仕方ないでしょうに……。まさか俺が好きとか言わないでしょう……ね」
言葉の最後が尻すぼみになってしまった。
驚きで見開かれたエセルバートの目の前で、鮮やかに男の変化が見て取れた。
普段は飄々としていて、感情を表に出すことが少ない男が、顔を真っ赤にして視線を逸らした。
この反応を見てしまうと、さすがに鈍いエセルバートでも気づいてしまう。
「ええええ……っ」
口から出た声は力なく響き、情けないものだった。
どうすればいいのだろうか。
はっきりと告白されたわけではない。うっかりエセルバートが漏らした言葉で、リーヴァイの気持ちを知ってしまっただけである。
慣れない感情に踊らされるように、二人の空気はぎこちないものに変わっていた。
それは一日や二日で消えるものではなく、気づけば一週間まともに会話ができていなかった。
こちらがはっきりと拒絶すればいいだけなのだが、相手は職場の上司である。彼が仕事に私情を持ち込むことはないと分かっている。
それでも、今まで築いてきた人間関係に響いてしまうだろう。
そんなことを考えて、エセルバートは頭を振る。それは建前でしかなく、リーヴァイの小さな気遣いや、戯言のような言い合いをした日々を失いたくないのだ。
贅沢だと理解していても、手放すことが惜しい。まるで依存症のようだ。
エセルバートが今の状況を変えようと動けない中で、リーヴァイが先に動いた。
その日の職務がすべて終わった後、リーヴァイに声をかけられた。
「話があるんだ。やっぱり、きちんと言葉にしておかないと、落ち着かねー」
自分の口から語る前に、隠しておきたかった感情を知られたのだ。気持ちがすっきりしないのも頷ける。
寮には戻らず、そのまま王都の公園へと向かう。
一言も口を開かないリーヴァイは緊張しているのか、後ろから見ても分かるくらい、握る拳が白くなっている。
返事をしなくてはならないエセルバートも、覚悟を決めなくてはいけない。
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