第2話

「エセルはイケメンだし、女にモテそうなんだが」


 リーヴァイはよくエセルバートをイケメンだ、美形だと形容する。本気で思っているのかは定かではないが、言っている本人が野性味の滲む色男なのだから、あまり本気にはできない。


 少し癖毛の灰色の髪と、鋭い眼光を放つ赤い瞳は、一度見たら忘れられないくらい強い引力を持っている。

 洗練された野生の獣のような美しさは、獰猛な笑みを浮かべるとさらに磨きがかかる。


 爵位はそれほど高くはないが、リーヴァイは貴族の出である。だらしがない性格が原因で、親には期待されていないと本人は言っている。次男ということもあり、かなり自由に過ごしているようだ。

 身分と顔の良さから、女が後を絶たない。


 エセルバートも貴族のように整った容貌をしている。けれど、彼は平民の出である。

 出自が平民であっても、この国の制度は寛容で、実力があれば騎士や文官を目指すことができる。


 そして、特異体質を持つ黒騎士はかなり優遇される。

 トルニア国は国に有益になるならば魔女を保護し、害になるのなら排除する方針である。


 諸外国では保護と銘打って魔女を管理している国もある。しかし、魔法を使える魔女を国のために動かすのは、かなり難しいのが現実だ。

 トルニアで保護された魔女が、片手の指の数より少ないことがいい証拠である。


 黒騎士隊は、そんな魔女たちを守り、有害な魔女はと征伐するのが職務である。

 守る必要もあるのだと理解している国民は、どれくらいいるのか分からない。それだけ、魔女たちは危険視されている。


 異質な能力を持っていればそれを恐れ、排除しようとするのは人のさがなのだろう。

 エセルバートは実際に本物の魔女に出会ったことはなく、彼らのことをどう判断するかは、まだ決めかねていた。


「お前がここにいるってことは、事務所に用があるんだろ?」

「……あんたのせいで呼ばれてるんですよ」


 笑い飛ばすこの男には、どんな嫌味を言っても通じない。

 副隊長ではない一介の黒騎士が事務所に呼ばれることは珍しい。だがリーヴァイと一括りにされているせいで、エセルバートにはよくあることだった。


「早く副官を選んでくださいよ」

「選んだら選んだで、いろいろと面倒だからな」


 のらりくらりと言い訳をしていても、選ぶ気などさらさらないことは理解している。


「なんで選ばないんですか?」

「そりゃ、自由に遊べなくなるだろ」


 どうしようもない理由でエセルバートに負担をかけていることを、この男はきちんと分かっているのだろうか。

 くだらない話をしながら、城内の端に位置している黒騎士隊の事務所へと着く。


 中では事務を担当する職員と、黒騎士隊の総隊長が待っていた。

 執務机に座っている総隊長は、二人に気づくと手招きをする。


「おはようございます」

「今回も時間通りだな。エセルがいてくれて助かる」


 エセルバードが黒騎士になってから、優柔不断のリーヴァイが彼を構うようになり、今までの態度が大分ましになったというのがもっぱらの噂である。

 エセルバートは野生動物の調教師ではないのに、たまにそう揶揄されることがある。気に食わない上司を持つと、気苦労が絶えない。


「それで、話とは?」


 いくらリーヴァイがいい加減な男であったとしても、総隊長の前では多少ましな態度になる。

 それだけはありがたかった。


「竜血というものを知っているか」

「……魔女が魔女を増やすために必要なものですよね」


 幻の存在と言われる竜の血液はとても貴重で、飲むと不老不死になる、不治の病が治るなど、様々な噂が流れている。

 実際に知られている効能は、魔女が魔女を増やすために必要なものだということだけである。それを知っているのは国の上層部や、騎士団の人間くらいだ。


「ああ。それが街中で出回っているらしい」

「あんな貴重なものがどうして」


 リーヴァイの呟きにエセルバートも頷く。

 竜自体どこに存在しているのか分からないのだ。街に出ている竜血が偽物である可能性の方が高かった。


 しかし竜血の噂を知っていれば誰でも欲しがるはずだ。何を目的に売っているのかは分からないが、おそらく裏がある。


「竜血の効果を知っているのは一部の人間だけだし、取り締まろうと思っても難しくてな。それにもし魔女が関わっていたとしたら普通の人間に任せられない。だから、黒騎士隊第二隊に頼みたい」

「分かりました」


 断ることを考える必要はない。それはリーヴァイも同じだったらしく、了承した。

 その後訓練場で黒騎士を集め、事情を説明する。


「今回は魔女が関わっている可能性がある。二人一組で行動するようにしてくれ」


 隊長らしく指示を出すリーヴァイは、普段の形は潜めて、真剣に部下たちに話していた。


 第二隊ではリーヴァイがいい加減であっても、やるときにはやる男であると周知されているため、上司としては慕われている。

 厳しく、堅苦しいところがない分、とっつきやすく、親しみがあると皆感じているようだ。


 それは理解できるけれど、物事には限度がある。リーヴァイはその限度を超えているとエセルバートは考えていた。


「エセルは俺と組めよ」

「え……」


 ぼんやりとしていたことが分かったのだろうか。リーヴァイは口角を上げてほくそ笑んでいる。

 反論しようとしてもぼうっとしていた自分が悪い。仕方なく頷いて了承した。


 巡回する時間と順番を決めた後、黒騎士たちは解散する。

 エセルバートとリーヴァイが巡回をするのは明日からである。

 本日は残りの時間を訓練に当てて過ごした。


 翌日。

 まだ朝早い早朝の時刻から二人は街へとやって来た。

 騎士の装いは目立つため、平民の服を着ている。


 エセルバートが着ている服は、動きやすく、普段着ているものとあまり変わらない。

 貴族であるリーヴァイがどんな格好で来るのか不安ではあったものの、待ち合わせ場所に現れた彼の姿はありふれたものだった。


 沈黙してリーヴァイを見ていると、彼は獰猛な笑みを浮かべる。


「なんだ、見惚れたのか?」

「いえ、リーヴァイさんの感覚がまともだと分かって安心したんです」

「かわいくねーな」

「誉め言葉として受け取っておきます」


 上司に嫌そうな視線を向けられても、痛くもかゆくもないくらいには、普段から鍛えられている。

 市場へと着くと気持ちを切り替える。


「話だと市場で売られているらしい」


 総隊長から得た情報を元に、市場で買い物する客を装って露店を覗き、たまに聞き込みをした。


 活気づき、あちこちから客を呼ぶ声が聞こえる。珍しい果物や、安い野菜だけではなく、武器や防具まで売りに出されている。

 たまに見かける掘り出し物は、騎士から見ても素晴らしいもので、つい目が釘付けになってしまう。


「市場も面白いですね」

「あまり来ないからな。朝飯まだだろ。何か食べるか?」

「……仕事中ですけど」

「食ってる方が一般客に見えるだろ」


 言われてしまうと、そうかもしれないと納得してしまう。

 迷っているうちに、露天に顔を出していた上司からエセルバートの手に串焼きが渡された。


 できたてで湯気が立つ肉は、焦げ目がついていて香ばしい匂いがする。食欲を誘うたれが鼻孔を擽った。

 無意識に空腹の腹が主張した。


「気にしないで食えばいい」


 そう言ってリーヴァイが自分の手の中にある串焼きに食らいつく。

 最初は遠慮していたけれど、せっかくもらったのだからエセルバートも食べることにする。

 柔らかい肉を噛みしめると、肉汁が口内に広がり、甘辛いたれが舌の上で絡む。


「……美味い」


 不本意だと表情には出ていても、美味しい食べ物は美味しい。正直に言うとリーヴァイが苦笑した。


 ときどき店を覗いて、買い食いしながら腹を満たす。

 褒められたことではないと思いながらも、リーヴァイに流されてしまう。食べることに夢中になりすぎないよう注意して、周囲を窺う。

 腹が満足する頃になると、太陽はかなり高く昇っていた。


「今日は収穫なし、か」


 一通り市場の巡回を終えて、城へ戻ろうかと逡巡していると、視界の端に一人の女が映る。

 カフェオレ色の長髪を揺らして、小瓶をいくつか販売している。瓶の中には赤黒い液体がを入っていた。


「リーヴァイさん、あれ……」

「ああ、いかにも怪しいな」


 ゆっくりとその露店へ近づいていくと、女が顔を上げた。

 緑の瞳とエセルバートの視線が合うと、女は鹿のように身を翻して逃げ出した。


「あ、待て! リーヴァイさんは荷物を!」

「おい、エセル! 深追いするな!」


 リーヴァイの制止の声が聞こえたけれど、エセルバートは足を止めずに女を追いかけた。

 人を避けながら走り、細い路地を抜ける。何度か角を曲がるうちに女の姿を見失ってしまう。

 それほどの距離を進まないうちに逃してしまったことに衝撃を受ける。


「……くそ、こっちの方に来たと思ったんだが」


 周囲を見回しても女の気配はない。気落ちして元来た道を戻った。

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