Net world × Parallel work (ネットワールド × パラレルワーク)

ネコイル (猫頭鷹と海豚🦉&🐬)

無限の可能性をあなたに

 ご利用の前に当サービスについてご説明を致します。当サービスにおいての異なる世界線でのあなたご自身とのコミュニケーションはどのような内容であっても認められております。ただし、自身の姿を写した映像資料を晒す行為、互いの顔を見せ合う行為などは大変危険ですのでお控えください。

 当サービスはあなたのあらゆる可能性を開示するために存在します。

 これよりあなたを無限の世界へと誘います。

 ようこそ。

 Net world 《ネットワールド》× Parallel work《パラレルワーク》 へ

 


 タップ一つで僕はあの世界の一員になれる。なんて便利で危ういことだろうか。ここにいる時だけは僕は自分という存在がよく分からなくなる。それでも求めてしまうのはやはり刺激が欲しいからだろうか。

 Net world × Parallel work。通称NePra《ネプラ》はいまや誰でも利用できるサービスとして広がっていた。はじめてその名前が世に出たとき、僕はまだ生まれていなかったが両親はとても驚いたという。それもそうだろう、なんたってパラレルワールドの自分たちとコミュニケーションが取れるというのだから。

 いまでは僕もその利用者の一人だ。

 NePra《ネプラ》はそのはじめよく知らないが、何かしらの科学実験のために開発されたらしいが、それが今では全世界で使用されているネットサービスの一つとなっている。その科学実験や目的に対する恐怖心はその普及率と反比例に小さくなっていった。

 NePra《ネプラ》の構造や仕組みには謎が多い。僕たちが普通に手にするサイズの機械でも利用できたり、交流することのできる人数も一人や二人などではなく数百万ともの凄い人数だ。それはまるで子供のころに聞いた友達100人という言葉と同じくらい実感のわかない数字だった。

 僕ははじめてこのNePra《ネプラ》を開いたときのことを思い出す。

 まず求められたのは僕自身に関する情報。両親の名前から食べ物の好みまで。色々聞かれたがどれも少し考えればすぐ答えられるような簡単なものばかりだった。でもその量があまりに膨大なものだから、僕は期待に踊る心がだんだんとしぼんでいくのを止められなかった。

 説明によればパラレルワールドにおける僕の特定を深めるため情報は多いほうがいいと聞かされたが、怪しくなってきた。これはきっとサービス利用をほのめかした個人情報の抜き取りに違いない。僕がそう疑念を挟み込みかけたとき、ようやく質問が終わった。


 ながらくのご回答、大変お疲れ様でした。

 これよりあなたご自身のプロフィールの記入を頂きましたら、いよいよサービスのご利用が開始されます。

 改めてご説明させていただきますが、あなたが利用しているとき、そこに存在する他者はすべて別の世界のあなた自身であり、この世界に実在する誰かの演技や演出ではございません。

 このサービスを通してどうぞご自身の可能性をご堪能下さい。

 


 僕は自身のプロフィールには最低限の情報しか載せないことにした。たとえ見るのは僕だけだと言われたところで、今の僕を知ってほしいと思う人間はどこにもいない。でも、僕にどんな可能性があるのか。それだけはちょっと覗いてみたいと思った。だからこうして異世界を覗く扉に手を伸ばしたのだ。

 僕はその扉を、ホームへの扉を開くボタンをクリックした。

 まず目につくのは膨大な量の投稿の数々だった。その話題も多岐にわたる。

 ネット文化が生んだサブカルチャーに関すること、学業やスポーツ、芸術、伝統文化、はたは政治に関する暴言に近いつぶやきまであった。

 僕がその大量の投稿に唖然としていると、僕の目の前に誰かが割り込んでくるみたいに一つの投稿が現れた。そのユーザー名には「NePra《ネプラ》」とだけあり、その語りかけるような内容からサービスのプログラムが不慣れな僕のために助言を与えに来たのだと理解した。

 

 はじめまして。はじめてご利用になられる方へ

 事前にご回答いただいた質問よりあなたのご興味のある事柄をまとめたページを開設いたしました。今後は只今ご覧になっているページからも、こちらの特設ページからでもお好きなようにコミュニティを広げていただくことができます。

 特設ページへはホームボタン長押しで移動することができます。このまま特設ページへ移動する場合には、こちらのボタンを押してください。


 僕はそれに従って文面の下の青色のOKというボタンをクリックした。はじめは腰を抜かしたが、きっとこれも演出の一つだろうと、納得させて。

 移動したぺージではたしかに僕の興味をそそる写真やイラスト、そしてそれを投稿した人々(これも僕なのだが)の日々のつぶやきが大量に並んでいた。

 そこでNePra《ネプラ》からの説明は終わり、あとは僕の自由となった。

 それから僕は好きなコンテンツを共有する別の僕や、これまで全く興味のなかった遊びに興じる僕、いろんなことに手を伸ばして挑戦していく僕の姿を通して、さいご。


 NePra《ネプラ》をやめた。


 僕は目にした。

 いろんな自分を。


 外に出て、友達と遊んで、恋人と手をつないで、買い物をしたり、食べ歩いたり、一緒に飲み明かしたり、仕事したり。

 ときには喧嘩して傷つけて後悔したり、泣いたり怒ったり、そして仲直りしたいと願ったり。

 アートの世界や文学の世界で活躍したりしなかったり、でもその思いを共有して新作に励んだり、誰とも同じ時間を共有せず一人でこだわった生き方をしていたり。

 生まれもっての姿かたちで得する自分、それをひがむ自分。

 もうどれが本当の自分なのか分からなくなってきてしまった。 

 でもそれは僕がNePra《ネプラ》をやめた本当の理由じゃない。


 僕は無性に悔しくなったんだ。

 友達と遊ばない自分が。

 恋人と笑いあえない自分が。

 なんの才能も、能力もない自分が。

 目の前の低次元にこもってばかりの自分でいることが悔しくてしょうがなかった。


 こうありたいと思った。

 そんな人生を送りたかった。

 これが別の僕だというなら、なんで僕じゃなかったんだろう。

 僕は自分は幸せな方だと思っていた。

 でも違ったのかもしれない。

 僕なんかよりももっともっと幸せそうな毎日を送っている僕が、こんなにいるなんて。

 僕はやるせなくて、苦しくて、涙が出そうになって、無気力になって、NePra《ネプラ》をやめた。


 それからというもの僕は一度もあれに触れることはなくなった。

 それを聞くとよく、自分を広げるチャンスなのにもったいない、なんて言われたりするけど、そんなこともう気にしない。

 僕は少しずつ外にも出るようになった。

 本を読むようになった。

 映画を見るようになった。 

 カフェや服屋にも挑戦するように、なりたいと思っている。でもまだ心の準備が整ってないから行けずにいる。

 もしかしたら僕は、あそこで見たような可能性を秘めているかもしれないし秘めていないのかもしれない。

 それでも、今ここで立っていられるなら。

 きっと僕は自分の人生を生きられると思うから。

 僕はちょっと気になった脇道にそれることにした。

 この先にある未来はきっと、あの画面にも映ってはいないだろうから。

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