第37話 いじめっ子覚醒


 ところ変わって俺と藤原は、学校から少し離れた場所にある廃工場にまで来ていた。建物の窓はほとんどがヒビ割れているかくすんで劣化しており、地面のアスファルトからは名前も知らない雑草が、俺の膝の高さまで伸びたりいた。昔からここは不良の溜まり場だったらしく、よく地面に目を凝らしてみると、たばこの吸い殻や酎ハイ、ビールの空き缶がそこら中に散乱していた。



「……こんなところに、本当に姉ちゃんがいるのか?」


「し! ……ほら、マコトくん、アレ」



 月明かりに照らされた薄暗い道を進んでいると、先行していた藤原が極限まで息を潜めながら、前方を指さした。

 藤原の指さした先──そこに、かすかにではあるが、光を見ることが出来た。

 人影が見えないため、まだ三柳なのかどうか断定することは出来ないが、誰か人がいるのは確かなようだ。

 俺はポケットからスマホを取り出して現時刻を確認する。

 午後十一時。

 人気のない、普段使われていない廃工場が、この時間まで電力を使用しているのは、やはりどこかおかしい。

 俺は藤原と同じように息を潜めると、耳と魔力に集中した。



「いきなり目をつぶって……どうしたの、マコトくん?」


「いや、たしかに、藤原の言う通り魔力を感じるなって」


「でしょ?」


「でも、これが三柳のものだとは到底思えないな……」


「うん。正直、僕もびっくりしてる。噂には聞いてたけど、本当に、こんなに簡単に人を怪に変えることが出来るんだね、その〝魔物転移装置〟ってアプリは」


「いや、俺が言いたいのはそうじゃなくて……三柳の魔力の質だ。これじゃあまるで──」



「ンだとォ!? テメェェェエエエ!! クォラァァァアアアアアアアアアア!!」



 俺の言葉をかき消すように、馬鹿でかい声が辺りに響き渡る。

 それとほぼ同じタイミングで、何か黒い塊が、廃工場の正面入り口から吹き飛んでいく。

 何事かと思い、その黒い塊に焦点を当てると、それは俺をボクシングでイジメようとしていた〝大島〟だという事がわかった。

 そして、あの吹き飛び方──大島はおそらく、なんらかの人智を越える力で廃工場の中から外へ吹き飛ばされたのだろう。



『だからよぉ──』



 微かに感じていたはずの魔力が、声が、徐々に大きくなっていく。



『マコトのアホをよぉ──』



 徐々に──徐々に──そして確実に、不吉な予感とともに、肌を焼く魔力が高まっていく。



『ここまで連れて来いっつったよなァ!? ああ!?』



 そう怒鳴りながら、廃工場の中から、のそのそと現れたのは三柳だった。この感じからして、さきほど大島を吹っ飛ばした犯人は三柳だろう。

 普通なら、どれだけ力をつけても、どれだけ鍛えても、常人が一般の男子高校生を、数メートルの距離を吹っ飛ばすのは無理なのだが、今の三柳にとっては、そんな事は造作もないのだろう。

 なぜならもうすでに、俺が肉眼でとらえている三柳と思しき男は、魔物と化していたからだ。

 魔物前と魔物後、外見にそれほど違いはないものの、内に含有する魔力は段違いだった。



「す、すみませェん! 三柳さん!」



 この前とは上下関係が全くの逆。

 吹っ飛ばされた大島は、今現在、大島を見下ろしている三柳に土下座して詫びていた。



「家にまで行って、高橋のやつを呼びに行ったんですが、もぬけの殻で……」



 おそらく、大島が家に来ていた時、父さんは学校に行って姉ちゃんの様子を見えていた頃なんだろうな。



「ハッ、見苦しい言い訳だな、大島よ?」


「い、言い訳なんてトンデモ……いちおう、家に電気はついてたんで勝手に上がり込んだんですが、マジで誰も居なくて……」


「家に上がり込んだ……だと?」


「は、はい」


「ケ……、いいか大島よ、それは空き巣って言って犯罪行為なんだぜ?」



 ひとの家族攫っておいて、三柳あいつは一体何を言っているんだろう。

 それにしても、なぜ三柳は魔物化しているのにもかかわらず、自我を保てているのだろう。そこだけが気になるところではある。



「え? それは──」


「そんな無能な犯罪者にはよお! お仕置きしないといけねえよな? ああン?!」


「え、や、やめ……! ヒィ!?」



 グググ──

 三柳はそう言うと、まるで赤ちゃんでも持ち上げるように、大島の体を腕一本で持ち上げてみせた。大島は三柳よりもひとまわりほど体格が優れているのに、すごく軽々と持ち上げているように見える。



「ぐ、ぐるじ……い……! や……めく……い……みや……ぎさ……ッ、かはっ!!」


「この国での死刑はほぼ絞首刑らしいからな。おまえみたいなクズ……いずれ国に絞められる首なら、いま、この場でこの俺が首を絞めて殺しちまっても構わんよなぁ!?」



 あのまま助けなければ、気道を圧迫されて息が出来なくなり、そのうち窒息してしまうだろう。……が、俺の足は恐ろしいほど重かった。


 助けたくねえ……ッ!


 あれが姉ちゃんなら速攻で止めに入っていたのだろうが、いま首を絞められているのはあの無法者の大島。俺が危険を冒してまで止める理由は薄い。



「マコトくん、どうしよう……! 助けてあげないと、あの人、あのままじゃ死んじゃうよ……!」



 藤原が慌てた様子で俺に言う。……が、俺の足は呆れてしまうほどに重かった。


 助けたくねえ……ッ!


 ──いや、でも待てよ。

三柳が現在、こうやって大島に構っているという事は、姉ちゃんに意識は割いていないという事。ならばここで俺がとる行動はひとつ。今のうちに、この廃工場の中から姉ちゃんを探し出して保護し、この場所から立ち去る事。

 ごめん、大島。

 俺は本当はあなたを助けたかったんだけど、姉ちゃんとを天秤にかけた結果、天秤が姉ちゃんのほうに傾いてぶっ壊れてしまったんだ。

 すまねえ……! すまねえ……!

 俺は心の中で大島に謝ると、ゆっくりと立ち上がり、そそくさとその場から離脱しようとした。



「こ、こら! そこのミヤナギくん! その人から手を放しなさい!」



 正義感あふれる藤原の声。

 困ったことに、藤原は俺が大島を助けると思ったのか、ややフライング気味に名乗りを上げてしまったのだ。俺は急いで、身を屈め、この場をやり過ごそうとするも──



「だ、誰だ……て、テメェは……! マコト?!」



 こういう風にバレてしまうのであった。

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