第36話 誘拐犯


「手短に、重要な情報だけ共有しておくね」



 前を走る藤原が、後ろを振り返らずに続ける。

 藤原の走る速度は、軽く流すようなジョギングよりも少し速め。俺としてはかなりもどかしい速度だが、こればっかりは仕方がない。藤原を抱えて走るという選択肢もあるにはあるのだけど、なぜか俺の本能が藤原にガッツリ触れるのを拒んでいた。一大事なのはわかっているけど、こればっかりはどうしようもない。



「ああ、頼む」


「まずは誘拐犯だけど、マコトくんも知ってると思──」


「そいつ、魔物か?」


「マモノ……? あ、えっと……そうとも言うし、そうじゃないとも言えるの……かな」



 思わず食い気味に訊いてしまう。物事には順序というものがあるのに、これでは藤原が戸惑ってしまうのも無理もない。



「……話の腰を折ってワルい。藤原のペースで話してくれ」


「あ、うん。誘拐犯は僕たちと同じ才帝学園に通う学生で、名前は──三柳圭介」


「み、三柳……!?」



 なんでここで三柳の名前が出てくるんだ……? それに、なんで三柳がわざわざ姉ちゃんを誘拐するんだ。まったく意味がわからない。



「マコトくんは知ってる? ミヤナギくん」


「……まあ、知ってるも何も俺、そいつにいじめ……」



 言いかけて口を噤む。わざわざ訊いてくるという事は、藤原は俺が三柳にイジメられていた事を知らないのだろう。だとしたら、わざわざここで言う事でもないか……。



「マコトくん、どうかした?」


「……いや、不良みたいなヤツって印象が強かったから、それで覚えてたのかな」


「うん。ミヤナギくん、学校でもワルで有名だったからね」


「わ、ワル……?」


「そのミヤナギくんと、仲間数人で嫌がるカナデさんを強引にって感じだった」


「警察には連絡したのか?」


「ううん。僕の判断でマコトくんに知らせたほうがいいかもって」


「……それってつまり、この件には魔物が関係してるって事なんだよな?」


「うん。お父さんは出張で遠くに行ってたし、頼れる人はあと、マコトくんしかいないって思って。それに、連れ去られたのはマコトくんのお姉さんだったし、どのみち知らせないとって思って……」


「それはありがたいんだけど、まだ、いまいちわからない事があって……〝魔物であって魔物でない〟ってどういうことだ? 魔物の指示で、三柳が姉ちゃんを誘拐したって事なのか?」


「……ううん、じつはその時、ミヤナギくんから邪気を感じたんだ」


「邪気……? 話が見えないんだけど」


「あ、ごめん。邪気・・じゃなくて魔力・・だったよね」


「いや、そこは藤原が言い易いほうで問題ないよ。それで、三柳から邪気ってどういうことだ?」


「言葉の通りだよ。邪気を、たしかにミヤナギくんから感じとったんだ」


「それ、勘違いとかじゃないんだよな?」


「うん。間違いないと思う。最初はなにかの間違いかと思ったけど、ミヤナギくんの周りにいた仲間の人たちは至って普通の人・・・・だったんだ。それで、余計にミヤナギくんの邪気だけ浮いてて……」


「確信したってわけか」


「うん。普通ならそう簡単に人間が怪になったりしないから、勘違いかもしれないって思うんだけど、今回に限ってはその……例の〝電子ドラッグ〟ってあったでしょ? それもあったから、間違いないかなって」


「……なるほどな。皮肉にも、時期がよかったから気づけたってワケか」


「それで……あの、電子ドラッグって結局、マコトくんたちが壊したんだよね?」


「……そういえば、まだ藤原には報告してなかったな。製造元はきちんと俺たちが叩いておいた」


「そうなんだ。やっぱり」


「知ってたのか」


「う、うん……お父さんが『大きな反応がなくなった』みたいなこと言ってたから。……て、もしかして、昨日のオフィス街で起きた爆発って……」


「あれは無関係だ」


「そ、そうなんだ?」



 嘘だけど。



「だから、電子ドラッグによる被害はこれ以上増えないはず。……なんだけど、俺たちが叩いたのはあくまでも元に過ぎないからな。すでにダウンロードしてあるものに限っては、対処出来ていないのが現状なんだ」


「だから、ミヤナギくんが怪になっていたのは、昨日・・より前にダウンロードしておいたアプリを今日・・起動したから、なんだね」


「それが可能性としては一番高いんだろうな。……とりあえず、藤原の話を要約すると『魔物化した三柳が、姉ちゃんを誘拐した』って事でいいんだよな」


「うん。少なくとも、いまの僕はそうだと思って行動してる」


「なるほどな。……あとは『なんで姉ちゃんが攫われたか』だけど……」


「動機って事?」


「ああ。藤原の推察通りなら、いまの三柳は、三柳であって三柳じゃない。つまり、中身はただの魔物のはず。なら、なぜわざわざ姉ちゃんを狙ったんだろうな」


「たまたま……なんじゃない? たまたま近くにいたから、標的に……とか?」



 若干、藤原が言い澱む。



「だったら、周りにいた仲間を襲うのが筋なんじゃないのか?」


「たしかに……そうだよね……。なんでだろう」


「……どのみち、いま・・考える事じゃないよな」


「そうだね。今はカナデさんを──」


「なあ藤原、こっからは俺からの質問なんだけどさ……なんで藤原は三柳が姉ちゃんを誘拐したって知ってるんだ?」



 藤原の走るペースが少し落ちる。俺はそのペースには合わせずに、あえて藤原と並走するようにして、藤原の顔を覗き見た。

 予想外の俺の行動に、藤原の目が泳ぐ。



「そ、その時、偶然その場所に居合わせて、たまたま見かけたんだ」


「何時くらいに?」


「放課後……結構遅い時間だったかな。部活はもう全部終わってたと思う」



 藤原がそう答えると、俺は藤原の肩を掴み、その場に留まらせた。



「……あのな、藤原。俺の目を見て答えてくれ。ここで嘘をついたり、誤魔化したりするな。すぐわかるから」


「ぼ、僕は別に……」


「じゃあ藤原、その時間までおまえ、学校で何やってたんだ?」


「えっと……居残りで、授業の分からないところとか……」


「なんの?」


「す、数学……」


「部活も全部終わって、誰もいなくなるような時間までか?」


「あの……その……」


「いいか、藤原。もしおまえがこの誘拐事件に何かしらの形で関わっていたり、その片棒を担がされているんだったら、今すぐ俺の前から消えてくれ」


「ちが、僕は……」


「でも、もしそうじゃないんだったら、きちんと隠していることを話してくれ。そうじゃないと、おまえの心象がどんどん悪くなっていくぞ。たとえ藤原がシロだったとしても、俺はこれからの藤原の言葉が信じられなくなる。俺の言ってる意味、わかるよな?」



 ほんの、数秒ほどの沈黙。

 ──そして、観念したかのように藤原が口を開いた。



「……わかった。ごめん、マコトくん。本当のことを言うよ。僕がマコトくんを監視するように言われてたのは、マコトくんも知ってるよね?」


「ああ」


「だけど、それと同時にマコトくんのお姉さん……カナデさんの事も監視するように言われてたんだよ」


「姉ちゃんも!? なんでだよ!」


「お父さんはマコトくんが他の世界の勇者だって事は伝えてなかったから、マコトくんが急に強くなったと思ってるんだ」


「あ」


「だから、マコトくんの姉にあたる、カナデさんも何かあるんじゃないかってことで、マコトくんの監視と並行して、カナデさんの監視もするように言われた……というのが、僕がマコトくんに隠してた事」


「……それで、俺と同様に姉ちゃんを監視してたところ、偶然三柳が姉ちゃんを攫った場面に遭遇した、と」


「うん」


「なるほどなるほど。いや、ほんと、自分から聞いておいてなんだけどさ……時間の無駄だったな」


「なんか、ごめんね」


「いや、これは俺のほうが悪い。さっきはなんか、変に脅したりして悪かった。藤原も、俺の〝力〟の出自を親父さんに隠してたから、こうなっちゃったんだもんな」



 何という事だ。蓋を開けてみれば、誘拐には全く関係なかったどころか、そのお陰で姉ちゃんが攫われたのがわかってしまうなんて……。



「あの……とりあえず、いまは走ろう。マコトくん」


「そうですね」

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