第38話 サイアクの知らせ
「おま……藤原、勝手になにやって……?! バレちゃったじゃんか!」
「……え? なんかごめん。もしかして僕、余計なことしちゃった……?」
俺に強く指摘され、藤原の表情が笑顔のまま固まる。
藤原は〝やってしまった〟という後悔の念と、〝迷惑をかけてしまった〟という懺悔の念が入り混じった、複雑な表情をしていた。
良かれと思って行動した結果、それが裏目に出てしまう。そんな経験が俺にもないわけではなかったので、なぜか藤原に同情してしまう。
「……ま、まあ大丈夫。気にしなくていいから」
「ご、ごめん! ほんとごめん、マコトく──」
「ヘハハハハハハ!! まさかマコトのほうから来てくれるとは……なァ!!」
三柳が
正直受け止めたくはないけれど、ここで躱せば、藤原が飛んできた大島にぶち当たって死ぬ。
そして藤原を抱えて避ければ、今度は大島が死ぬ。
それだ! 藤原を抱えて避ければいいんだ!
……と、一瞬考えたけれど、藤原がああ言った手前、大島を切り捨てるわけにもいかず、俺は両手を前へ突き出し、腰を落として、衝撃に備えた。
──ドン!
腕と胸、腰にかけて強い衝撃。
俺はすかさず腕を折りたたむと、そのまま大島を抱え込み、後ろへ跳んで衝撃を逃がした。
「マコトくん!」
「へぇ! なかなかやるじゃねぇ──かッ!」
藤原よりも近い距離から聞こえてくる三柳の声。顔を上げると、目の前にはすでに拳が迫っていた。
──ドガッ!
俺が防御をするよりも速く、顔面を思い切り殴打される。
この前食らったパンチとは比べ物にならないほど、重く、鋭く、殺意の籠った一撃。常人なら一撃で気絶するか、最悪あの世行きだろう。
俺は二発目から逃れるべく、大島を抱えたまま、その場所からすばやく後退した。
「ケッ……いまので死なねえのかよ……!」
三柳が拳を構えたまま、恨めしそうに俺を睨みつけてくる。
「どうやら……マコト、テメェも〝マモノ〟とやらに魂を売ったクチか?」
「魂を売る……? どういう意味だ?」
「オイコラ! テメエ、マコトォ! 誰に向かってタメ口聞いてンだァ! ああ!?」
突然、理不尽に三柳がキレる。
……面倒くさいな。でも、さっき三柳が言っていた〝マモノに魂を売る〟というのがどうしても気になる。三柳の戦闘力がここまで上がっているのも、性格が若干開放的になっているのも、それと関係しているのだろうか。
俺は抱えていた大島を
「……魂を売るって、どういう意味ですか」
「それでいンだよ! テメエみてぇなカスは、一生下から俺を見上げてりゃいンだ!」
「質問は……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ー! うッせうッせェ!! ……どうせあン時も……大島ン時も、今の俺みたくマモノと契約してやがったんだろ?」
「魔物……と契約?」
「例の電子ドラッグだよ。すこぶる、い~気分になれるっつーシロモノだ」
三柳が言っているのは、おそらく魔物転移装置の事だろう。三柳はそれを使い、魔物に精神を破壊された……と考えるのが妥当だけど、今話している三柳は、たしかに少しばかり感情が昂って
「俺も最初はビビったぜェ……! テメエに二度ヤラレてムシャクシャしてたから、話題になってる電子ドラッグをキメてみたけどよォ……! みるみるうちに、
俺は三柳の質問には答えず、ただまっすぐに三柳を見た。
「チッ……無視かよ。シラケるぜ……、なあそこの才帝学園の生徒さんよ」
「ぼ、僕……?」
「そうおまえ。……いや、ちがうな。おまえは違う……違う……そう、おまえは違うんだ」
困惑している藤原を他所に、三柳がブツブツと何かうわ言のように呟いている。
「それで……三柳さんはどうしたんですか……?」
このままでは埒が明かないので、俺は三柳に続えるよう促した。
「あ? ……おう……そんで、必死ンなって、それに抵抗したンだよ。上書きされてたまるかってな。まるで激流の中、いつ砕けるかわからない、頼りない岩にしがみつくみてェによ。……そうしたら、いつしか響いてくるんだ。脳内に」
「……何が響いたんですか?」
「天啓ッつーのかな。俺の頭の中で響いた神様は、自分の事を〝マモノ〟と呼んだ。……ンで、そのマモノがよ、俺に語り掛けてくンだ。『力が欲しいか』ってナ。最初は、一瞬だけだが、なんかの冗談かと思ったよ。けれど、ンな事考えてる時間もねえってすぐにわかった。『このままうだうだやってると飲み込まれる』ってな。だから俺は必死に助けを請うた。……いや、〝力〟を欲した! 何度も何度も! 必死になって……それで気がついたらこうなってた。俺は……最強になってたんだ! 見ろよ!」
三柳はそう言ってポケットから五百円硬貨を取り出すと、まるで紙を折るように、五百円硬貨をぐにゃりと、人差し指と親指で曲げてみせた。
「やべェだろ!? やべェよな!? ……そッからは一瞬、あっという間だった。今まで俺を舐めてたやつら、全員ボコボコにして回った。そこに転がってる大島も、一瞬でボコした。誰も俺に敵わなかった。中にはやり過ぎて死んじまったヤツもいたが……なんと、信じられねェことに、罪悪感すら感じねンだわ! これが! むしろ清々しいのなんのッて! 新生! マモノ、ウィズミヤナギ!」
三柳はそう言うと、顔を両手で覆いながらケタケタと楽しそうに笑ってみせた。
「……で、オメエだよマコト。……マコト、マコトマコトマコトマコトォォ! いままで仲良くしてやった恩を忘れやがった、クソゴミ陰キャのロクデナシ野郎! 散々ナメ腐りやがったテメエをボコボコに……いや、ぶっ殺して、俺の人生はようやく次のステージへ、より高みへイケるんだ。……わかるか? 俺の! この! 屈辱が!」
「……それで、姉ちゃんはどこへやったんですか?」
「今は……ンな話してねェだろうがァ!! ナメてるよな、ナメてんだよな!? この、俺を! ……いいぜ、答えてやるよ! あまりにも暴れやがるんでなァ……ムカついたんで、殺したよ」
「……殺した……?」
「お、イイネェ……?! 瞳孔見開いて、もしかしてキレてンのか? マコトきゅん!? ああ、そうとも! 殺した! 殺してやった! 文字通りだ! 殺して、
足元がおぼつかなくなり、思わず地面に手をついてしまう。その手もガクガクと、震えていた。
「そんな! う、嘘だ! マコトくん騙されたらダメだ! これはただの挑──」
「……ッぜェなァ!?」
三柳が藤原を殴りつけた。
藤原は殴られたほうへ吹っ飛んでいくと、そのまま壁にぶつかって気絶した。
「さて、マコトよ。次はおまえの番だ。わかってンよなァ?!」
ゆっくりと、三柳が指を鳴らしながら俺に近づいてくる。
「……マコト、オマエはすぐには殺さねェさ。ゆっくりと、ゆっくりと、この世に生まれたことを、この俺に楯突いたことを後悔しながら、ゆっくりと殺す! いいか、おまえは──」
「最後に、ひとつ質問していいですか……」
「ああ!?」
「……いまの三柳さんって、〝魔物〟……なんですよね? 〝人間〟……じゃないんですよね」
「ケッ……そうだよ。俺はもう人間じゃねえ。人間よりも上位の……マモノだァ! ゲハハハハハ!!」
「それを聞いて安心しました」
「はあ!? 何を安心し──」
「これで、心おきなく三柳さんを……おまえを殺せるんだからな」
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