第34話 女王様は疲れてます


 前回のあらすじ。

 クリスタルが転移してきたと思ったら、その双子の姉であり、現ブレイダッド国女王であるブレンダが転移してきた。


 つまり、意味がわからない。



「……あの、ブレンダ様? いろいろと訊きたいことはあるのですが、クリスタルは……?」


「く、クリスタル……? マコトさんってば、何をおっしゃっているのかしら。わたくしがクリスタルなんですけど?」


「あの……ブレンダ様、クリスタルは普段、俺たちの前でそんな風にしゃべらないのですが……」


「そ、そんな……!?」


「なあ、姫さんよ。あんま変な事うだうだ言ってっと──」


「ひゃっ!? な、なにを……ローゼスさん、そのワキワキと動く手は一体……?」


「くすぐっちまうぞっ!」



 ローゼスはそう言うや否や、ブレンダ・・・・の細い体をガッと両手で掴み、こちょこちょとくすぐりはじめた。



「うふ……うふふ……ふ……あ……あははははははは! やめ……やめて……くださ……あはははは! ローゼ……すぅわあははははは!!」


「オラオラオラ! いつまで耐えられっかな! この地獄の拷問ヘルズトーチャーに!」


「あっははははは……ははは……ヘル……て……何……!? いや……あははは……も……やめ……あははははは……いひ、ひひひひひひ……ひーーーーはーーーー!」



 もはや息も絶え絶え。美少女ブレンダが出してはいけないような声で喚き散らしている。涙目を浮かびながら、何度も身をよじって逃げようとするも、ローゼスがガッチリと腰をホールドしていることにより逃れらない。

 俺はというと、ブレンダを擁護フォローすることも出来ず、かといってローゼスに加勢することも出来ず、ただただその場で腕組みをして、真剣な顔で二人の行く末を見守る事しか出来なかった。



「……どうだ、もう茶番はしまいか? 姫様」


「ご……ごめ……ごめ……なさ……!」


「よし」



 もうすでに、べそをかきながら笑っているブレンダを、ローゼスが解放する。支えを失ったブレンダは、ベチャっとうつ伏せの状態で草の上に倒れ込んでしまった。



「はぁ……はぁ……はぁ……」



 ブレンダは肩を大きく息をしながら、虚ろな目で俺たちを見上げると「こ、こんにちは、クリスタルですの」と自己紹介してきた。その瞬間、ローゼスがブレンダめがけて飛び掛かる。



「……長くなりそうだ」



 俺は、ローゼスが再びブレンダをくすぐっているのを尻目に、空を見上げる。陽はすでに、大きく西へ傾きかけていた。



 ◇



「ごめんなさい……もう、許してください……」


「はぁ、はぁ……て、てこずらせやがって……」



 さめざめと泣きながら許しを請う女王と、それを見下ろす元義賊。なかなか見れない構図だが、なぜか俺の心は満たされず、この夜空のように真っ暗だった。



「……なんて言ってる場合か! なんでそんな強情なんですか。もう夜ですよ、夜。ローゼスも貴方がいなければ帰れないし」


「くすん……。勇者よ、生まれて初めて他者から凌辱を受けた少女をつかまえて、その物言いですか。わたくしはすこし悲しいです」


「泣き真似はやめてください……こちらも悲しくなってきます……」


「はい、そうですね。感動の再開もここまでしてしまうと、かえって味気なくなってしまいますからね」


「そ、そういう問題ですかね……?」



 俺のツッコミをよそに、ブレンダがすっくと立ちあがる。



「……なあ、そんで姫様よ、クリスタルのやつはどうしたんだよ?」


「クリスタルですか? クリスタルはまだカイゼルフィールにいますよ」



 ローゼスの質問の意図を分かっていないのか、とぼけているだけなのか、ブレンダは真顔で答えた。



「いや、それはわかってンだけど……」


「あ、あの……ブレンダ様、俺からも質問いいですか?」


「どうぞ」


「戦後とも呼べるこの大変な時期に、国のトップが国に居ないのはさすがにまずいんじゃないですか?」


「ふっふっふ、そこは問題ありませんよ。なにせ、いまクリスタルが頑張ってくれていますからね」


「そ、それってまさか……」


「はい。あの子にはいま、わたくしの影武者になって公務を頑張ってもらっています」


「な、なにをやらせてるんですか、ブレンダ様……」


「だってだって! マコト様たちが戦っている時からずー……っと、お城で働きづめだったんですよ? あのままじゃ、いい加減過労死しちゃいますって、わたくし!」



 とくに示し合わせていないのに、俺とローゼスはお互いの顔を見合わせた。ローゼスが困ったような顔をしている。恐らく俺も、ローゼスと同じような顔をしているのだろう。

 ──そういえば、今にして思えば、あの時──皆に見送ってもらった時、ブレンダ様の目の周りにクマがあったような気がしないでもない。



「……それ言われたら、あたしらは何も言えねぇよ」


「でしょう? クリスタルにもそう言って、わたくしのわがままを聞いてもらいましたからね。最強ですよ、この言い訳は」


「な、なんて卑怯な女王なんだ」


「あーあーあー! いまのわたくしには、自身が不利になる言葉なんて一切聞こえませんからね」


「なんて都合のいい女王なんだ」


「……とにかく、ローゼスさん? 今から転移しますけど、準備はいいですか?」


「い、いきなりだな」


「元気に見えるかもしれませんが、こう見えてわたくし、結構疲れているんですよ。寝ろと言われれば、ここで寝られるくらいに」



 それもそうか。今までの地獄のような数の公務に加え、今回の転移だ。ブレンダが戦闘要員ではない事も加味すると、体力的にはもう限界に近いだろう。そろそろ休ませてあげないと、本当に寝てしまうかもしれない。

 というか、こうやって話している間も、時々目が白目を剥いたりしている。マジで美少女ブレンダがしていい顔じゃなくなってきている。



「もういいよ。早く転移してく──」


「はーい」



 ローゼスの体が一瞬にして消え去る。おそらく転移は成功したのだろうけど、余韻も何もあったもんじゃない。ブレンダに悪気はないのだろうが、内包する眠気は計り知れなかったのだろう。



「……ま、まあ、いっか。ブレンダ様、こちらへ。俺の家に案内──」


「おんぶ」



 ブレンダが寝ぼけまなこをこすりながら、俺に背を向けるよう言ってきた。俺はため息をつくと、ブレンダに背を向け、その場にしゃがみ込んだ。

 のしっ。

 まるで俺の背中が定位置かのように、ブレンダがすっぽりと収まる。ちなみに柔らかい感触は微塵もない。



「大丈夫ですか? 途中で寝ないでくださいね」


「……二人の時は、敬語は使わないでくださいって言ったじゃないですか……」



 俺の背中から寝言のような、ブレンダの声が聞こえてくる。



「……ああ、そうだったな。じゃあ帰るぞ、ブレンダ」



 返事はない。

 恐らくもう眠ってしまったのだろう。俺はゆっくりと立ち上がると、そのまま真っ暗闇の中を進んでいった。

 ……そういえば、流れで俺の家に案内するって言っちゃったけど、どうしよう。ここに捨てておくわけには……いかないだろうな。

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