第33話 手違い……?


「いたいた。やっぱりここか」


「あ」



 いつもいる生活圏からすこしだけ離れた、比較的・・・自然が豊かな場所。車のエンジン音も、人々の雑踏もなく、風が吹けば葉や草の擦れ合う音だけが聞こえてくる、俺が死んでいた場所。

 俺が改めて、この世界に転生・・した場所。

 そこにローゼスがひとり、ぽけーっと気の抜けたような顔で佇んでいた。

 ローゼスは俺の顔を見ると、いつものように、ニカッと口角を上げて笑ってきた。



「おっす、マコト」


「よう、ローゼス。観光は終わったのか?」


「まあな」


「満足した?」


「満足は……してねぇかな」


「それなら……ほら」



 俺は不破から渡されていた紙袋をローゼスに押し付けた。



「なんだコレ?」


「ローゼスの好きなやつ」



 いまいちピンと来てなかったのか、ローゼスは紙袋を受け取ると、おそるおそる中を確かめはじめた。何をそこまでビビっているのだろうか。



「おお……! ンだよ、ダガシかよ! ビビらせんじゃねェよ!」



 ローゼスはそう言いながらバシバシと俺の背中を叩いてきた。



「なんでこの場面で、俺がローゼスをビビらせようとするんだよ……」


「いや、なんとなく……。でも、ありがとう」


「一気に食べるなよ?」


「わぁってるよ! 向こうで手に入らないんだから、大切に……いや、研究すれば自分でも作れるか……?」


「まぁ……、ローゼスって案外、料理上手だからイケるかもな」


「案外ってなんだよ。失礼なヤツ」


「ちなみにそれ、俺からじゃなくて不破からな」


「……ルシファー!? マジか! あいつがこんなの寄越すのかよ!?」


「ビックリだよな」


「ビックリなんてモンじゃねェだろ! なんか妙なモン入ってんじゃねェだろうな!?」


「……まあ、それはないと思うけど。ああ、そうだ。これも伝えとかなきゃな」


「なんだ?」



 俺は不破から聞いた〝ベリアルの処遇〟についての事を、ローゼスに話した。最初の頃はローゼスも真面目に聞いていたが、最後のほうは、駄菓子片手に俺の話を半分聞き流すように聞いていた。



「──ふぅん? ルシファーがそういう判断を下すなら、こっちがうだうだ言っても意味ねェよな。いちおう理にかなってるし」


「ああ、だから俺もそれ以上は何も訊かなかった。これ、いちおうローゼスに伝えておいたからな」


「了解。帰ったらさっそく皆にも伝えとく。要は、ベリアルがカイゼルフィールにいない・・・理由だろ?」


「そういう事。ローゼスはベリアルがカイゼルフィールに送還されると思ってたからな。いざカイゼルフィールに帰って、ベリアルが見当たらなかったらややこしくなるだろ」


「いいよ、べつにそこまで説明しなくて。……と・も・か・く!」



 ローゼスが詰め寄ってくる。



「何かあればすぐ呼べよな? あたし含め、みんなすぐに駆け付けるからさ。何があろうと、絶対あたしらはマコトの味方だ。遠慮なく頼れ!」


「……ああ、ありがとな。ローゼス」


「にしし」



 俺が感謝すると、ローゼスは照れくさそうに笑った。



「──で、だ」


「……なんだよ」


「ルシファーにあって、マコトにはないっつーのはおかしな話だよな?」



 さっきとは一転、急にローゼスが意味ありげな視線を俺に向けてきた。



「……急かすなって。こういうのはタイミングが大事だろ」


「おお! さっすが勇者様! 信じてたぜ、あたしは!」



 俺はそう言うと、ポケットの中に入れていた楕円形の石を、今までにないくらいの笑顔を浮かべているローゼスに手渡した。



「え……」



 しかし、石を受け取ったローゼスの顔は、なぜかみるみるうちに、しょぼくれていく。



「マコト……石って……おまえ……」


「いや、よく見ろってば! さすがに、そこらへんで拾ってきた石なんて送らねえわ!」



 俺が慌てて訂正すると、ローゼスは手に持った石をまじまじと見つめた。



「コレ……魔法の御守チャーム的なやつか……?」


「そう。簡易的だけど、守りのまじないをかけてある。……本当はちゃんとした宝石やら装飾品にかけたほうが効果は高くなるんだけど、生憎、俺は学生だからな。そんな金は持ってない。だから、今はこれで我慢してくれないか」


「い、いま……!? じ、じゃあさ、いつかはちゃんとしたモノをくれるって……そういう事か?」


「え? あ、ああ……まあ、ローゼスがほしいならの話だけど……」


「くれ!」


「えぇ……、せめてもうちょっと、なんかあるだろ……」


「く、ください!」


「なんで敬語……? いやまあ、べつにいいけど……ローゼスってそういうキラキラしたの好きだったっけ?」


「え!? えっと……す、好きに決まってんだろ! 元義賊だぞ? キラキラしたモンは大好物だよ!」


「……その割に、義賊時代はたいして装飾品とかつけてなかったよな」


「い、いーだろーが! 人の好みだって、いろいろと変わってくンだよ!」


「金のかかる変わり方だな……」


「てか、ほんとにくれるンだろーな?」


「まあ、約束しちゃったからな。近いうちに……とまでは言えないけど、そのうち、いい感じのを見繕ってやるよ」


「絶対だぞ!?」


「ああ」


「約束しろよ!?」


「わかったって」


「ゆ、ゆびきり……!」



 ローゼスはそう言って、小指を突き出してきた。どこでそういうのを覚えてきたんだ、こいつは。



「いや、そこまでは必要ないだろ」


「ん……」



 一度ツッコミを入れてみるも、ローゼスは頑として手を降ろそうとしない。なぜ急にここまで食い下がってくるんだ、こいつは。

 俺はわざとらしく大きなため息をつくと、ローゼスの突き出した小指に、俺の小指を絡めた。

 日当たりが悪いせいか、ローゼスの小指はすこし冷たく、微かに震えていた。



「う、ウソついたらハリセンボンのーます! ゆびきった!」


「いたっ!?」



 ローゼスは一方的にそう告げると、強引に指を離した。



「なんだよ、乱暴だな」


「う、うるせー! こ、これで契約成立だからな!」


「契約成立って……そんな大げさな」


「成立、だろ?」


「……はぁ、成立だな」


「へへへ」



 ローゼスは小さく笑ってみせると、俺のあげた石を大事そうに握りしめた。


 ──バチ、バチバチバチ……ッ!


 突然、すぐ近くの空間が円形に歪み始める。

 歪みは電気を孕み、バチバチと音をたてながら小さく収束していくと、やがて見覚えのある少女の姿を象っていった。あのシルエットはおそらく、転移予定だったクリスタルだろう。

 転移を実際に目にした事はなかったけど、俺もこっちの世界へやってきた時、たぶんこんな感じだったのだろう。たしかにこの方法だと、体への負担は相当デカそうだ。


 ──シュウゥゥゥゥゥ……。


 やがて転移が完了したのか、長いブロンド髪の少女が力なくその場に倒れる。それを見ていた俺とは、急いでクリスタルを助け起こそうとした……が、それよりも一瞬早く、ローゼスがクリスタルを抱きかかえた。



「お、おい、大丈夫か、クリスタル」



 ローゼスが腕の中のクリスタルを揺さぶる。



「う、うーん……」



 クリスタルは小さく唸ると、居心地が悪そうに眉をひそめた。



「おいマコト、クリスタルのやつ、目ぇ覚まさねーぞ?」


「……なあローゼス、あんまり揺すらないほうがいいんじゃないのか?」


「そ、そうか……!」



 パシンパシン。

 何が〝そうか〟なのか、ローゼスは何度もクリスタルの頬を叩いてみせた。そして──



「はっ! こ、ここは……? わたくしは一体……?」


「ん?」



 いま、クリスタルが自分の事〝わたくし〟って言わなかったか? 聞き間違いか……?



「お! 起きたかクリスタル!」


「あ……貴女はローゼスさん……?」


「はあ? 〝さん〟だあ? ……おいクリスタル、おまえ頭でも打ったのか?」



 ローゼスがツッコむと、クリスタルは目をぱちくりさせ、慌てて立ち上がった。



「あー……やあやあ、久しぶり! みんな! 元気してた? 今日もいい天気でさあねえ」



 いつもと違うクリスタルの態度に、俺とローゼスが顔を見合わせる。まさかこのクリスタル……クリスタルじゃなくて──



「え、えーっと……おっす! おら、クリスタ──」


「もしかして、ブレンダ様……?」



 俺がおそるおそるツッコむと、クリスタル(と思っていた少女)が大量の汗を拭き出しながら、ニコッと笑いながら、首を傾げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る